第3話 「迷宮都市ガブリエル、栄えへ進め」
「……大丈夫?」
ハルの窮地を救った女傑が軽く振り返って言う。
「……はぃ」
急な状況の変化に呆然として、ハルは気の無い返事をする。
これは心だけでなく、肉体的な疲弊的な意味で声がほとんどだないのも原因だろう
「……怪我」
女性はハルの傷だらけの体を見て、腰ののポーチから一つの瓶を取り出す。
瓶の中には鮮やかな緑の液体が入っている。
ーーその瓶を右手に握り、ハルに投げつける。
瓶はバリンと勢いよく割れる。中の不気味な液体がハルへかかる。
(え?えー!?)
ハルは心の中で動揺する。女性の行動が理解できなかったからだ。
自分を救ってくれた人物が急にものを投げつけてきたと言えば、わかりやすいだろうか。
(あれ?傷が……。あ、そうか)
体の痛みが消え傷が治っていく感覚にハルもようやく瓶の中身が『ポーション』だと気づく。
『ポーション』ーー擦り傷打撲、骨折出血、あらゆる傷に効くという回復薬。
「あの、ありがとうございます!」
『感謝は言葉にしないと伝わらない』ラルクの声がハルの脳に浮かび即座に礼を言う。
「うん……。あっちの村の方とか他にいるモンスターも全部倒した。けど、助けれたのは君だけ」
「……そう……ですよね」
村の仲間との思い出を浮かべて唇を噛む。そこにはペトラの父と母もいる。
(痛い……ゴブリンに斬られるよりも、ずっと)
分かってはいたことでも第三者から事実として突きつけられるのはキツイものがある。
見捨てた罪悪感、救う強さのなかった無力感、そして喪失感が襲う。
今にもハルは泣き崩れそうだった。涙を流して声を出して楽になってしまいたかった。
ただ、泣いてしまうのは卑怯な気がしてハルは堪えた。
(……そうだ、ペトラのところに行かないと)
思い立ったが吉日か凶日かハルは立ち上がる。足元がふらつき、「おっと」と声が漏れる。
「本当にありがとうございました。このお礼はいつかします」
「お礼はいいよ、当然のことだし。……これからどうするの?」
「幼馴染がこの道をまっすぐ逃げてるはずなので、見つけに行きます」
迷宮都市へ続く道をさしながらハルは話す。
「なら私がおぶっていくよ。ポーションは疲労までは癒せない」
実際傷が治ったにもかかわらず、ハルは未だに足取りもおぼつかない。
「えー、と……じゃあ、よろしくお願いします」
数瞬の思考を終え、遠慮の気持ちよりもペトラを思う気持ちが上回り恩義に預かることとした。
「うん」
(速い、すげー速い)
巡るめく景色は変わり、木々は後ろ後ろへ走っていく。
風に揺られ強者に背負われることでハルは安心を覚えた。
先ほどまでの命すら賭ける切迫した緊張感も恐怖も薄れていく。ただ悲しみは変わらずにずっと胸の奥底にありつづけた。
「あの、俺はハル=グリースと言います。貴方の名前はなんて言うんですか?」
「私はレイス=トレート」
「はい、は、い?」
(レイス=トレート?レイス=トレート……)
「っ!!『疾風』のレイス=トレート!!」
『レイス=トレート』
世界に名を轟かせる、大冒険者。
世界最速のレベルアップ記録を持ち、間違いなく歴史に名を刻む才覚の持ち主。
あと数年で冒険者の頂き、『到達者』に至ると名高い17歳の女傑。
彼女の名は当然ハルも知っているし、憧れの冒険者の一人でもある。
「そうだけど……」
「あの、レイスさんは何でこの村に?」
「それはーー」
ーー高速の風は人影とすれ違う。疾風は足を止め、背負われたハルは目を見開く。
「ハァッ!ハァ……ハル、お兄ちゃん? 」
「ペトラぁ!!」
状況を察して、レイスはハルをすかさず下ろした。
ハルは礼を言ってからペトラへ駆け寄る。ペトラもまたハルの元へ走る。
ハルと違いポーションを使っていないペトラは息を切らしていて。まぁ、ハルも足はおぼつかないままだが。
兎にも角にも二人は抱擁をした。暖かさと温もりに満ちた、少しだけしょっぱい再会を果たしたのだ。
「っずぐずっん。ハルくん……ずずっ。よかったぁ……ほんとにっ!ずぐっ、よがっだぁ」
「あぁ、さっきぶりだなぁっ……ペトラ」
抱き合っているとペトラは泣き出した。
ペトラの涙につられてハルも声を震わせる。
「ペトラ、俺は助かったけど。他の人は皆助からなかったらしい」
はっきりとした口調でハルは言った。隠すよりも早めに知らせるべきだとそう思っての行動だ。
「っ……ぞっか。ぐずん」
(お父さん、お母さん……。でもハルくんも同じ状況。これ以上自分だけ泣くのはずるいよね、我慢しないと)
「それと、あそこのレイスさんが俺を助けてくれたんだ」
「あのわだし、ペトラ=ルルカです。ずっ、ハルくんを助けてくれてありがとうございますっ!」
「うん。私はレイス=トレート」
「え?……あの、疾風のですか?」
「そうだけど」
ペトラとレイスの会合を見ながらハルは物思いに耽る
(そういえば、ハルくんと呼ばれるのは久しぶりか)
それほど余裕がないのか。
ハルお兄ちゃんと呼ぶ元気な姿を思い出し胸が空くような寂しさを覚える。
(またペトラが元気でいられるように頑張らなきゃな)
「それで、君たちはどこへ行くの?」
レイスに交互に視線を向けられた二人は少しだけ考えるが、結局アレだと結論は同じ。
「『迷宮都市ガブリエル』に行きます」
「そこで何をするの?」
「『冒険者』として生活します。それしか道はありません」
農作物を育てる以外をしてこなかった彼らのような村人が稼ぐ方法などそれしかないのだ。
「……そう。ならウチのギルドに来たら?」
「え……?」
(世界有数の最高峰ギルドに俺がーー!?)
