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自営業者ってつらい!

 中華総菜『紀宝』の長男 山田 久侑(ひさゆき)二十歳。

 進学校を卒業して、ランク的には中の上な国立大学に現役で進学した。

 食堂の倅は経営学部を選び、いずれはこの店を有名中華レストランに変えると声を張り上げた。


 その前にやることあんだろー!! お前は長男で後継ちゃうんかい!

 と、事情を知らない奴なら、誰でも思うだろう。

 でも、久侑が中学生の頃から付き合いのあった俺は、ヤツの事情を知っている。

 久侑は生まれつき、難病を抱えていた。

 小さい頃は小児アトピーやら喘息やら病気がちで、風邪を引いたら即悪化っつーくらい大変な幼少期を過ごした。

 ある年の冬、喘息の悪化で病院に担ぎ込まれたんだが、精密検査の結果鼻に関する難病発覚。謎の病気で、長い治療と対処生活を送らないとならなかった。

 その難病は料理人になるには致命的で、父親である誠司さんはひっそりと店を継させることを諦めたとか。

 しかし、山田家には長女がいる。久侑の二卵双生児の妹で、侑花(ゆきか)だ。

 こいつがまた久侑と正反対で、病気知らずの健康優良児として育った。そのため、思春期まではふたりの間にいろんな蟠りや葛藤があったりしたが(愚痴や相談をされたんで知ってる)、現在は互いに補い合う仲の良い兄妹だ。

 今の侑花は俺の後輩でいずれこの店を継ぐとはりきり、久侑は「店の経営はまかせろ」とばかりに経営学部に入ったはずなんだが……。


「なんだ? 小遣い稼ぎか?」


 俺は、炒飯用にチャーシューを刻み終え、今度はゆで上がったウズラの卵の殻をむきながら問い返した。

 コンロの大火でジャッジャと広東麺の具を炒めている誠司さんにちらりと目をやると、無言で苦虫潰してる。

 あー、機嫌が悪くなったじゃんかぁ。どーすんだよ。


「いやー……、キッチンカーってどんなもんかと……」

「んー、ワゴンや軽トラを改造した移動式店舗……かな?」


 すっとぼけて答えてやると、自宅からの出入口で腕組みして突っ立っていた久侑が苦笑いした。


「そうじゃなくてさ。雰囲気? とか、客層とか接客とか……」

「んなこと知って、どーすんだよ。俺もやるとかいうなよ。やだよ? ライバル店が増えんのは」

「えー? 二号店とかさー」


「久侑!!」


 ここで誠司さんの一喝が入った。

 この様子じゃ、俺が来たことで思いついたってんじゃないのはわかった。

 たぶん、侑花の卒業を目途に何か画策してたんだろう。久侑ひとりでか侑花も一緒になのかで本気度は知れるが、どちらにしても話を聞かない内に否定するつもりはない。


「バイト上がったら聞くから、待ってて」

「了! お前な――」

「話を聞くぐらいはいいっしょ」

「やったぁ! じゃ、奥で待ってるから声かけて」

「おう」


 久侑は明るい声で返事をし、親父さんに説教をかまされない内にと自宅に逃げていった。

 それを横目で見送った誠司さんは、じっとりとした目つきで俺を睨んだ。

 油を使う料理が多いんだから、目つきまでじっとりさせないでくれ。それでなくても古い木造のこの店は、毎日閉店後に清掃してても歴史が油染みになってこびりついてんだから、店主までじっとりすんな。


「了……後で話をきかせろよっ」

「えぇー? それって信頼関係ぶち壊しじゃん」


 ウチの商品より黒めの麻婆豆腐が、中華鍋の中でぐつぐつと音をたてて煮えている。

 あ、そこの奥さん。水溶き片栗粉を回し入れてひと混ぜしたら、二十秒はそのまま触らずに火を入れてな。下手に混ぜると豆腐が崩れるし、とろみがついたーと火からすぐ下ろすと、片栗粉にしっかり火が通ってなくてざらっとした舌触りになるから注意な。


「俺は父親だぞ」

「知ってるー。ったくもー、大丈夫だって。さっきも言ったけど、俺はライバルを増やすような手伝いなんてしませんよ。ただ、バイトしたいってんなら接客くらいやらせますけど?」


 カレー皿みたいな大ぶりの深皿に麻婆豆腐が盛られ、俺がセットしたトレイの上にどんと置かれる。これにサラダの小鉢とおしんこに大盛飯で定食のできあがり。

 レンゲを添えて、麻婆豆腐定食と麻婆麺を配膳台に置く。

 女将さんと目が合って、にっこりされてしまうと申しわけなくて。


 ランチタイムだけのバイトを終えて、わざわざ用意してくれたまかないの天津飯を休憩室で食っていると、まだ呼んでもいないのにしびれを切らした久侑がやってきた。


「ねー、キッチンカーの中、見せてくれる?」

「もうすぐ食い終わるから、待ってろよ」

「いいじゃん。これでも俺、食堂の息子なんだから汚したりしないって」


 茶髪の爽やかイケメンが、両手を伸ばしてキーを催促する。

 たしか『デリ・ジョイ』を開店する間際に挨拶に来て、その時も同じように催促されたっけな。


「……ほらよ。入ってもいいが、器具には絶対に触んなよ!」

「はいはい」


 ジーンズの尻から鈴付きのキーホルダーを投げ、皿の残りを掻きこんだ。

 だかだかと廊下を走る足音が遠ざかり、休憩室の窓の前を横切って駐車場に向かう久侑をなにげに見送る。

 バイトをさせるにしても、あの耳のイヤーカフだっけ? は取り外させるかな。狭い店舗内でふたりで作業している時に、あれが落ちたら大変だしな。

 なーんてことを考えながら食い終わり、さて午後からは仕事だと頭を切り替えながら空の器を厨房に持っていって、丁寧に洗って布巾で拭いて終了。


「そんじゃ、また明日来ます」

「おう、お疲れ」


 裏に回らず店先から外に出て、駐車場に向かいかけたところで思い出した。

 なんとなく嫌な予感に寒気が背筋を走った。

 俺もダッシュでキッチンカーに駆け寄った。


 開け放たれたドアと、中から聞こえる盛大に咳込み呻く声。

 俺は、ドアの前で「臭いすら外に漏らさないのかよ……」と、明後日な思いに呆れていた。

 

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