恐怖!倉庫の座敷童
俺と中井と野々宮さんの大声が、あんまり広くない倉庫の中に響く。不協和音に応える人はなく、空しい時間だけが過ぎていく。
アルコールもつまみも持ちこんでいなかったふたりは、拍子抜けしてカウンターに崩れた。俺は身を乗り出し、向かい合わせに設置してあるテーブルに手を突いて、倉庫内を慎重に見回した。
「どうした? 了……」
俺が眉間を寄せて、真剣な顔で倉庫内を観察してるのに気づいた中井が、何事かと覗きこんできた。
なんかね、なーんか変なんだよ。
妙にスッキリしてるってのか、俺の記憶の中にある室内よりもキレイになってるっつーか。
「あの後、掃除でもしたんかなー。なんかキレイになってると思わん? あのネェちゃんが大暴れしたんで、内装補修でもしたとか?」
何かが違う。どこか、まるきり違う部分がある。記憶の中のぼんやりした映像と目の前の光景を頭の中に並べてみて、間違い探しみたいな感じで目を走らせる。
「あー、そーだな。補修というより改装したのか? 出入口が広がってる」
「あっ、ほんとだぁー」
目を凝らさなくてもはっきりと判る違いなのに、俺の脳は思い込み錯覚を起こしてたようだ。
正面にあるドアを、今までほとんど意識したことがなかったせいで、そこには出入口があるって認識してるだけになってたことが原因らしい。その大きさや間口なんか、朧げにしか記憶してない。
さすが、おバカ脳。
「あの時……ネェちゃんにぶっ壊されたとか?」
「出入口だけで終わらないと思うんだが」
「倉庫自体が吹っ飛びそうな迫力だったよねー」
倉庫なんかのドアだから、そんなにキレイな物が取り付けられているわけじゃない。前と同様の使い古した木製のドア。間口が広くなったから、両開きの二枚ドアに変わってた。
俺らは口々に好き勝手なことを言い散らし、誰も現れないなら伝言でも残して今夜はお開きに、なんて相談してたんだが。
キィ……。
変な音が響いて、いっせいに口を閉じて音のしたほうに顔を向けた。
「うあっ!」
「きゃーーーーっ!!」
もうね、耳元で野々宮さんが目一杯悲鳴を上げるもんだから、耳がキーンと鳴って、俺は店舗の床に崩れ落ちた。
なんなの? あれ、超音波?
すぐに耳鳴りが収まらず、篭った耳を軽く手のひらで叩きながら二人を見上げた。
すでに窓はきちっと閉じられていて、その前でバカップルが顔を合わせて何事かを言い合っていた。
「なに? なんか――」
「え? 透瀬は見なかったの? でたんだよーぅ! 子供!」
わけわからん。
野々宮さんはカウンターに腹這いになりながら、足だけバタバタと足踏みしてるし。
「子供……四、五才くらいの男だな。ドアから覗き込んできた」
中井、的確な説明サンキュー。
「子供ってことは、初めて見る顔かぁ」
「金髪で子供ってとこまでは見たが……」
「よし!」
俺は立ち上がると二人の間に割り込んで、思いっきり窓を開け放った。
子供の幽霊なんざ、怖くねぇ! それよりも、異世界の幽霊って点に興味が惹かれて、我慢できなかった。
だってさ、神様やドラゴンだっつー幻の伝説にバシバシ出会ってんだぞ? 幽霊程度でオタオタするわけねぇだろーが。
開け放った先には、少年がいた。
確かに園児ってくらいの年齢の子供で、ちゃんとした格好をしていて足も確かにある。
「お兄さんたち、妖精?」
「おう! 俺たちはここにずっと住みついてる妖精だ」
妖精かぁ……。そういえば、ジョアンさんたちには精霊と間違えられたんだよなぁ。で、今回は妖精かぁ。
うーん、懐かしい。
まぁ、一年も経ってない昔だがな。
中井が見た通り、金髪の巻き毛に真っ青な目の男児だ。白い肌に、薄っすらとソバカスが浮いてて、キラッキラした目で俺たちを見上げてる。
うん。怖いモノ知らずなのか、少年はテーブルの側までやってきて、俺たちがもう一度窓を開けるのを待っていたようだった。
「カワイイ……」
さっきはおっそろしい超音波発生器だったくせに、野々宮さんの目は彼に釘付けだ。
確かに美少年で、かわいい。頬っぺた真っ赤にして上目遣いだし。
「あー、お名前は?」
「マーシェル。五才です。パパは――」
「マーシュ!! どこだ!?」
中井が彼に名前を尋ねると、彼はとても素直に答えてくれた。
大丈夫か? こんな幼い子が独りでこんな所にいて、正体不明な俺たちに向かって正直に名前まで告げるなんて……。
野々宮さんのハートの目をチラ見してしまうと、なんか事案発生しそうだぞ?
と、心配しかけた時、いきなりドアの外から男の声が届いた。
マーシェルの名を呼んで捜してるふうな感じは、親父さんかな? そのマーシェル少年は、くるっと頭だけ振り返ったっきり動かなくなった。
「……ここって、確かレイモンドさん家の持ち倉庫だったよな?」
中井が俺と野々宮さんに顔を寄せて、小声で訊いてくる。
「つか、ジョアンさんたちの商会の倉庫だって聞いた気がする」
「マーシュ!」
「パパ! こっち、妖精さんがいたー!」
バタバタとすげー勢いの足音が近づいてくると、わずかに開いていたドアが壊れるんじゃないかと思うような迫力で開けられた。
ぬっと現れた男に、マーシェルは満面の笑顔で飛びついて行く。
俺たちはビビッて、思わず窓のこっちへ退避。
「トール!!」
超音波の後は、割れんばかりの大声が俺を襲った。
俺の名を呼んだ相手は、どう見ても俺よりもずっと年上の男で、マーシェルみたいな金色だけど緩く癖のかかった長い髪に、緑色の瞳をしていた。
どこかで見た面差しってやつで……。
こ、これって……。
俺も中井たちも、息をするのも忘れたように驚愕の嵐の中にいた。