☆
人、人、人。
(人の数すご、建物高い。なにあれ乗り物?)
都市とハルは記憶の中の村と比べて驚いてばかりだった。
『迷宮都市ガブリエル』名の通りダンジョンを持つ都市であり、世界の中心とも言われる。
その通りは活気に満ちていて、人々の表情は随分と明るい。夜も遅いとはいえ成人式だから特にか。
レイスは足を止めて指差して言う。
「ここがウチのギルド、『進栄騎士団』のの本部」
『ギルド』所謂冒険者の集まりのことだ。
大多数の冒険者はどこかしらのギルドに所属する。
理由は情報の共有、ギルド内での信頼できる協力関係、問題が起きた際のバックアップ等々があげられる。
そのギルドの中でもレイスの所属する『進栄騎士団』は二大ギルドの一つとして数えられるほど勢力が強い。
(俺みたいなただの村人が、トップギルドの本部に……)
進栄騎士団の本部ということは、ここにはレイスと並ぶ冒険者の頂に立つものたちが多くいる。
団長にして、『英雄王』の異名を持つシャルル=ロードレス
副団長を務め、『鋭眼の魔女』の異名で恐れられるネイラ=ラライカナイ
『要塞戦士』ドレーク=キホーテ
『巨人殺し』メリィ=リトライト
そして、ハルたちの前を歩く『疾風』レイス=トレート。
誰も彼もハルからすれば天上人、緊張を隠せないのも仕方ない。
(でも、行かないと……)
つばを飲み込み、ハルは進栄騎士団の本部へと踏み入った。続いてペトラも。
中は村の家々とは違い、ものすごくきちんと整理されている。
レイスは1つのドアの前で止まり、コンコンとノックをした。
ドアの前には団長室と書かれたプレートが付けられているので、何の部屋かは否が応でも分かる。
(もしも、『進栄騎士団』に入れるならそのアドバンテージは計り知れない。俺とペトラだけじゃ正直生活は苦しくなると思うし)
(だから、賢く振る舞わないと。嫌われないように好かれるように)
レイスがゆっくりとドアを開く。
部屋には二人の人物がいる。
一人は金髪の美青年。
開いたドアの正面奥で椅子に座っている。机には相当量の紙が積まれていて多忙なのが見て取れる。
もう一人は男の左側に立つ銀髪の女エルフ。
髪を蝶のようなピンで一つ結びにしている。やけに目つきが悪いのが特徴だ。
「おかえり、レイス」
金髪の男が椅子から立ち上がり、レイスに挨拶をする。続けて男はレイスに聞いた。
「ところでその二人は?」
「うん、村がモンスターに襲われたみたい。二人とも冒険者としてウチのギルドに入れて欲しい」
レイスが簡潔に説明すると、金髪の男はハルとペトラの顔を交互に見て挨拶をした。
「そうかそうか、挨拶が遅れてすまない。僕がギルド進栄騎士団の団長 シャルルだ」
ハルとペトラも名乗ろうとすると、シャルルは手を軽くあげ二人を静止し言葉を続けた。
「さて、結論から言うと君たちをウチのギルドに入れることは許可できないよ」
シャルルはバッサリと言い切った。
「でも、団長……」
なにかを言おうとするレイス。
「レイス、わがままはよせ。ギルドの決まりだ」
しかし、シャルルの横に立つ目つきの悪いエルフが口を挟む。
「それにお前にはお前の目的があるだろう」
レイスは言葉を失う。なにやら気まずそうに目を伏せている。
「そう早まらないでくれ、ネイラ」
シャルルが銀髪のエルフーーネイラーーに一言言うと無愛想に返事する。
「そうか」
(あの目つきの悪さ、銀髪、エルフ、そんで名前がネイラ……間違いない。進栄騎士団副団長の『鋭眼の魔女』だ)
「ふむ、さっき君たちの入団は許可できないと言ったのは現段階での話」
シャルルがにこりと笑いながら言った。
「君たちの力が僕たちのギルドに相応しければ、勿論入団は可能、むしろ歓迎する」
力があれば……。シャルルと会った目をハルは後ろめたそうに背けた。
(力なんてあれば、こんなことにはなってないっ)
言葉にはしなかったがハルは拳を強く握る。
ペトラも考えは同じで二人は悔しげにうつむくばかりだった。
「分かった。ハル、ペトラ早く試そう」
二人はレイスの声に驚く。なぜならその声音には確かな自身が感じ取れたからだ。
