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俺の危機管理能力が火を噴くぜ

 ファミレスに入ると首筋がゾゾっとするほど寒くて、おもむろに手をやって撫でた。案の定、あげた腕にすら鳥肌が立ってる。

 猛暑だ熱帯夜だと連日騒がれていた時期は過ぎて、ここ数日は陽が落ちれば肌寒く感じるくらいだ。いくらサービス業だからって、ここまで冷房が強いと風邪引きそう。それでなくても、平日の午後は客もまばらだ。

 半袖制服のウェイトレスさんに待ち合わせだと告げて、窓際のテーブルに向かう。お客がいる席をぐるっと迂回して、作り物の蔦を絡めたパーティーションの向こうに久侑はいた。いや、久侑()()と言い直す。

 やっぱりなー。俺の予測はビンゴだったよ。

 あまりの当たりっぷりに、内心で盛大に舌打ちをした。当たっても嬉しくない。さっきの寒気は冷房の効きすぎじゃなくて、コレだったんじゃないか?


「透瀬先輩、お久しぶりですぅ」


 店の一番奥にある窓際の四人席。その片方のソファベンチに、山田兄妹は笑顔で座っていた。当然、俺は奴らの前に腰を下ろし、あからさまに作り笑顔でふたりを眺めた。

 俺を先輩と呼び、語尾が甘ったるく間延びした声で侑花が嬉しそうに挨拶してきた。俺も他意のない笑みを向けて返す。


「おう。元気そうでなにより」


 兄妹だけに、男女の二卵性双生児でもこうして並ぶとよく似ている。イケメンの兄に似てるんだから、侑花も当然のごとく美人さんだ。

 ただし、人の好さと気弱な性格がもろ顔に出るタイプ。兄が傍若無人な性格なのに反して、妹はその陰に隠れてひっそりのんびりマイペースなんだが、強引な気性のヤツに出会うと簡単に流されてしまう。

 もう二十歳だし、すこしは自我が芽生えたか? 俺の母校に入学して店を継ぐとはりきってたそうだし?

 それにしてもだ。なぜ、ここに侑花もいるんだよ……。

 俺は侑花の挨拶に応えはしたが、問い返しはしなかった。下手に会話を続けて時間をかけるつもりはなかったし、侑花が同席してる理由も知りたかった。だから、一旦笑顔を引っ込めると久侑を見据えた。


「持病が治ったって? 良かったじゃん。で? 話ってなに?」


 俺の笑顔が自然なもんじゃなく、実は機嫌が悪いのだと気づいたらしい久侑は途端に慌てだした。


「何って、俺の病気が治った理由、教えてくれるって言ってたっしょ?」

「知らねーな……。そんなこと、言ったか?」

「言った! あのお菓子について教えろって言ったら『了解』って返事した!」


 俺がとぼけて話をはぐらかすとは思ってなかったようで、久侑は声を張り上げた。

 空いた店内にその声が響き、何事かと客の視線が集中する。

 しかし、俺はそれに構わずグッと眉間を寄せた。

 こんな簡単に菓子のことを口に出したってことは、侑花にも話したってことだ。

 確かに俺は口止めはしなかった。口止めをした瞬間、『本当に件のサブレもどきが原因』と認めたことになるからだ。加えて、サブレもどきが口止めしなきゃならない『モノ』なんだと知った後の、久侑の言動が怖ぇ。

 だから、久侑が勉強はできても頭と口が軽いと知っている俺は「了解」とだけ返答し、逃げ道だけは確保しておいたんだ。


「……仕方ねぇなぁ。アレについて話すけど、お前は覚悟してんだよな?アレがすげーアブナイモノだった場合、話を聞いたお前に何が起こっても俺は関知しねぇからな」

「へっ!?」 

「んで、それが侑花に振りかかってもいいってことだよな?」

「な、なんすか? それ……」


 お?

 引っかかった?

 物事を深く考えないでペロッと口にするヤツってのは、つまるところ頭を使わないって自己紹介してるようなもんだから、一言で単純な性格といえる。

 で、こーゆーヤツは、派手で大仰な表現で言い立てると頭から信じる。普段から熟考する習慣がないから、相手の言い分に瞬間的に飛びついちまう。

 まさに久侑がそれ。

 ……俺はひん曲がった性格の友人が多いから、付き合いが長くなるにつれて見えてくるものもあるってこった。


「何って、お前はホントに気づいてないのか? 治るはずのない難病が瞬時に完治するような物質だぞ? Twitterで呟いてみんなでキョーユー♪なんつー軽い情報(モン)くらいのつもりでいたのか?」


 さっきの威勢はどこへやら。久侑の顔色が徐々に悪くなってゆく。そんで、災いの許の口も固く閉じている。その横で、今までのほほんとしながらクリームソーダと格闘していた侑花も、不安そうな表情で俺と兄をろおろおろと見ている。

 兄の持病が治ったのは嬉しい出来事だったんだろうが、所詮は他人事ってな気分でついて来たんだろう。


「侑花もさ、久侑から話を聞いて「ちょっと待て。それは変だ」と思わなかったのか? 久侑の状況を長年そばで見てきたんだろう? そんな簡単に治る薬って何!? とか危機感持たないか? 普通は……」

「でも、あの……あの、凄いなーとか……も、もう治ったんだしぃ」


 だめだー。この兄妹。

 

 どー見ても、こんなヤツをフィヴに会わせるわけにはいかん。

 いや、俺自身が会わせたくない!


「まさか、友人知人にまで話したとか……言わないよな?」


 俺の睨みに、久侑の肩先がビクッとはねた。


「グループLINEで……ちょっと話した」

「うん……アタシもそこで聞いたしねぇ」


 終わったな。

 サブレもどきが『特効薬』らしいと聞いている侑花がそこで聞いたってことは、グループLINEで話したってことだな。

 うん。

 ちょっとじゃなく、詳しく話したんだな。

 

 さて、アレの入手経路をどう語ろう。

 富士の樹海の奥にある秘密の湖で、女神様から選択を迫られたとかか?


 ――オマエガ オトシタ サブレ ハ コノ『ドドメイロ ノ クッサイ サブレ』か ソレトモ コノ『クロイイロ ノ セ〇ローガン』カ?――


 ごめん。神様。

 

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