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単純なヤツほど融通がきかない

 スマホが鳴った。

 丁度、脳内でまとめ上げた『サブレもどきの出所』物語を、久侑に向かって話しだそうとした時だった。

 電話の着信音が、口を開きかけた俺の茹だった頭を一気に冷ました。

 なんつータイミングだ。でも、GJ!


 頭の中をぐるぐる回るノンフィクションは、冷めた思考で考え直すと久侑の興味をよけいに引きそうなモンだった。常識的な頭の持ち主なら『揶揄われている』と判りそうな物言いでも、空気を読めない単純思考の久侑はそこまで考えが至る前に興味あるポイントに飛びつく。

 進学校からそれなりの国立大にストレート進学するような頭脳を持ってるのに、なぜかプライベート思考が単純で幼稚だ。やっぱり周囲にいる人たちの影響なのか。

 親は自営が忙しくて持病が重症化した時のみ側にいる存在だったし、それ以外はある種の放置育成経歴だ。病弱な兄の双子の妹は、親の言いつけと兄に対する同情と思慕と尊敬から下僕人生を歩んできたし……。

 まぁ、人ン家の事情はどーでもいいか。それなりに育って来ながら、自分のおかしさに気づかないのは、その時点からそいつの罪だしな。

 

 尻ポケットからスマホを抜きながら、そーいや何も注文してなかったなと思い出す。お冷もおしぼりもセルフサービスのファミレスだけに、呼び出しボタンを押さないと来ないのか?

 なんて、別のことをあえて考えながら電話アプリをタップする。


「もしもーし」

『作業終わったぞー』

「あ、これからすぐ戻ります――というわけで、時間切れだ。いずれまた」


 俺の腰はすでにソファから浮いていて、足は通路に向かっている。


「え? そんな!」

「そんなもこんなも、俺は忙しいんだよ。いまだ夏休み中のダイガクセーとは違うの。自営業は大変なの」

「ちょ、話が違うじゃん!」


 さっさと席を立って出口に向かうと、財布から札を出して侑花の前に置いた久侑が追ってきた。でも、俺は足を止めることなく修理工場へと向かう。

 俺たちの後ろから侑花もついて来たが、レジの支払いでもたついてる間に先を急いだ。兄として俺の行く先を知らない妹を放ってまで、俺についてくることはないだろうし。

 速度を緩めることなく足早にモールの敷地を出るが、久侑は執拗に付いてきた。


「俺、納得してないんだよ!?」

「なんでお前が納得するまで俺が話さなきゃならねぇんだ? 大体おかしいだろ? お前、俺の店でタダ食いしたんだぞ? 俺が怒ってないとでも思ってたのかよ」


 あまりのしつこさに辟易して、ちょっと怒りを混ぜて言い返した。

 家族でもないヤツに、許可してないのに盗み食いされたんだ。これが商品なら怒鳴り込んで弁償させてたぞ。

 本音じゃ、始末してくれてサンキュー! ってな具合だが言わん。


「説明してくれるって、了解って言ったじゃん!」

「ありゃ、お前が食った物の説明をするってだけだ。アレとお前の持病が治った因果関係なんざ知らねーよ。医者でもない俺がわかるわけねぇだろうが」

「……でも、完治したのはホントだし……」

「だから、何度も言ってんだろ? よかったなって。それでいいだろうが。解明するのはお前の勝手だし、好きにすればいいさ。でも、それに俺が協力する謂われはねぇから。そんな暇ねぇし」


 あえて『口が軽いヤツは相手にしたくない』とは言わない。そう言って拒否しても、『今度は黙ってるから』と返ってくるのがわかる。そこまで来ると信じられるか否かの押し問答になるだけで、切って捨てるタイミングを逃してまた『教えて』に戻るだろう。

 誰にも言わずにひとりで来たなら、おれもここまで塩対応するつもりはなかった。さすがに真実を話すつもりはないが、最後まで話し相手にはなっただろう。

 でも、謝罪のひとつもするでなく、完治した喜びだけを浮かれた頭で報告した挙句、事実かどうかも確認してねぇことをネットに流す無防備さに腹が立った。んで、俺がそれを怒っているってわかってんのに、まーだシツコク聞き出そうとする厚かましさに、また怒り倍増だ。


「スクちゃん、なんか……怖い」

「怖くて結構。二十歳にもなって、いつまでも甘えてんな。持病も完治したんだし、もっと先のことに頭を使えや」


 吐き捨てるように言うと、久侑の足が止まった。

 しかし、俺は止まることなく振り向かず、ただ目的地に向かって急いだ。背中にヤツの視線を感じながら。



 胸の奥にちょっとグルグルした重いしこりを残しながら、こちらも完治した愛車を前に嬉しさが込み上げていた。

 やっぱりバランスよく両サイドに窓があるのはいい。店舗窓口ってだけじゃなく、開放できる開口部があることに安心する。

 一応定期点検も兼ねてたので、気になる点はないかの問いにいくつか答えておいた。後部ドアの上がり反応や助手席の取りつけ時の安全性。あとは――一度だけ聞こえた走行中の異音。あの、カンッともキンッとも聞こえた金属音だ。


「異音に関して腹を調べたけど、何かがぶつかったり亀裂が入ったりした形跡はなかった。後部ドアも助手席も再調整しておいた。あとは……OK?」

「はい。ありがとうございました。やっと通常業務ができるー」

「はは。待たせて申し訳なかったな」

「いえいえ。壊したのはこっちの事情なんで……でも、請求書が怖いっす」


 俺の本音に、ドック内の整備士さんたちがいっせいに爆笑した。


 さあ、中井たちにLINEを流そうか。

 アレの後始末で起こった顛末を聞いて、連中は笑ってくれるだろうか。


『窓の修理完了。キッチンカー完全復活。レイモンドに会いに行くぞ』


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