「じゃあ、二人ともこれに触れてくれるかい?」
「知ってると思うけどこれは鑑定紙。鑑定紙に触れればその人の能力がわかるんだ」
シャルルは机から二枚の紙を取り出して、机の上に置いた。『鑑定紙』と呼ばれる紙はふれた対象の種族、性別、名前、なによりも『能力値』を調べることができる。
『能力値』とはそのまま本人の能力を示したものだ。魔法、スキルに加えて筋力や敏捷などの『基礎能力』も含まれる。
ハルとペトラは緊張して恐る恐ると言った感じに、鑑定紙に触れる。ハルに関しては何度目かペトラは初めての鑑定だ。
触れた指先から純白の神には波紋のように光が広がる。
やがて、青白い光が文字として形成されてゆく。
そして、紙にはそれぞれこう書かれている。
名前 ハル=グリース
レベル 1
種族 ヒューマン
体力 5→7
筋力 6→6
耐久 5→6
敏捷 5→7
知力 4→4
魔力 4→4
【スキル】
「挑戦者」成長速度が上昇する。
「守護者」守るべき対象が後方にいる場合、全能力が向上する。
【魔法】なし
名前 ペトラ=ラルカ
レベル 1
種族 ヒューマン
体力 3
筋力 3
耐久 2
敏捷 2
知力 3
魔力 3
【スキル】なし
【魔法】なし
(なんだ、このスキル!?)
ハルは自身も知らない二つのスキルに目を見開いた。今まで自身の能力値を鑑定紙で調べたことはある。
しかし、その時にはこんなスキルはなかった。
つまり、あのモンスターとの戦闘で二つもスキルを会得したことになる。
通常スキルはレベルアップ。あるいは長年の鍛錬によって習得する。
あの短時間の戦闘のみで二つなんて本来ありえない現象と言える。
故にハルは動揺していた。
(それに基礎能力も上がってる……モンスターとの戦闘のおかげか?)
基礎能力は当然ながらレベルアップ以外でも鍛錬や戦闘によっても鍛えられる。
ただ、その数値の上昇は微々たるもので、レベルアップの方が効率的であるとされている。
ハルとは別にレイス、シャルル、ネイラもそれぞれの反応を示した。
「すごい」
レイスは一言呟くのみ。
「これは……」
ネイラは難しい顔で鑑定紙とハルの顔を交互に見る。
「うん、うん」
シャルルは何やら楽しそうに何度かうなづいた。
「これは驚かされたよ。ハル君の持つスキルは両方ともレアかつ優秀だ。基礎能力もレベル1にしては高い方だ」
「ハル君は勿論、おまけでペトラ君も入団を認めよう」
ーー認められた。
「良かったね」
レイスはほんの少し微笑んでハルの方を見た。
「はい」
ハルはシャルルという最強最高の冒険者に入団を認められて喜んだ。
同時に自分が認められたような気がしてハルは何とも言えない嬉しさを胸に抱いた。
「ただ、ペトラ君はあまり戦闘には向かないように見える。もっともハル君のスキル『守護者』を考えればいた方がいいけど……」
ペトラはスキルも無ければ、村の少女であるので当然、基礎能力も低い。
戦えるような力はないし、本来戦うタイプでもない。
「一応、ダンジョンで活動せずギルド内での雑用をしてもらうという手もある。君はどうしたい?」
シャルルはペトラに問う。
(それいいな。ダンジョンに来るのは危険だし)
ハルはシャルルの提案に対し肯定的に考えていた。安全に暮らせるならその方がいいに決まっているというのはみな思うことだろう。
(もう誰も何も失いたくないし)
そして、一度失ったものが失うことを恐れるのもまた自然なこと。
しかし、ペトラの答えは……。
「私は、ダンジョンに行きたいです。ハル君だけ戦わせるなんて……。それにーー」
(あの時、村が襲われた時、何もできなかった)
だからーー
「ーー強くなりたいです」
ハルはその目を大きく大きく見開いた。
守らなければと思っていた少女の強かさに受けた衝撃は並ではない。
「そうか、うん」
「それじゃ、さっそく二人は『冒険者組合』での冒険者登録してきてくれるかい?」
「「はい」」
『冒険者組合』冒険者を管理する組織で、冒険者というのは皆ここに属している。
冒険者というのは強い。上位のそれであれば一国を滅ぼすことすら容易いほどの力を身につける。
