ジィ様の手違い
なんとなく誰かの面影を残す金髪緑眼の年上の男は、俺を見つけた瞬間にぽかんと口を半開きにして目を見張った。
驚きなんてカワイイもんじゃなく。まさに驚愕! っつー感じでフリーズし、大声で俺の名を叫んだ。
俺たちは思わずビビって、キッチンカーの店舗内に後退る。中井は野々宮さんの肩を掴んで思い切り引くと、俺より後ろに下がっていた。
たぶん、俺たち三人は驚きのあまり言葉を失った状態で、とはいえ声が出たら出たでとんでもないことになる予感がしていて。
男は腰にまとわりつくマーシェルをそのままに、大股で倉庫内に入ってくる。
その途端、窓が勢いよくピシャリと閉まった。
勝手に。自動で。オートで。
おい! 直したばっかりの窓が壊れるじゃんか!
「ひゃぁ!」
俺の後ろで野々宮さんが奇声を上げた。
わからんでもない。俺も口から漏れそうだった。悲鳴より先に、背筋が寒くなってぶるっと震えがきたことで漏れずにすんだが。
う~む。
「あれ、誰だ?」
たった今見た光景が脳裏に焼き付いて離れない。信じられねえ! っつー気持ちと、異世界だからこーゆーこともあるかもっつー驚き。
斜め後方からぼんやり照らすカンテラの灯りが、閉められてしまった窓ガラスに俺の呆けた顔を映していた。
ふたりに背を向けたままで、どちらにともなく問いかけてみる。
まぁ、答えるのは中井たちしかいないけど。
「俺は知らん!」
「あたしもー」
意地でも言わねぇってな意志が見える返答で、思わず笑った。
なので、俺はおのおのの心の隅に芽生えている正解に語りかけるつもりで、ふたりを振り返りながら訊いてみた。
「どう見ても俺たちより年上だった……よな? つか、おとーさんと呼んでたし」
「異世界ぱねぇ! 一足飛びに何年先行したんだ! 嫁さん、すげぇ美人そう……」
すこし興奮気味の中井は、自分より年下の男がすでに嫁を貰い子持ちになっていたことに焦点をおいた様子。悔しいのか。そうか。
つか、お前の隣りで目を座らせている恋人がいるが、機嫌が下降中なのに気づいてるか? なんか怖えぞ。
「ジィ様! なんなの? 接続間違いでもしたん?」
新しい窓に浮かれて神力篭め過ぎたとか、新しいゆえにチャンネル設定間違えたとか?
俺はキッチンカーの天井付近に目をやると、姿のないジィ様に問いかけた。
――まだ馴染んでおらんからのぉ。接続点を違えてしもうた。
なるほどー。
って、え?
そこで俺はやっと、自分が問いかけた内容の可笑しさに気づいたのだった。
自分の口から出た接続間違いって言葉の意味が、別の異世界に接続してしまったかということではなく、レイの世界だけれど時間的流れの意味で使ったことを。
どうも俺は無意識に向こうとこっちの時間の誤差を、ジィ様か向こうの神様が勝手に合わせてくれているとんだと飲み込んでいたらしい。だからなんにも疑問に思わず、確認もしていなかったのだ。
そして、たった今、それを自覚し実感した。
「えっと……あっちの一日の長さはこっちの世界と違う……んだよな?」
――何を今更。そもそも時間を表す物差しが違うからのぉ。
「ええ!?」
――当然じゃろ。存在丸ごと次元が違うんじゃから。
「あ、そっか。まったく別の世界だもんな……」
段々と『異世界』が、俺の中で行くのがちょっと大変な外国程度の認識になりつつあるようだ。
お馬鹿もここに極まれり。
「えー? なになに?」
「それで?」
俺が宙を見上げて話しだしたのを黙って見ていた中井たちは、切りのいいところで口を開いた。
ジィ様と話してるって理解してるらしく、ちゃんと待ってる良い子たちだ。
「ジィ様の手違い。窓ガラスが新しくて馴染んでないからだとさ」
「え? じゃ、さっきのはやっぱり未来?」
「あっちとこっちじゃ次元自体が違うから、今までは神力でいろいろと調整してくれてたらしい」
いつも何も考えずに窓を開けていた。いや、考えてたな。窓の先に不審者(俺たちもだが)いないか危険はないかとか。ただ、そればかりに意識が行ってたから、今窓を開けても向こうは時間的に大丈夫か? とは考えたことがなかった。
思い起こせば、販売拠点での交流の時からそうだった。
こっちは昼飯時だったけど、レイはすこし早い朝食時間だったもんなー。あの頃はいつも同じ条件下で顔を合わせていたから、時刻のズレはあっても一日の長さが違うなんて思いもしてなかった。
それが竜神事件解決を切っ掛けに、今度は月が出ている夜にウチの駐車場でって条件に変更された時、ジィ様がなにかしらセッティングしてくれてるんだなって実感した。
何をどうやってるってのは理解できないが、俺の都合に合わせてくれてるってのは解ってた。ジョアンさんに聞かれたくないって思えば、レイの部屋に繋げてくれたり、遠くなったなと思えばフィヴの里の側に場所移動してくれたり。
たぶん……ジィ様だけじゃなく、向こうの異世界神様も手や神力を貸してくれてるんだと思う。
そんなことに俺はまったく頓着せず、ただ会えることが嬉しくて。
「さっきの……さ、そーとー驚いてたよね? なんか涙浮かべてたみたいだし。あれってさ、透瀬と長い間会えなかったっていうかー、久しぶりの再会で感激したって感じ?」
「そういやそんな感じだったな。それも、スゲェ心配してたってのか?」
俺が感慨に浸ってる間、中井たちは興奮が治まってきたのか妙に冷静な状況分析を始めていた。
俺の思考もそれに引っ張られて、男の様子を思い出す。
確かに、俺が俺であると確信していた上に長い間会えずにいたってな感情がもろに溢れてたな。
「あれが本人だと仮定して――俺と奴はそーとー前にバイバイしたってことになるのか?」
「なんじゃね? 突然なのか別れの挨拶をしたのか見当つかんが」
別れ……あっちからは何かできるわけじゃないから、当然のこと俺が何かしらアクションを起こしたか、予想外のアクシデントで……。
「そー言えば、現在も予想外のアクシデントで会えなくなってたんだよなぁ……」
俺たちは何が起こって向こうと接触不可になったのか理解できてるが、レイたちからすれば現状なんて知る由もない。
あのお嬢様錬金薬師が原因じゃないか? くらいは推測できても、事実何が起こったのかなんてわかるはずないんだ。
「それ、じゃないの? 現時点では会わないんじゃなくて、会えないんだし」
「なに? そーなると、さっきのはこのまま再会しなかったらってことか?」
中井も野々宮さんも真剣な顔で考え込み出した。
これって『if』ってやつかな?
「あー! めんどくせぇ! も一回開けてみりゃいいんだろ!」
俺はふたりの返事も聞かず、再び窓枠に指をかけたのだった。




