店とはお客が来てくれてこそ
精霊やら妖精やらが出てきそうな、荘厳な雰囲気の森。
太くて背の高い樹が立ち並び、広葉樹よりも針葉樹のほうが多そうな……ちょっと暗い森だ。
日本で例えると、屋久島や熊野の山みたいな感じ。
そんな森の猫の額ほどの拓けた場所に、こじんまりした丸太小屋が建っている。そこだけ木漏れ日が明るくて、まるでスポットライトが当たってるようだった。
やはり丸太小屋はフィヴのお菓子屋店舗で、作業場と販売スペースだけの小さな店だとフィヴは言った。店員は、店長のフィヴとマギー姐さんの二人で、手が回らなくなってきたら一族の女性を雇う予定だそーだ。
ひとしきり店舗に関して説明をしたフィヴは、俺に渡す対価を取りにカップケーキを大事そうに皿ごと抱えて駆け戻って行った。
マギーといちゃついてたフィヨルドさんが、いきなり血相を変えてフィヴを追っかけて行く。目と鼻の先だってのに、ひとりにするのが心配なんだとか。
ちょっと前まで、フィヴは単身で行動してたじゃんか。いったい何があったってんだ?
「なにあれ? アブナイヤツでも出没してんのか?」
残されたマギーは、さっきのフィヴみたいに呆れた視線を仲のいい兄妹の後ろ姿に投げ、俺を振り返って苦笑した。
「大当たり! トール、勘がいいねっ」
「え? 強盗かなんか?」
「そこは大ハズレ。ウフフ……あのな、フィヴに番になってくれって付きまとってる男がいんのさ。でも、フィヴは全然相手にしてないんだけど、フィールがもうね……ウハハッ」
おお! とうとうフィヴにも春が! と思ったら、単なるストーカーかよ。
え? ストーカーじゃなく、諦めずに口説いてるんだろうって? そんなのフィヴが相手にしてない限りは、フィヨルドさんと俺にとっちゃストーカーと同類なのだ!
めげないストーカー男と、妹の虫除けをしているウザいお兄さんのやり合いを思い出したのか、マギーは一人で笑い悶えている。
俺はとりあえず中間報告。
「即報! あの丸太小屋はお菓子屋さんの店舗だった。野々宮さんちのカップケーキのカップ部分が、なんと神様の樹と呼ばれている植物の葉に変化した。そして、大スクープ! フィヴに結婚? を申し込んで、フラれまくっても諦めない根性あるストーカー発生中。なお、それを心配したフィヴの兄貴が警護という名のストーカー中! 以上!」
もう酔いが回っている中井たちは、俺の速報を聞くと大爆笑した。
あっちもこっちも笑いの渦かよ。
もう納まった頃合いかとマギーを見ると、まだ笑ってる。
わかる! だって、店のほうからプリプリ怒ってるフィヴとオロオロしながら後ろをついてくる兄ちゃんがいるんだもんなぁ。
「ひっどいっしょ? 彼女ほったらかしで妹命だよ!……いいけどさ。おもしろいからっ。グフッフフフフ」
マギー姐さんは、心が広いなぁ。
彼氏がシスコンだってことを許容してもさ、デートまで妹優先とかされたら腹立たしもんじゃね? 俺の彼女がデートに兄か弟を連れて来て、何でもかんでもそっち優先に行動されたら怒るぞ?
まぁ……でも、その妹が兄をあからさまに邪険にしてるしな。
ちらっと後ろを振り返っては兄を罵倒しているらしいフィヴが、足早にこっちに向かって歩いて来る。
「もう! あっち行っててよ! マギー、どこか連れてって投げ捨てて来て!」
「あ、ハイハイ。フィール」
「フィヴ、酷いぞ! マギー俺は……」
また涙目で……。
なんなの? 確か王直属の戦士とかなんとか言ってたよな? 妹さんが……。
「トール、じゃねー」
「おう! またな」
涙目の巨体戦士が、肉食獣に襟首を引っ掴まれて引きずられて行く。フィヴを呼ぶ悲痛な(ナサケナイ)声は、店の前を素通りして向こうの木々の間に消えて行った。
俺はあっちのバカップルを黙って見送り、姿が見えなくなったところでフィヴに視線を戻した。
「大丈夫か? お兄さんたちもだけど……。こんな場所に店を出してお客は来るのか?」
始めは立地的に心配になったが、今やその割合は主にお兄さんとストーカーに――いいや、余計なことは言うまい。
「それがね、驚くことに来るのよ~」
両腕に見覚えのあるふうな籠を抱え、俺の伸ばした両手に中にうすーいピンク色の紙に包まれた商品を置いてゆく。
「へぇー。こんなに森の奥なのにかぁ」
「あれ? トールに教えなかったっけ? ここから少し歩くと私たちが住んでる村よ」
「え? ――あ! そーいや、獣種って森の中に住んでるんだっけ」
忘れてた。フィヴたち獣種の国は森林地帯だって言ってたな。村だろうが町だろうが、それこそ王のいる都だろうが森の中なんだった。
どうも俺の頭はこっちの常識が無意識に根付いてるから、住む場所イコール森や林を伐採した平地って思ってしまう。だから、自然にフィヴたちもそんな場所に棲んでるんだと思い込んでしまってた。
よく観察してみると、木々の間はこっちの世界で言うリヤカーくらいは悠々と通れる間隔が空いている。森全体がってわけじゃないんだろーけど、猫科の獣人が棲む環境としては十分なんだろう。
でもだ。それは獣人だからであって、他の種族の客なんかは?
「お客は、近隣に棲んでる一族の人たちだけ?」
「まさかー。王都からも来るし、有翼種や竜種の商人が買い付けに来るわ」
「……竜種の?」
俺がジョアンさんの相手をしている内に、もう竜種と仲直りしたのか?
俺が竜種と聞いて嫌な顔をしたのに気づいてか、フィヴは美人顔をくしゃっとさせて苦笑を浮かべた。
「あのね、全部の竜種が敵対行動を取ったわけじゃないのよ。竜種の王と軍隊と、一部の貴族たちが戦争を起こしただけなの。竜種だって一般の人はたくさんいるよ」
なるほどと、また思う。
狂ったのは竜種の王様だ。軍隊を持っていたから、宣戦布告と同時に進軍させた。フィヴたち避難民を襲った連中も一般の竜種なんかじゃなく、先行部隊だってことだったし軍部の一部だろう。
確かに俺たちの世界だって、その国の国民全員がいっせいに武器を持って戦いに向かうことなんてないし、本土上陸されたんじゃなければ一般の国民が勝手に戦場へ行って戦うことはない。ましてや優勢な側だった場合は。
「でも、マジで恨みはないんか?」
「その商人さんに攻撃されたわけじゃないし……。神の采配で狂った竜王は天誅が下ったんだし……」
両手に包みを持ったまま、俺はじっとフィヴの目を見た。
潔く言えるほど、蟠りがない――訳じゃないんだな。その商人本人には罪はないけど、やっぱり同じ竜種となると気持ち的には割り切れないんだろう。
なにしろ目の前で、親しい人たちが無抵抗で命を狩られて行ったんだ。何十年経っても、いまだに恨みを忘れないって人たちだっている。それこそ少し前でしかないフィヴは。
「でも、いい商人さんなのよ。色々あったから、なおさら誠実にって思ってるみたいで」
「うん。ちゃんと商売になってるんだな?」
俺がしみじみと告げると、オッドアイが細められキレイな笑顔になった。




