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呆気ない幕切れ

 勢いに任せてキッチンカー内に腕を戻した。

 窓はこぶしも袋も抵抗なく通過させ、粗末な紙袋だった物は確かに密閉パックに戻った。それを見ながら、中井が脇で準備していた大き目のビニール袋の中に腕ごと突っ込む。


「……クリアした」


 ずぼっと腕を抜いて、二枚の袋越しにサブレを見た。

 手荒に扱ったせいで半分くらいが壊滅してて、残りも完全な形を残すことなく欠けが目立った。


「色合いも……すげぇ」


 ビニール袋を目の高さまで上げて覗き見ていた中井の感想に、俺は無言で頷いた。

 いったいどれほどの量のウーナを入れたのかわからんが、サブレは微妙に緑がかった焦げ茶色で、ところどころに真っ黒な粒が散りばめられている。

 これがココア生地に粒チョコ配合ってヤツなら、きっと野々宮さんも中井のすぐに手を伸ばしたと思う。でも、現物は全然ウマそーには見えない。

 これは、似て非なる物ってやつだ。


「さて、難関は突破した。あとは、食うか捨てるか、だ」


 俺は中井の手から袋をひったくると、二人に向かって告げた。


「無理なら捨ててもいいとフィヴから許しを得た。それくらい『恐怖の産物』だ。でも、これは俺が勝手にフィヴに依頼したんであって、お前らに強制はしない」


 薄暗い店舗内に、ごくりと息をのむ音がした。

 カウンターの上に置かれたランタンに照らされたサブレが、まるで悪魔の食べ物のような存在感を放っていた。

 宝箱だと喜んで開けたら、出てきたのは強力な呪いの指輪だった。つー感じか?で、フレーバーテキストを読んだら「呪いがかかるけど、無敵になれるよ」とか書いてあるんだぜ、きっと。


「……今夜はもう遅いし……結論は、明日じゃだめ?」


 さっきまで強気だった野々宮さんが、いっきに消極的になった。

 食いたくないとははっきり口にしてないが、待ちに待ってた物を「臭い」ってだけで、食わせようとした俺に怒ったんだ。あの勢いで、きっぱり口に出して欲しいところだ。


「それは無理。こいつは外に持ち出せないし、ここに保管しておいたら、たぶんキッチンカーのジィ様が処分する、と思う」


 あれだけ嫌がってたんだ。匂いだけが問題なんじゃないって気がする。このままここに放置すれば、きっと明日には消えてなくなってるだろう。


「俺は……食わない」

「うん」


 中井はデカい溜息を漏らした後に、しっかりと返答した。だから、俺は何も聞かずに受け止めた。

 もともと中井は「会えたらいい」くらいの気持ちだったようだし、レイモンドたちと会えただけで満足してた。

 残る野々宮さんに、俺と中井の視線が向く。

 長い懊悩だった。

 店内の時計はすでに零時を過ぎ、もうすぐ午前一時になろうとしていた。


「やっぱり……食べられない。フィヴちゃんに会いたいって、騒いでおきながら……。ごめん。本当にごめんなさい」


 肩を落として項垂れた姿に、俺は中井同様に黙って頷いた。

 手にした袋の口を思い切り固く縛り、カウンターに置く。


「じゃ、今夜はこれでお開きにするか。フィヴも当分は焼き釜の掃除で大変そうだし、キッチンカーの整備が完了するまで異世界交流はお休み」


 二人の背中を軽く押して車内から撤退する。

 野々宮さんの目が、振りかえる間際にサブレの入った袋を申し訳なさそうに見たが、俺はそれを無視した。

 門の前まで二人を送り、バシッと背中を叩いて別れとおやすみの挨拶に代えた。いつものように先の曲がり角を曲がる大小の背中が消えたところで、踵を返してキッチンカーに戻った。

 ステップを上がって店舗に戻ると、すぐに袋に目がいく。

 こーして見ても、妙な違和感がある物体だった。


「ジィ様、いろいろ迷惑かけて、ごめんなー」


――しかたなかろう。獣の嬢ちゃんの前で、捨てるわけにもいかんかっただろうしのぉ。


 なんだか疲れ切って気力のぬけた声が、俺を気遣ってくれる。


「うん……。まさか、こんなにはた迷惑なシロモノになるとは予想もしてなかったし……俺も考えなしだったしね」


――そう言うがのぉ、包みをあの霊樹の葉に変えたのは、あちらの神の仕業じゃろう。ある意味、主と獣の嬢ちゃんの希望に()ったのだろうし、そしてある意味、試したのじゃろう。


「試す……?」


――応。主の(ともがら)が、あちらの世界とほんに関わらせても善い者たちであるがどうかを、のぉ。 


 なんだか難しい話になってきた。

 これは、じっくり腰を据えて話を聞かないと、また自分勝手な解釈でろくでもないことをしそうだ。

 俺は、そう自分を戒めて、運転席に腰を下ろした。


「そっかー……。レイモンドの世界の時、ドラゴンの肉を食っただけで会えたから、こっちも割と簡単なんだと思い込んでたんだ。だから、あんまし深く考えずに、フィヴに作ってくれなんて頼んだんだけど……」


 ふうと溜息をつく。

 世の中、欲張りすぎると上手く行かなくなるもんだな。


――この世界を基準にした場合、異界は縦横無尽に存在しておる。何かがわずかに違う世やら、在り方自体がまったく異なる世など……数多の異界が互いに小さな干渉を受けながら、さまざまな管理者()の手の中で生きておるんじゃ。それぞれ、想いも考えも違うもの。それにのぉ、人と神の距離も関係も違うからのぉ。


「え? さまざまな神って……フィヴの世界の竜種とレイモンドの世界のドラゴンってさ、同じ神様の管轄だったんじゃないの? だから、卵の中身を間違えて――」


――神の上にも、また神がおる。……それ以上は、秘密じゃ。


 うわー。聞いてよかったのか? 俺。

 完全に理解できたわけじゃないけど、一介の人間の若造が知ってイイことか?


――たまにおるから心配せんでいい。『神の啓示』なんぞと称された伝言を受け取る者もおるじゃろ?


 あれですか!? あの、巫女さんだかなんだかって、スピリチュアルな人たちっすか? 

 俺、仲間入り?


主人公、今更なにを言ってんだ……_| ̄|○ ガクッ

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