冒険者に対抗できるのは冒険者のみ。そういう意味で秩序を守るためのものが『冒険者組合』だ。
冒険者組合に属する冒険者が徒党を組んだものが『ギルド』と呼ばれるわけだ。
ちなみに組合に属さずに冒険者活動をすることは犯罪行為であり厳しい処罰ーー場合によっては死刑ーーが与えられる。
☆
「ここが組合か……」
ハルとペトラは冒険者組合についた。冒険者組合の建物は大きく目立つためすぐにつくことができた。
ガチャリとドアを開けると、チリンチリンと鈴が鳴る。
組合の中は、正面にに受付があって複数の受付嬢が座っている。
皆美人で個性豊かだ。
白髪の兎人、紫ショートのクールな人、黒髪で和風な人等。
その中でハルは自分から一番近い兎人の受付嬢に向かって歩いた。
「いらっしゃいませ!本日はどのようなご用件ですか?」
「えっと、冒険者登録したくて」
「了解しました!2名様ですか?」
「はい」
「こちらの用紙に触れてください」
紙を二枚ほど、手渡される。
触れると様々な情報が文字として浮かび上がった。原理としては鑑定紙と同じようなものだろうか。
「少し待っててくださいね!」
ニコニコとしながら兎人の受付嬢は奥の部屋にさっていく。
(すげぇ、美人だった。それに胸も……)
「ねぇ、ハルお兄ちゃん。あの人の胸見てなかった」
「え?!、な、何のことかな?」
「じーっ」
ハルの額から朝がとめどなく流れる。
「お待たせしました!こちら冒険者証になります」
「ありがとうございます」
(本当にありがとうございます!色んな意味で!)
九死に一生を得たハルはこの受付に感謝の祈りを捧げた、心の中で。
「では、一応規則ですので冒険者について軽く説明させていただきます」
「はい」
「まず、冒険者というのは我々冒険者組合に登録して活動する人たちの総称です。おもな仕事は二つあります。一つはダンジョンでモンスターを倒し、モンスターの持つ魔石を売ること。一つは組合を介して依頼主から発行されるクエストを受けること」
「はい」
「うんうん」
「次に、ギルドの説明です。冒険者たちの中にはイザコザを避けるためであったり、情報の共有、助け合いなどの理由から徒党を組むものが存在します。それが所謂ギルドです」
「はい」
「なるほどー!」
「ギルドは組合に申請を行うことで樹立が可能となります。それ以外での冒険者同士の集まりは禁止はされていませんが問題が起こった際に組合として対応しかねます」
「はい」
「うん!」
「最後に、禁則事項について。犯罪行為はもちろん、他の国の戦争への介入は禁止されています。理由は冒険者の力が大きすぎるからです。他にも色々ありますが、それについては少しづつ学んでいけば問題ないです!」
「なるほど、ありがとうございました!」
(冒険者目指してたし、全部知ってたけど……)
「はい、では頑張ってくださいね!」
「はい」
組合を出て二人はギルドへ戻っていく。
(受付の人、いい人だったな。すごいニコニコしてたし)
ズキン。
ハルは胸が痛くなった。
(そういえば、母さんもよく笑ってたっけ)
おぼろげな記憶を思い出す。自分と同じ水色の髪をもった母の笑顔を。
「これで、俺たちも冒険者か……」
自分の目指した冒険者。英雄にはほど遠いが、それでも冒険者にはなった。
この先、自分たちはどうなるのか。今あるのは期待ではなく不安だけだった。
「……そうだね」
遅れた返事ながらペトラはニコリと笑う。
その笑顔には少し違和感があった。
触れれば泡沫のように消え入りそうな、らしくない笑い方だった。
あの日々は戻らない。二人の傷は簡単には癒えはしない。
それでも、明日が来ればこの気持ちに何か変化が起こるのではとハルたちはギルドを目指し歩く。
「さて、登録は終わったようだね」
ギルドに着くとネイラとレイスは団長室にはおらず、シャルルだけだ。
「「はい」」
(登録は終わった。今日はもう遅いしやることはないだろ)
(疲れたし、もう色々しんどいし、寝たい)
「じゃあ、飲みに行こう!」
「「はい」」
「「はい?」」
シャルルの唐突な提案にペトラもハルも素っ頓狂な声を上げた。