表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第2話 「村、壊滅〜絶望からのスタート〜」

「では不肖ラルク=グリースが息子ハル=グリースの成人を祝い、乾杯を取らせていただきます」


 全ての村人、計100名以上がキャンプファイヤーの元で円になって座っている。座っているのは年配が多く若いのは少数だ。

 円の中心には火がくべられ明るい。そこに立っているのがラルク(ハルの父)である。


「おじさん、いつになくしっかりしてるね」

「あぁ、そうだな」

 ペトラが隣の席でぼそっと呟く。ハルも同意して、うなづく。


「それではぁぁぁ!かんかんかん乾杯!!」


「「「かんぱーい!」」」

 村人の声と酒と酒が合わさるコツンという音がそこらで響く。

 ハルとペトラも軽く乾杯をする。


「いつものおじさんだったね……」

「ハハッ!前言撤回はやいな」

「きゃはは!だってー」

 ラルクは早々に酒を瓶のまま飲み始め、はしゃいでいる。


「おいぃ!そこの二人なに笑ってるんだー!父さんも混ぜろいやい」

「父さん、もしかしてもう酔ってるのか?」

「おじさん飲んだくれー……」

 ハルとペトラはジト目で責めるように言う。

「ぺ、ペトラまで……」

 あんなに素直で可愛かったのに。時が経つの早い。なんてことをラルクがぶつぶつとつぶやき出す。

 面倒なので、ハルとペトラは触れない。


「お、そうそう。ほい、これ祝いの品!」

 ぶつぶつ言い終えると、ラルクは一振りの剣を突き出した。

 成人の祝い、冒険者としてこれから頑張れと言う意味を込めたものだ。


 村人であるラルクに剣を買う余裕はない。相当無理したのだろう。

 ラルクの心配とエールが伝わったハルは胸を打たれていた。


「ありがと」

 剣を受けとり、その重みがゆっくりとハルの手に乗った。背負うべきものの重さだ。


 なんとも感動的な場面か。しかしーー

「ん?おじさん、なんで剣?」

 ーーペトラを含め他の村人はそんなこと知らない。ハルが冒険者になることなど知らない。


(言うなら今、かな……)


「じ、実は……俺は冒険者になりたいんだ。明日には村を出るつもりなんだ」

 緊張で少し声が上ずった。村人たちの視線はハルに集まる。ちなみに遠くの方の村人は声が聞こえてないので反応してない。

「冒険者って、なんでそんな」

 近くにいる、一人の村人が疑問に声を上げる。


「俺は!俺は英雄になりたいんだ」

 バカみたいで少し恥ずかしいけれど、ハルは堂々と言った。


「物語に出てくる英雄たちはキラキラして輝いてる。俺もこんな風になりたいなって思う」

 輝きたい、村人のまま一生を終えたくない。それがハルの思いだ。


(あと、本音を言えば可愛い女の子を囲ってハーレムとかも作りたい)

 とは口に出さず、胸の中にとどめておく。


 ハルの言葉を聞いて皆それぞれの反応を示した。中にはやはりハルが心配なものもいる。

「だけど、グレイさんは……冒険者になって死んだんだ」

 無粋と思いつつも村人の一人は口に出した。ハルもそしてグレイもよく知った村人からすれば思うところがあるのは当然だ。


 そして、村人の誰よりも冒険者になることへの不安と苦しさを抱いているのはラルクだ。

 ラルクのことを思えば後ろめたさはある。しかし、それを分かった上で決断したことだ。


 ただ、この場で村の人たちになんと言葉にすべきなのか若いハルには分からなかった。


 迷うハルの姿を見て、一つ呼吸の音が溢れる。

「妻は関係ありませんよ」

 ラルクは悲しげに言った。


 以降、否定的な意見も何も上がらなくなった。ラルクにそう言われては他の村人も反対はしにくい。

 かといって一度微妙になった空気は戻らない。沈黙は続く。祝いの席がまるでお通夜のようだ。


「ハル、お兄ちゃん、わた……し」

 静寂の中、極小の声がハルの耳に届く。ハルだけの耳に。


 しかし、それ以上の言葉は続かない。

 俯いたペトラの表情はその場の誰にも伺い知ることは出来ない。


 ーーペトラは今、何を言葉にしたいのか?

