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第1話 「日常、少年は英雄に焦がれている」

「……九百九十八……九百九十九……ッ!千!!」

 日が昇り始めた頃、森の中で若々しい男声が木々に反響する。


「ハァッ、ッガァ!ハァーハァ……」

 声の出た頃を見れば、一人の少年が剣を振るっている。


 少年の体は全身から絶え間なく汗が垂れて、足元の土を濡らしている。加えて酸素を欲する体過呼吸に近いほどに乱れている。


 手を見れば、少年の片腕ほどの長さの木の棒が握られている。形からして剣を模したもののようだ。


 少年が行なっていたのは素振りというものだ。 

 少年の名前はハル=グリース。迷宮都市ガブリエル近郊にある小さな村の村人である。


 当然ながらただの村人であるハルが剣を振る意味などはない。

 ただ、ハルには夢があった。それは冒険者になって、英雄のように輝きたいという青々しい英雄願望だ。


「……ッハァァ。……ん?」

 疲れ果てハルが地べたに座りこむと、視界の端に二人の人物が映る。


 一人はハルよりも一回り幼い少女でボロボロに敗れた布の服を着ている。腰まで伸びた赤い髪が遠くからでもよく目立っている。

 もう一人は男性で紫色の髪だ。それを形容しがたい君悪い髪型にセットしている。


(なんだあれ……?)


 この森は田舎も田舎、辺境だ。近くに大都市があるが人の行き来もごく稀だ。


 見た目からして、なんだか怪しい。少女を誘拐、あるいは犯罪行為にあたる奴隷売買かもしれない。


 何の用か詰問しようとハルがゆっくりと立ち上がる時には、二人の怪しい影は消えていた。


(あれ……?いつのまにかいない)

 もしかすると、疲れた自分の幻覚かもしれない。

 ハルは気を取り直して素振りを再開するーー


「ハルお兄ちゃーん!」

 ーー前に声がかけられる。


 元気な声とともに一人の少女が手を振りながら駆け寄る。蜜柑色のふんわりとした髪が走ることで緩やかに揺れている。


 少女の名前はペトラ=ルルカ。ハルの三つ年下の幼馴染。兄弟にも似た関係の人物だ。


「ラルクおじさんがご飯出来たって」

「もう、そんな時間か……ありがとペトラ」

 ペトラの頭にポンと手を置いて優しく撫でる。すると、ニコリと口元と目が嬉しそうに形取られていく。

 そんな姿になんだかハルまで楽しくなる。そのせいか本人は気づいていないが頭を撫でるのは癖になっている。



「父さん、ただいまー」

「お帰りぃぃぃぃ!!なさぁぁぁぁい!」

(相変わらずテンション高い、うるさい!)


 扉を開けるといきなり大きな声がハルの鼓膜をぶん殴る。


 このハイテンションな人物こそが誠に遺憾ながらハルの父。ラルク=グリース。


「さぁ、let'sご飯ご飯!」

 元気なラルクに呆れつつ食卓についたハルは、あることに気づく。


「今日はいつもより豪勢だな」


 木製の机の上に多彩な食材が置かれている。


 普段の朝食は硬めのパンに具のないスープ、あと村で育てている野菜を少し程度の質素なものだ。

 しかし、今日は肉に魚など普段見ないものが多く並んでいる。


「おう、今日はお前の『成人式』だからな!」

 大げさに腕を振り、ラルクはキラッと歯をきらつかせる。

 格好つけているようだが、三十八にもなるジジイでは格好ついていない。


「あぁ。ありがと」

 『感謝は言葉にしないと伝わらない』ハルは父の口癖を思い出し、感謝を口にした。

 あんな姿を見てると感謝する気も失せるのだが。


 今日は、今年で十五歳を迎える(もしくは迎えた)青年青女にとって『成人式』の日だ。ハルもその一人に類する。

 すでに誕生日を迎え十五のものも、この日を待って正式に成人扱いになる。


 成人式の日は祝日扱いで大きな街では、商人なんかも集まってお祭りのようになるらしい。

 といっても小さなこの村では村人たちが集まって酒を飲んで祝うことしかしないが。


「そう言えばハル!ペトラはどうするんだ?」

 ハルがご飯を食べ終えて食器を片付けていると、食卓に座っている父が背中越しに問うてくる。


「どうって……?」

 質問の趣旨がイマイチ掴めないハルはおうむ返する。ハルが鈍感というとよりもラルクの言葉足らずか。

(どうするも何もさっき会ったばかりだけど……)


「ハルは明日、村を出て『迷宮都市ガブリエル』へ行くじゃーん?ペトラは連れて行かないのかなって!」

(あぁ、そういうことか)


 冒険者を目指すハルはダンジョンの存在する迷宮都市へ行く。十五になったら好きにしていいと父からも随分前に許可を得ていた。


 世界に四つしか存在しない迷宮都市、その中でも最も盛んで最もこの村から近いのが『迷宮都市ガブリエル』になる。


 近いといっても、今のようには会えない。

 ハルを慕うペトラは寂しがるかもしれない。単純なことだ。


(ペトラを連れて行くなんて考えもしなかったな……)


