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異世界でもリア充はリア充

 怒り心頭で叫んだフィヴの声に一大事だとでも思ったのか、丸太小屋の前に立ってこちらを見てるだけだったケモ耳女性がスカートの裾をひるがえして突っ走って来た。

段々と近づいて来る姿を見ていれば、それが誰かはすぐに分った。

 今の自分がどんな格好をしてるかなんて、頭からすっ飛んでるだろう女らしさを忘れ切った走り方だ。


「フィー!!」

「マギー姐さん、ステキなおみ足が――」

「トール! フィーに何をした!!」


 せっかくカワイイお菓子屋店員の制服を着てるってのに、中身は戦士に戻ってるらしい。可愛いあたしの義妹(フィヴ)が、何だか知らないがトールが原因で怒っている! ってとこか。

 熱血で短気で単純で……。おかげでフィヴのテンションは落ち着き、自分よりも大声で怒鳴りながら近づいて来たマギーに戸惑っている。

 そんなマギーとは違う意味で血相を変えたケモ耳のデカい野郎が、ガタイに似合わない鈍足ぶりでよたよたと走って来る。


「なんにもしてねぇよ……」

「じゃ、なんでフィーが!」


 マギーの派手な美人顔が、激情にあおられてかケモノ顔に変化しはじめている。

 フィヴは身体から変化が始まるみたいだが、マギーは頭から始まるらしい。斑色の長い髪がぶわっと逆立って広がり、額や頬にじんわりと被毛が伸びていく。生え際が少しずつ顔の中央に向かって進んでいって、まるで変身CGを観てるみたいだ。

 生え際が後退していってる世のオッサンたちには、とっても羨ましい光景だろう。俺も……アブナイんだけどね……。


「お、落ち着いてっ。マギー、違うの! トールに怒ったんじゃなくて、話を聞いてあまりにも酷い内容に怒っただけで――」

「フィヴ! マギー!!」


 あー……。こんな状況の中で新たな人物を紹介してもらうのって、もっと混乱をまねきそーな気がするんだが。

 んで、色合いから見てフィヴの兄貴であり、マギーの恋人だなってのはすぐにわかった。

 フィヴと同様の陽光に照らされてキラキラ煌く銀の短髪の下に、これまたフィヴの片目と同じ透き通った空色のキリッとした鋭い双眼があった。

 かっけー!

 それが俺の感想だ。

 レイモンドの二人の兄貴とはまた違う逞しさと、それを補ってありあまる男臭いワイルドな覇気。フィヴは豹系統の獣人だと言っていたが、お兄さんだけを見ると猫科ってよりも狼っつーイメージだった。

 それに、顔がね。

 イケメンっつー一言で終わらせるには、なんかすげー剣呑なご面相なわけよ。アンタはどこの悪役ボスだって指摘したくなるようなぶっとい傷跡が、左右の頬骨の上を鼻筋を横切って一文字に走ってる。

 そんな白銀豹族のお兄様が、怖い顔でじっと俺を睨んでる。

 窓、閉めていいかな……。


「兄さん、この人が私の話していた異世界のお弁当屋さん。私の師匠のお友達よ」


 え? ええ!? なんで、メインが野々宮さんで俺がわき役に!?

 フィヴ、その紹介はおかしいんじゃねぇか? 


「……なるほど。君が妹を救ってくれ、マギーまでも助けてくれた異界の料理人であるトール殿か」


 お! お兄さんは話が分かる人だ!

 でも、『殿』って。翻訳機能はどーなんてんだ?


「はっ、初めまして! 異世界で屋台の店主をやってますトールです」

「俺はフィヴの兄で、フィヨルドと言う。二人が色々と世話になった。感謝する! 君がいなくば二人ともどうなっていたことか……」

「え? いや、あの!」


 あああっ! フィヨルドさんは俺に感謝の念を伝えながら、当時の心境が蘇ったのか苦み走った切れ長の目に涙を浮かべだした。

 おい! 俺の中のイメージが総崩れだぞ! さっきの覇気のみなぎった男前はどーしたんだ!


「フィール、ここで泣くな。トールが驚いてんだろーが」

「しかし、あの頃を思い出すとだなっ」

「わかってるって。アタシもフィーも、今の幸せはトールがいてくれたからこそってあるんだって……」


 ええと、なんか始まりましたよ?

 おお、さっきすげー漢らしい疾走を見せてくれたマギー姐さんが、とっても女らしくフィヨルドさんに寄り添いながら、涙の滲む恋人の目元を拭ったり頬を撫でたりと慰めだしたぞー。

 で、その横にいたフィヴがシラーッとした横目で二人を見ると、そそそっと離れていく。

 俺が半眼でフィヴに対して肩を竦めると、苦笑いが返ってきた。

 今に始まったことじゃないんだな。こりゃ。

 俺らの発する空気も読まずにリア充が甘い世界を展開中なんで、俺は静かな背後を振り返った。

 

「えーっと、フィヴの兄貴がいた。さっき言った丸太小屋な、フィヴたちの物らしい」


 いつの間にか中井たちは缶ビールを持ってきて、乾き物を噛みながら一杯やっていた。


「じゃ、お菓子屋さんの店舗かな?」

「あー、まだそこまで話してない。今な……フィヴの兄貴とマギー姐さんがイチャイチャしてる最中でさ……」

「ほっとけ。それより、こいつが冷めて美味くなくなるぞ」


 さすがはバカップルの片割れだ。

 寂しい独り身の俺にピンクの空気を一蹴して、土産を出せとのお達しかぁ。


「ほーい」


 異世界用に用意した木製の皿に盛ったとうきびの天ぷらと、その横にちょこんと置かれた野々宮さん持参のカップケーキが三つ。


「それさ、ナッツが入ってるだけのシンプルなやつね。でさ、そのカップが何に変化するか教えて―」


 なんだよ。フィヴに渡す教材かと思ったら、好奇心のほうがメインかよ。でも、わからんでもない。

 カップケーキは、キッチンカーでも委託してるシンプルな商品だ。ナッツ入りとプレーン、ときどきオレンジピール入りの三種を扱っている。

 今日はその中で、フィヴの世界でもありそうなやつなんだな。

 皿を片手に、また窓から顔を出した。

 マギー姐さんとフィヨルドさんの甘い世界はまだ継続中だったんで、中井の助言に従って完全無視の上でフィヴを手招いた。


「これ、俺とチョリ師匠から。お代は、フィヴのお勧めをくれ」


 招きにしたがって大回りで窓の側にやってきたフィヴの前に、皿を両手に持って差し出した。

 呆れ顔でげんなりしていたケモ耳女子の目が、いきなり爛々と輝きだした。


「なに、これ? いい匂い!」

「こっちの平たいのはトウモロコシっつー穀物を天ぷらにした物。俺からのお勧めだ。このまま食べてもいいし、横に盛ってある塩をちょっとつけて――」

「ん~~~~! サクサクしてる! お菓子みたい!」


 俺の説明もそっちのけでとうきびの天ぷらを摘まんだフィヴは、サクッと音をたててかぶりついた。


「で、こっちはチョリ師匠から。木の実入りのカップケーキ。この間のレイモンドの世界のケーキを食べながら酷評してたんで、きっとこんなケーキも作れるんじゃないかって思ったらしい」

「ん? あれ? この入れ物はウーナの葉だわ……」


 よく見りゃカップが薄茶色の葉に変わっていた。

 桜餅の塩漬けの葉みたいな色合いで、葉脈もきれいに浮かんでくるりとケーキを包んでいた。


 ウーナの葉?


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