カレシとカノジョと俺の再会
久しぶりに会った中井と野々宮さんカップルは、笑えるほど神妙な態度で現れた。
そういえば、異世界騒ぎ以前はこれくらいの間を取っての付き合いだったなと思い出す。三人ともに社会人になってからは、互いに仕事が忙しくなり休みも時間も合わず、会う機会を簡単に作れなくなったんだよな。
キッチンカーで商売を始めた時も、二人とは仕事も交えて顔を合わせるからそれで満足してたってのもある。
なんたって、奴らは恋人同士だ。たびたび俺が混ざり込んで、二人の時間を邪魔しちゃ悪いって思ってた時期もあったし。
それが、今は。
「なに? 借りてきた猫みたいに」
二人で同時に弱々しい声で「お邪魔します」と告げると、腰を低くして茶の間に入ってきた。
「やー、なんかね。来づらかったつかーなんつーか……」
「ごめんねぇ……。ちゃんと謝ってなかったし、あたし」
いつもなら遠慮なしに上がってくると、我先に酒の肴を所望して酒宴開始するってのに、こうも正反対の態度でこられると居たたまれないっつーか、なんつーか。
おまけに、お詫びの菓子折りなんつー似合わない手土産まで持参だ。これがさ、野々宮さんちの店のお菓子じゃなく、煎餅やおかきの和菓子セットなのが苦笑を誘った。
「あれは解決した! もうこの世には存在してねぇし。ってことで、気にすんな」
菓子折りの上がった卓袱台を前に、肩を落として正座する二人に告げた。俺は胡坐をかいて向かいに座ってるけどな。
「はぁーっ。了が男前すぎて、俺、泣きそう」
中井が細い目をもっと細くして、涙を拭う真似をする。
「マジで泣いたっていいのよ? スマホで撮ってポスター作るし。『泣ける旨さ!』とかってキャッチ入れて」
「アホか! パン屋には似合ねぇ!」
「なら、ウチの看板に」
「やーめーてー」
俺と中井がポンポンとアホな会話を飛ばし合い、何気なく中井の横に目をやってぎょっとした。
「え? あ? 野々宮さん……どした? なに?」
ひたすら焦る。
だって、野々宮さんが笑いながらぽろぽろと涙を零してたから。
「チョ、チョリ!?」
あわあわするだけの俺と違い、カレシの中井は驚きながらも自然な流れで肩を抱き寄せる。
こんな妙な雰囲気じゃなかったら、ヒューヒュー言って冷やかすんだが、今はそれどころじゃない。
「あはっ、あははっ。ごめん。なんだか、いつもの透瀬だってわかったらほっとして泣けちゃって……。ぐすっ……ほ、ほんとにごめんね。あたしのせいでさ、中井と透瀬の仲までおかしくなったらって思って……こわく……なってさ」
中井の胸に抱きこまれた彼女は、泣き顔を見せたくないのか両手で顔を隠し、すこし篭った鼻声で話す。
「あたしさ、ちょっと調子に乗ってた。異世界の人と交流できる自分とか……フィヴちゃんに師匠なんて呼ばれてる自分とか、すっごいステータスっていうの? 偉くなったような気分になって……もう、ジョアンさんのことを非難できない……」
野々宮さんの告白を聞いて、胸の奥がぎゅっと何かに掴まれた気がした。
俺は無意識にTシャツの胸を掴むと、おもむろに立ち上がって台所に行った。タオルを濡らしてラップに包むとレンチンする。ほかほかのタオルを手に茶の間に戻ると、それを野々宮さんに差し出した。
「まず、顔を拭け。これからレイに会いに行くんだから、何かあっても泣きっ面じゃ迫力がねぇじゃん」
「ぷっ」
吹き出したのは俺じゃない。カレシの中井だ。
俺から蒸しタオルを受け取った野々宮さんは、ちょっと唇を尖らせてタオルに顔を埋めた。
「……透瀬にカノジョができない理由……わかった気がする」
「余計なお世話だっつーの!」
俺だって自分のカノジョなら、ちゃんと気を使って慰めるっての。今、この場は慰め役の中井がいるのに、俺があーだこーだ言ってもしょうもない。
許すも許さないもないだろう? 俺が勝手にやったことで大惨事になっただけで、中井との友情が壊れたり野々宮さんに罪悪感を覚えさせるようなことじゃない。
あんなモンを野々宮さんに食わせるほうが、中井との友情がぶっ壊れそうだ。
というわけで、野々宮さんの目元の腫れが引いたタイミングで、ぞろぞろとキッチンカーに移動した。いつものランタンを反対側のカウンターに置き、真新しいガラスの入った窓を改めて眺めた。
直ったなと言いながら中井は窓を突き、三人でそっとカウンターの上に身を屈めた。
静かに窓を引き、片目だけで見通せるくらいの幅に開けてみる。
あの地下倉庫が、もしかしたら丸焦げで崩落とかしてたら――なんつー想像を何度もした。
縦に中井、野々宮さん、俺と並び、それぞれ片目を隙間に近づけて異世界を覗きこんだ。
「あれ? キレイだ」
最初に声を上げたのは野々宮さんで、俺と中井は頷いた。
予想に反して倉庫は以前のままの状態で、この窓の前に置かれている机すら変わっていなかった。
「でも……、誰もいねぇ」
確かに誰もいないが、なぜか倉庫には灯りが点いていた。
あのぼんやり辺りを照らす灯りの中、短気なお嬢様が暴れた痕もむっつり従者がバーサーカーした痕跡もない。
まぁ、ないに越したことはないんだが。
「窓全開にして、大声で叫んでみるか?」
中井の提案に勢いづいて、俺と二人で一気に窓を左右に開いた。
血生臭さも焦げ臭さも、物騒な臭いはなにもない。ほっとして三人で顔を見あわせ、わざわざ両手でメガホンを作るといっせいに叫んだ。
「おーい!」
「誰かいますかー!!」
「レイモンド―!!」
バカ三人は、そこだけ気が合わなかった。