「ち、な、み、にぃ〜、あの子はついて行きたいって思っても言わないタイプだぜ」


 ラルクのわざとらしい言い方にハルもなんとなく察する。

 彼女の心情を組むならお前が誘えということだろうと。


 しかしーー

「ーー『冒険者』は命がけだから連れて行かない」


 これはハルの夢だ。危険を伴う覚悟も乗り越える意志も()()にはある。


 ただ、それにペトラを巻き込もうなど随分とおかしな話だろう。

 それに、ハルが行くから。そんな理由でダンジョンを登るのは危険すぎる。


「……そもそも、まだ冒険者になることすら話してないし」

 ハルはバツが悪そうにモゴモゴ付け足す。


 ハルが毎朝、素振りしていることはペトラ含め数人の村人は知っている。

 しかしながら、ハルの夢を知るものはラルクのみ。


「あぁー……。ちゃんと今日の『成人式』の時には話すんだぞ!話すんだぞ!」

「わかってるよ」

 二度も言われて、ついぶっきらぼうに返事する。


(冒険者になるなんて皆んな反対するよな……)

 村にいれば安全なものを危険な仕事はわざわざ行くのだから反対される。

 大人たちは閉鎖的で頑固だ。ハルはこれを親切心から来るものだと分かってはいるが、やはり面倒だと思いため息をつく。



「ハルお兄ちゃーん、あーそーぼー!!」

 家の外から幼く元気な声が耳に届いた。

 食器の片付けもタイミング良く終わったところだ。ハルはすぐにドアへと向かう。


「おはよー、ペトラ……ん?」

 ーードアの外に誰もいない。


「さては……そこだなー!」

 ペトラとも長い付き合いのハルはヤツの行動が完全に読めた。 開けたドアによって出来る死角の部分へ回り込む。


「きゃはは!バレちゃったかー。おはよぉーハルお兄ちゃん」

「改めておはよー、このわんぱく娘」

 ペトラは楽しそうに笑い手をひらひらとさせている。ハルもつられて気分が上がる、ペトラといるといつもそうだ。


「ペトラ、何して遊びたい?」

 普段は農仕事があってなかなか遊ぶ暇がない。しかし、今日は祝日だ。

 水を汲んだりむらでの仕事がなくなるわけではないが、ハルとペトラは若いからと大人たちから休みをもらった。


 ペトラはまだ十二歳、こんな時くらい好きにさせてあげたいと思ってハルは聞いた。


「んー、じゃあさ……」


「オラオラァ、捕まえるぞー、オラオラァ」

「きゃははは、ハルお兄ちゃん怖い!きゃはは」

 ハルとペトラは鬼ごっこをしている。村の中を駆け回る姿はなんとも楽しそうである。


『あら、あの二人相変わらず仲良いわね』

『あのハルも今日で成人なんて早いなぁ』

 村人達はそんな二人を微笑ましく見ていた。


「おし、捕まえたー!」

「捕まちゃった」

 村中を駆け回った二人はハアハアと肩で息をしている。二人は地べたに座り、木にもたれかかる。


(夢中で走ってたけど、家からずいぶん遠いとこまで来ちゃったな)


 現在ふたりがいるのは村の東。住宅は西の方に多く、『成人式』を行うのもそこだ。

 昼食は夜に開かれる成人式ーーもとい飲み会ーーのために抜くのが基本。


 ならば、時間の余裕は十分ある。


「ペトラ、少し寄り道していいか?」

「いいけど、どうしたの?」

 キョトンと首をかしげるペトラ。


「行きたい場所があるんだ」



 ハルは帰る途中、村周りの森へ入った。あたりには縦長い石が数十ほど建てられている。石にはそれぞれ文字が掘られている。

 ハルはそのうちの一つの前で屈む。


 石にはこう掘られている。

『グレイ=グリースの墓』と。


(そっか。ここはハルお兄ちゃんのお母さんの……)

 文字を見て、ペトラは気づく。そしてペトラはさっきの質問は少し無遠慮なものだったのかもと後悔した。


 墓に向けて両の手を合わせるハルの背中はとても寂しげだ。いまここにいるのかすら疑わしい、泡沫のごとく儚い。

 ペトラは何も言わず、そっと隣に座り込んで手と手を合わせて、瞼を閉じた。


(母さん、俺は冒険者になるよ。あんまり母さんのことは覚えてないけどさ)


(母さんは冒険者で、そんで死んだ。モンスターに殺されたって父さんは悲しそうに昔話してた)


(でも、俺はなるんだ……冒険者に。だってなりたいから、英雄に)


 自分の意思と思いを告げて、ハルは静かに立ち上がる。


(じゃあね、母さん)



 二人が村の西に付いた頃には日は落ちつつあり、間も無くしてーー


 ーー『成人式』の時間となった。

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