 ハルは、それを分からずに分からないままにした。


 きっと、ハルの答えは変わらないから。

 危険な夢にペトラを付き合わす気なんてないのだから。


「俺、少しトイレ行ってくるよ」

 そう言ってハルは成人式の席を立った。


(せっかくの楽しい空気壊しちゃったな。もっと早くからちゃんと話しとけば)


 ハルは村を出てトイレまで歩いた。この村にはトイレは一つ、それも村を囲う森の中にある。

 またトイレと言っても貴族のようなものではなく、ただの穴だが。


(ん、あの人たちは今朝の……)

 かなり遠くに、今朝見た二人の不審人物の背中が見える。


 一人は赤毛の少女、もう一人は紫髪の男。あちらはハルに気づいてないようだ。


(あの人たち、一体何のようなんだーー)


 ハルは息を飲んだ。


 ーー二人の後ろに『モンスター』がいた。


(あれはゴブリン、それにオーク!?すごい数だっ!)


(何であの人たちは襲われてない?いや、あの様子……まるでモンスターが従ってるような)


「行け」

 遠くで本来聞こえないだろう声が、極限の緊張感の中ハルの耳に届いた。


 逆十字の描かれたコートを着た紫髪の男が命令を下す声だ。


 命令を受けて『モンスター』たちが村の方へ向く。視線が殺意が村へ向く。


(ヤバイ……。ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイッ!)


(はやく、はやくっ!みんなに知らせないと!)


 行きなれた最短ルートを必死に走る。モンスターたちはまだ来てない。


「ハァッハッ!みんな!モンスターが!ハァハァ。逃げないとっはやく!」

「おい、どうしたんだハル!?何があった!」

「父さん!森にモンスターがっ!逃げないと」

「よし、分かった!みんな早く逃げよう!」


 村人は半信半疑ながらハルの必死な血相をみて、流石にと思い避難を始めようとした。


 ーーその時だ。

 村の上空に、赤く燃える矢が見えたのは。


「おい、マジかよ」

 一人の村人が唖然とした声を上げた。


 火矢の火は木で出来た家々に燃え移り、一瞬で辺りは大火事だ。


「避難だ!早く避難を……」


 ーー『モンスター』の侵攻が始まった。

「「「ぎゃぁぁぁぁ!!!」」」

 村へと走ってきたモンスターたち。ぐんぐんと距離挟まりついには触れるところまで来た。


 人々はパニック状態だ。これではまともな対応は出来ない。


「皆、四方八方に逃げろ!ともかく自分の命を最優先に!」

 村の長である老人が細く皺くちゃの喉には似つかわしくない、野太い声で指示を出す。


 だが、もはや意味はない。


「やめ、やめろ!あがっぁ!」

「ひぃ!!!」

 一人、死んだ。夫婦の男はゴブリンに首を切られいともたやすくその命を落とした。


「あ、あぁ……ああああ」

 恐怖で腰が抜けた妻はゴブリンに目を串刺しにされた。そのあと頭をほじくられて死んだ。


 犠牲者は一瞬のうちに増えていった。

 一人、また一人。踏まれ、斬られ、殺される。


(ヤバイっ!助け、いや無理だ!逃げないと!!せめて俺たちだけでも)


「父さん、ペトラ早く!!!」

「お、おう!」

「うんっ」

 恐怖と混乱の中で父を小突きペトラの手を取り、ハルは早々に逃亡を始めた。


 他の村人を救う余裕はない。

 ゴブリンやオークの数が多すぎるし、おそらく助けようとしても無駄死になるからだ。


 振り返ってみれば、すでに村は壊滅状態。


 すぐにゴブリンたちも人肉を求めて、こちらを追うだろう。


 ーー絶望的だ。


(今度は救う。なんとしてもこの子たちだけでも)

 ラルクは静かに決意する。


 (この方向を行けば『迷宮都市ガブリエル』に辿り着く。そうすれば、『冒険者』が助けてくれる)

 ハルは尚も希望を捨てない。


(お父さん、お母さん……ごめん。どうか無事で)

 ペトラは姿見えない両親の無事を願う。


 ーーそれぞれの思いをもって三人は走る。



 ドシン。ドシン。世界が揺れる音がする。


 森道の脇から一人の屈強なモンスター、『オーク』が姿を見せる。


 そして、その後ろには七匹ほどの『ゴブリン』もいる。


(嘘だろ!!ダメだ殺されるっ!)


