すれ違いは続くよ、どこまでも
俺は警戒も遠慮もかなぐり捨てて、両手を窓枠にかけ思い切り左右に押し開いた。向こうで誰が何をしていようと知らん! といった心境だった。
しかし、そんな俺の気合は見事に空振りした。
「だ、誰もいねえっ!」
開け放った窓の向こうは真っ暗だった。
俺の叫びを聞いた中井たちは、ごそごそと窓に寄ってくると身を乗り出し無言で倉庫内を観察し始める。誰もいないと知ったからか、奴らも遠慮を捨て去って、露骨なほど身を乗りだしている。
狭い開口幅にうへーとなって、俺はふたりに場を譲ると早々に窓から離れた。
無駄にテンションを上げてたせいか、繋がりはしたが誰にも会えなかった現実に自然と肩が落ちた。いや、油断は禁物だ。もしかしたらまた時間軸が違うかも知れぬ!
内心で独り会議をしていた俺の耳に、窓の向こうを探っている野々宮さんの声が届いた。
「さっきのお父さんがレイモンドさんならさー、アノ後、大丈夫だったってことだよねー?」
「あ、そーいえばソレがあったなあ……」
バカップルがあちこち顔の向きを変えながら、ぽつりと呟き合った。
あっ、妙に焦りを感じてた理由はそれだ!
窓を破壊された後、レイモンドたちに何があったのかを俺は早く知りたかったんだ。最悪な想像が頭の隅をちらつくたびに、必死にそれを否定してたんだからな。
狂暴なお嬢様と冷酷な従者による剣と魔法使用の大乱闘中に、俺たちは異世界と接続できなくなった。今でもありありと脳裏に焼きついている、レイとセレが剣を手に組みあっている場面だ。
あの後、どうなったのか心配で仕方なかったのだ。
しかし、父親になったレイモンドらしき男に会った。無事に生きて人生を謳歌している証拠に出会えた。
でも、それは俺の不安をすべて削除してくれるモンじゃなかったようだ。
やっぱり、俺の知ってるレイモンドに直接会って互いに無事を確かめ報告しあいたい。
それになー。
「五体満足で生きてたのは純粋に嬉しかったけど、妻子持ちになってたってのは安心していいのか嫉妬していいのか……複雑な心境だー」
知りたくなかったつーか、リア充してる奴と面と向かい合いたくなかったってのが本音。
「でも、安易に安心するのも問題だぞ?」
「はあ!?」
「だってな、レイモンドさんは無事だったが他は?」
暗闇をバックに、真剣な顔の中井が振り返って告げた。
「兄ちゃんズか……」
あの場には、オルウェン兄弟が揃って出席していた。
屈強な三兄弟だけど、戦闘技術を身につけてるのは実質軍兵のレイモンドだけだ。
ジョアンさんたち兄二人は国外まで行商にでかけるとは聞いてたけど、毎日戦闘訓練を積んでる兵士や騎士には及ばないだろうし、護身術程度しか身につけてないだろう。
あの時だって、ジョアンさんは無抵抗でセレに磔にされていたし、エリックさんが斬りかかられた時もわざわざレイモンドが受け止めた。狭い倉庫の中で、形振り構わずアブナイ攻撃魔法を使う短気な女と非情な従者相手に、三人兄弟が無事なままで事を収束させたとは思えないんだよなぁ……。
「それでなくてもジョアンさんの性格がアレだしー?」
野々宮さんが不安要素をどかっと盛る。
やめてくれよー。
「あー、この倉庫、大穴が空いてるー。やっぱりこのせいで出入口の改装したんだー」
なぜかこの窓は、料理の匂いは通すんだが光は通さない。電池式のランタンを通過させようとしたけど、しっかり窓に拒まれた。それでも闇に目が慣れてくると、なんとなくだが物の輪郭くらいは判断できるようになる。
内部を長々と眺めていた野々宮さんが大事のあった痕跡を見つけ、すぐに中井も確認したらしい。
「大暴れして蹴り抜いたか、何かでぶち破ったみたいだな」
窓の際に設置してあったテーブルもなくなっていて、残骸らしき物が散らばっているとか。
俺はぶるっと肩を震わせた。
「……伝言メモ貼って、今夜はこれでお開きにしよーぜっ」
それだけ言うと、俺はふたりの返事も聞かずにキッチンカーを走り出て母屋に駆け込んだ。デカいチラシの裏にでかでかと伝言を書き、また店舗内に戻ると窓の向こうへ放り込んだ。床に落ちたが、大判のチラシだから目につくだろう。
時計はすでに零時を回っている。
ふたりは黙って頷いた。
翌日も同じ時刻に窓を開いてみた。その次の日も、次の日も……。
結局、一週間経っても誰にも再会できずに暗く荒れた倉庫内を眺めるだけで終始し、メモ書きしたチラシも回収されている気配がなかった。
日に日にもう会えないんじゃないかって悲観的な憶測が頭を過るようになり、その理由が気掛かりであれこれ考えて落ち込んだりした。
死傷者が出る騒ぎになって、内輪揉めで終わらせられなくなって公の事件にまで発展して……とか。
でも、お父さんになったレイモンドと会えたんだから! と自分を励まし、また窓を開く。
その日も、半分諦め気分で窓を開けた。
「え……」
倉庫内には、温かみのある灯りが点っていた。
そして、俺の目の前にはウチの母よりすこし年上って感じの、優しげな微笑みを湛えた女性が立っていた。
「こんにちは。トール様。私はレイモンドたちの母親のルクセーヌです」
レイモンドの面影が重なるキレイな緑の目と金髪のルクセーヌさんは、初めて会った俺を眩しそうに瞬きをしながら見つめた。
「初めまして。異世界の料理人、トールです」
俺の顔には、きっとすげー複雑な感情が表れていたと思う。
こっそり、お知らせ。
まだ詳細な告知はできませんが、書籍化決定しました。
発行は来年春~初夏あたりになるかと。私の作業が予定通りに進行すればですが。
これもひとえに読んで下っている皆様のおかげです。長いお付き合いになるかと思いますが、
この先もよろしくお願いします。




