廃棄するってむずかしい
食べ物を捨てる時、すげー罪悪感に苛まれる。
食い物に煩い日本人だから、とかいうわけじゃないが、手間暇かけて作った物を捨てるんだからな。
とはいえ、捨てることに理由がつけば、捨てる罪悪感が理由を作ってしまったことに対する反省や後悔に変わる。まぁ、多少の罪悪感も残るけどな。
たとえば、腐ってしまったから捨てるとする。でも、そこには捨てることに対する罪悪感より、腐らせてしまったことに対する反省や後悔が先にたつ。腐ってしまえば廃棄するしかなく、次はこんな状況にしないようにって考慮を優先するってわけ。
でも、現在の食品業界や飲食業界は、毎日何トンもの『まだ食べられる食品』を廃棄し続けている。その分、それらを回収してリサイクルしている業者も増えてきた。
家畜の飼料や農地肥料など……。でも、結局は『食』に行き着く物だけにチェックも厳しく、他のゴミ資源よりも活用しにくいせいで進歩が遅いらしい。
つまり、リサイクルをあてにせず、食品ゴミを減らす努力をしろってことだな。
捨てる側の俺だって、ひとつひとつに原価や手間がかかってるんだ。できりゃ捨てたくなんかねぇよ。レストランの料理人だってスーパーの総菜係りだって、誰もが捨てるってことに大なり小なり罪悪感を持ってるだろうさ。
でもさ、これは――。
「……どうしよう」
中井たちにはジィ様が処分するだろうなんていっちまったが、まぁ、あれはあの場しのぎの偽りでしかない。
でも、当たらずといえども遠からずって気はするんだよ。
「ジィ様、これ、外に持ち出せないよな?」
――無理じゃな。この世の理が許さんだろうのぉ。
存在しない物の侵入は認めない、か。
となると、後はフィヴの世界に投棄するかフィヴに頼んで捨ててもらうか、ジィ様に……。
「これ、ジィ様に処分を頼んでもいい?」
――そうじゃのぉ……。すこし時間がかかるのぉ
「それって、量の問題?」
――それもあるが……それは、あの世界の神力の塊じゃ。主が思う通り、それを喰らわば異世界と繋がることだろうのうぉ。だが、廃棄するとなれば……。
やっぱりそれなりの『力』が篭められている食べ物になったんだ。
フィヴの世界に接触する時、たえず頭のどこかに野々宮さんたちを接触させる方法はないかって気持ちを置いてたのを、あっちの神様は気づいてたんだろう。
レイモンドの世界に対抗心を燃やしたのか、はたまた最上位の神様から伝えてもらったのか知らんが、いつもなら劣化版の紙か葉っぱにしか変化しなかった包み紙がアレに変わってんだもんな。
だからこそ、俺はおかしいと思った。
神の葉っぱなんてもんに変化するってことは、何かしら意味があるんだと。
聞けば、万能薬の素になるってんだからなー。
んなもん、ゲームの中でしかお目にかかれないっつーのに、目の前に現れりゃ理由はひとつだろー。
でも、今は大惨事だな。
「余計なことしたかなぁ……」
レイモンドの世界と繋がっても、中井たちがそれなりに理性的な付きあいをしてくれてたから、せっかくならフィヴの世界とも――なんて考えちまったんだよな。
ちょっと図に乗ってたのは否めないな。
「ジィ様、これ今日の夜まで置かせてくれ」
――なんだ? 食わそうとでも?
「いいや。俺の決心かつかないだけ……」
――しかたないのぉ。夜まで待とうか。
ジィ様の声が俺の耳の奥に残った。
夜が明ければ仕事を始めなきゃならないのに、布団に入っても耳鳴りみたいに。
処分していいのか。腐ってるわけじゃない。危険物が――そう、危険物じゃないんだ。ただ、すげー臭いがするだけで。
だからって、どうする気だ?
そんなことが、繰り返し頭の中を巡った。
特殊ガラスが届く十日は長い。
今日が終わればあと七日あまりだけど、それなりの時間を過ごしてきた営業ローテが崩れると、ほんとにストレスになる。間に挟まれた一日半の定休日も、修理で休んだ分を考えたら店を開店させたかった。
でも、午前中はビルに入ってる会社自体が休みだし、休日出勤している人だけを客にするには、コストパフォーマンスってやつが悪すぎる。
いくら商品の品数を抑えたって、開店中にかかる消耗費は平日と同じだけかかる。それで客が来なけりゃ、補填どころか赤字が増える。
となると、やることはひとつ。
「こんちゃーす! 今日明日と手伝いに来ましたー」
「あらー。了ちゃん久しぶりねぇ」
ここは、学生時代からずっとお世話になってる中華総菜『紀宝』。
総菜とあるが、総菜屋じゃなく中華料理店だ。が、売りはラーメンと炒飯ってんだから面白い。
俺の中華系総菜の味は、たぶんここが原点になってるだろう。
え? 古巣の弁当屋じゃないのかって? 『愛彩』は弁当屋だ。中華系のおかずだけってわけじゃない。定番メニューはともかく、ヘルシー弁当とかになったら揚げ物や中華は滅多に入らなかったからな。
だから、ここが中華の味の原点ってこと。
11時開店だってのに、10分過ぎにドアを押して入るとすでに客が座っている。
俺の声に、お冷とおしぼりを用意してた女将さんが応えてくれた。
ころっとした体格にふくふくしい笑顔の女将さんは、実は『愛彩』の店長夫婦の娘さんだったりする。
「下拵えと皿洗い、入りまーす」
「頼りにしてるわねー」
勝手知ったるって感じで暖簾をくぐって奥に入り、従業員の休憩部屋からエプロンを借りて厨房に。
料理人の店主の誠司さんが、中華鍋を振りながら俺をちらっと見た。
「誠司さん、手伝い入ります」
「おう! 頼むな!」
専学時代のバイト先が、ここと『愛彩』だった。ここでバイトを始めて、いろいろあって『愛彩』を紹介されて……。
やっぱりここに戻ってきた。
さーて、まずはストック用の野菜の下拵えからだな。キャベツをさまざまに切り分けてでかいタッパに入れておき、ニンジンやもやしも同じように用意しておく。
「どんな具合だ? 車は……」
あっちゅー間に二品作り上げて皿に盛りながら、俺に話しかけてきた。
バイトを頼む時に理由も話してあるんで、俺の内情は知られている。
「特殊ガラスなんで、メーカーから来るの待ち。車自体はなんでもないんで――」
「あ! スクちゃん!」
手を動かしながら声を潜めて会話していたところに、ここん家の息子が飛び込んできた。
「よう。久侑。元気だったか?」
「おう。それよりさ、スクちゃんとこで働かせてくれない?」
「はぁ!?」
茶髪のオシャレな大学生が、何いってんだ!?