 オークが手に持つ棍棒をハルたちに唐突に振りかざす。オークの背丈は三メートルを超える。

 手に持つ棍棒でさえハルよりも大きい。


 死。ハルとペトラの脳裏によぎる。

 圧倒的なまでの終焉。


 それを壊したのは、ラルクだ。


 ラルクは二人を抱えて倒れ込んむ。寸前のところで棍棒の回避に成功した。


 ラルクはすぐに振り返り、ゴブリンとオークを睨みつける。


「ハル!ペトラ!先に行けぇぇぇぇ!!!」


 硬い意志を持った声が鼓膜を殴る。


 ラルクは振り返り、『オーク』と『ゴブリン』へと特攻していく。


 命を賭してハルたちの逃げる時間を稼ぐつもりなのだろう。


 ーーハルは走った。父の意思を尊重するため、ペトラを守るため。


 数十秒もしないうちに肉の潰れる音と苦痛への喘ぎが後方から放たれる。振り返る余裕などないがハルもペトラも理解していた。


 ハルの父が『オーク』と『ゴブリン』に殺されたという事実を。


 ハルの口内には鉄の味が、ハルの拳には血の色が、広がっていた。


 ーーそれでもハルは走る。父の死を無駄にしたくないから、ペトラに死んでほしくないから。


 憎しみと怒りに震える拳は強く強く握りしめる。

 恐怖にくすむ足は前へ前へ、更に前へと送っていく。


(もっと、俺が強ければっ)


 ラルクだけじゃない。他の村人だった救えたのかもしれない。


 でも、事実としてハルは弱いのだ。木剣を何度も何度も降ってきたとはいえ弱いのだ。

 もし、ゴブリン数匹ならば倒せただろう。それでも、人にはおよびつかない力がある。あの巨大な怪物にはハルの剣は届かない。


 ハルは何度も自分に言い聞かせ冷静であるよう努める。


 自分は弱い。彼我の力の差は明らかだと、父の意志を考えろと。


 そうでもしなければ、狂いそうだった。



 ドシン、ドシン。世界が再び揺れる。


 少年の後方には10メートルの距離まで『オーク』が迫り、更にその後ろには十数に及ぶ『ゴブリン』も追随している。


 (……このままじゃ。また、追いつかれる)


「ハルお兄ちゃん……」

 不安げに手を繋いでいる少女から名前を呼ばれる。ペトラは聡明だ、幼いながらに状況を理解しているのだ。


「わたしが……」

 そこで言葉を止めさせる。


 ペトラは優しい、だから何を言わんとしているかハルにはよく分かった。


 ハルよりも走るのが遅い彼女は、自らを犠牲にする。そう言いたいのだと。


 例えハルを犠牲にしてペトラを逃しても、ペトラの足ではモンスターから逃げきれる可能性は低い。


 確率を考えれば、ペトラを犠牲にするのがが最善で現実的と言える。


 ハルは揺らいでいた。自分とペトラどちらを犠牲にするのかの選択を迫られて。



 大人になれ。理想は理想、現実は現実だ。


 可能性の高い方を選ぶべきだ。でなければ他の死者が報われない。


 ーー冷静な自分が脳に囁く、囁く、囁く。


 命をかけて時間を稼いでくれた父。

 助けずに見捨てた他の命たち。見捨てた人々には沢山の知人がいた。


 ーー彼らの死がハルに重くのしかかる。


 ハルは隣を走る年下の幼馴染の顔を見やった。全てを受け入れる覚悟と強い意志がそこにはあった。


 ーー 自分は何のために父を犠牲にしてまで逃げているのか?

 ーー 何故、他の人を見捨てたのか?

 ーー それは自分が助かりたかったからか?

 ーー 一人でも多く生き残るためか?


 ハルは己に問う。責めるように何度も問う。


 (俺は……ペトラだけは、せめて助けたいって思ったんだ)


『男なら女の前では死んでもカッコつけろ』


 父ラルクが昔、母グレイの命日に言っていた言葉がハルに最後の一押しを、『勇気』をくれる。


「ッハァ!ペトラ!逃げろっ!!」

 ハルは硬く繋いでいた手を離して、体ごと振り返る。


「っハァ!ハルお兄ちゃん……っまたね」

 背中越しに名前を呼んでから、ペトラは叶わないと知りながらそれでも言った。


 ペトラは進む生者の道を。ハルは残る死者の世界に。


「ハァッハァ。さて、頑張るか」

 だれに対してでもなくハルは小さく呟く。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

「グルガァァァァ!!」


  ゴブリンが次々に波状攻撃を仕掛け、オークの一撃はハルの体をかすめる。


「ーーくそっ!」

 豪腕による風圧は凄まじくハルの体は数メートル吹き飛ばされる。


 無論体制は崩れ膝をつく。その隙を近くのゴブリンがつく。


 ゴブリンの短刀がハルの腹を深く抉る。鮮明な痛みが腹に噛み付く。


「ぐぁんだっ!……んぁゃ」

 はじめての斬られる痛みはハルの顔を歪ませ、声を上げさせる。


 ーーグサ、グシァ、グチャァ。

 痛みを堪え、動きが鈍ったハルは脆かった。

(しまったっ!)


 まず肩を突かれ、次は足を斬られ、最後に腕を刺された。

 足元はふらつき、ハルはその体躯を地に伏せる。


  (やばい痛いやばい痛い、死ぬーー)

 ーー『ハルお兄ちゃん……またね』


 ペトラの声がリフレインされる。先ほどの別れ際の台詞だ。


 あの時、ペトラはどんな顔をしていたのだろうか?ふとハルは気になった。


 背中越しで見えなかったけど。

 ーーきっと、泣いていた。


  ラルクから貰った選別()を握り直す。強い意志を再び宿して。


 (まだ死にたくない。英雄にもなれてない。そうだ、ハーレムだって)

 (それにペトラの逃げる時間も全然稼げていない!!!)


 ハルは気力だけでうつ伏せの体を起こしてみせる。


「うおおおおおおおおおおお!!!!」


 『オーク』はゆっくりとハルに近づいてくるがハルは最早動く力さえ残っていない。


(動けよ動け!身体が……動かないっ)


 ハルはようやく自分は立つのが限界なのだと悟った。


 棍棒が、理不尽が、力が、この世の不条理がーー

 ーーハルに振りかざされる。




 ハルは走馬灯を見ていた。


 ハルは剣をふっている

 毎日毎日ふっている。


 毎朝誰よりも早く起きて剣を振り、農作業をしてから毎晩剣を振り誰よりも遅く寝た。


 物心ついた時からの習慣の走馬灯。


 そんな自らの努力が無駄であったのだと思い知らされる。


(俺に、俺にもっと力があればっ!せめてペトラだけは生き残ってくれーー)




 ーーハルは無力感とペトラへの祈りを胸に死ぬ。






 はずだった。



 ハルの命が終わる寸前。

 ーー『風』が吹いた。



 オークの肉体は一筋の剣風により砕け散る。



 次いで十を超える風の刃によって全ゴブリンの体もバラバラに裂かれた。



(嘘……だろ?)



 風の正体は一人の女性。


 芥子色の髪を腰まで伸ばした女性だ。


 一刀の元、全ての暴力を、理不尽を、不条理を切り捨てる。


 その姿はまさにーー

 ーー『英雄』


 ハルは初めてその目で『英雄』を見た。


 その女性は驚くほど、輝いていた。それは物語(幻想)に負けないくらい輝いて見えた。


 女性は振り向いて、ハルに問う。


「大丈夫?」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