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大きな森の小さな小屋

 夜が更けてくると、心なしか風も涼しくなって来た気がする。

 昨日まで聞こえなかった虫の音が、ひとつふたつとどこかから流れてくる。

 昼間の暑さは本当に残暑なんだなーとあらためて感じながら、先に一人でキッチンカーに乗りこんだ。


「ジィ様、具合はどう?」


 返事が来るか不安になり、ごくりと喉がなる。

 窓から差しこむ仄かな月光に照らされた機材の隅に視線を彷徨わせ、見えるはずないジィ様の気配を捜した。


 ――そう心配せんでいい。()()()が来たら、きちんと伝えるからのぉ。


「うん……。でもさ、使って自然に神力が減るのとヘタなことして減るのとじゃ、その時の心持ちが違うだろ。自分の失敗で寿命をさ――」


 ――またじっくり溜めればいいんじゃ。


「溜まった頃には、俺もジジィになってるって」


 ――それもまた運命じゃな。


 ジィ様のしんみりした声が、なんだか虫の声みたいに聞こえた。

 運命とは言うけどさ、俺がジジィになる頃にはこのキッチンカーだって自動車としての耐久年数が過ぎ去ってるだろうし、もうそこまで来たら……。

 ガタガタと音をたてて母屋の裏口から中井たちが皿と差し入れを手に出て来ると、なぜか神妙な顔で店舗内に入って来た。

 天ぷらの揚げ脂の香りがぷーんと広がり、やっぱりこの空間で料理の匂いがしてると気分が落ち着いた。


「んじゃ、開けるぞ」


 窓枠に指をかけて二人を振り返る。頷く野々宮さんを見て、勢いよく窓を開け放った。

 そこは――。

 え?


「どーなってんだぁ!?」


 見慣れた森の木々の並びの奥に、見慣れない物がでーんと建っていた。

 距離的には五十メートルくらい先か? 間に太い樹が二本ある上に、基準となる物がないから遠近感があやふやだ。


「ね、ね、どーしたのー?」

「ログハウスみたいな家が建ってる……」

「へぇ?」


 木で造られている家だが日本家屋とまるで違うのは、丸太を重ねて壁ができてる小屋だからだ。それも妙にカワイイ。あ、屋根が木の皮で葺かれていてログハウスというよりも、ケーキの上にのってる丸太小屋みたいだ。

 森の中にぽつんとある家ってーと、木こりかマタギの休憩所か番小屋か?

 そんなことを考えながら上半身を右に左に動かして丸太小屋を観察してると、屋根の上にちょこんと突き出した煙突から薄い煙が立ち上っているのに気づいた。


「誰かが住んでるんだな……」

「当たり前っしょ? この間までなかったのに数日で建ったってことは、新築ってことっしょ? 建てたばかりの家に住まないヤツがいるわけないじゃん」

「いや―ーなんて言うかここってどーみても森の奥だからさ、木こりとか狩人やってる人たちが使う番小屋? みたいなもんかと思ってさ」


 見えない中井たちに言葉だけで説明するのは、正直面倒くさい。

 なんたって、つい数日前にボキャブラリの貧困さをお披露目したばかりだ。

 ……貧困っつーより、思考が明後日の方向にイってると思われてるかもだけどな。

 この森がどれくらいの規模で、この場所が人里からどれくらい離れているのか聞いていないが、いつもフィヴが帰っていく方向に目をこらしても生活道らしい広がりや人々の気配らしいもんは見えないし感じない。

 ただ、フィヴに俺からの伝言を届けてくれた人が狩人だって話だから、森の中で働く人たちが出入りしてるのは知っている。んで、その人たちが森を整備しているらしいのも、地面を観察したらわかる。

 折れたり朽ちたりして倒れてる樹や枝は見当たらないし、地面に生えてる雑草だって人が歩けないような高さになってるのは見たことない。ただ、車輪のついた物やたくさんの人が行き交っている形跡はないから、ここはやはり人々が住む場所からは離れてるんだろうと思ってた。


「でも、フィヴたちは森の民らしいからなぁ。……あっ」


 今日は会えないかと思ってた時、丸太小屋から女の人が出てきた。

 ケモ耳と尻尾があって茶色がかった長い髪までは判別できるんだが、知っている人かどーかまで判断がつかない。ただ、色合いからフィヴじゃないことは確かで。

 その女性は家の正面に立つと腰に手をやって胸をはり上を見上げ、しばらくの間じっとしていた。新しい家を眺めて感慨無量ってところかな?

 それからまた家に入ると、次はケモ耳と長い尻尾のついた背の高い男と小柄な女の子が走り出てきた。


「うへっ」


 俺は女の子を見て、思わず窓から身を引っ込めると座り込んだ。


「どうした!?」

「丸太小屋からフィヴが出てきた。それもでけー男と」


 そんで、こっちに気づいたみたいでフィヴが振り返ったんだ。


「なんで、隠れてるんだ?」

「どーもなー。異世界の男と出会うと、また騒動になりそーでコワイ」

「レイモンドさんだって、男じゃん?」

「だーかーら、レイやフィヴの関係者ってことだ」


 ガザガザと下草を踏んで走って近づいてくる足音がする。


「トール!」


 あー見つかった。

 さっきは反射的に身を隠しちまっただけなんで、こうなったら顔をあわせるしかないんだけどな。

 隠れた時のように素早く身を起こすと、窓の向こうに笑顔を見せた。


「さっき見てたでしょう? なぜ隠れたのよ!」

「だってなー……窓を開けたら見たことねぇ家が建ってるんだぞ? そんで、中から人が出て来てさ。知らない人だったりしたら――」

「私と無関係な人には、トールもこの窓も見えないって言ってたじゃない?」

「うん……」


 きれいな銀色の長い髪が木漏れ日を浴びてキラキラ輝き、上気した頬と色の違う瞳が生き生きとしてる。

 でも、眉間にぎゅっと寄った皺が。


「……何かあったの?」


 俺のテンションがいつもと違うことに気づいたのか、不服顔が心配顔に変わった。

 この際だと思い、レイモンドの兄貴であるジョアンさんとの間で起こったあれこれと、それが原因でキッチンカーの窓が壊された話を簡潔かつ俺のバカ発言を誤魔化して説明した。

 話が進むにつれてフィヴの眉間の皺が段々と深くなり、オッドアイが怒りでギラギラと煌きだした。

 こっ、こわい!


「レイのお兄さんって、そんなにバカなの!? 商売に関して素人の私でも、それはやっちゃいけないことだって解るわよ!」


 察しがいいなぁ。

 何に対して俺たちが怒ってしまったのかを、ちゃんとフィヴは気づいて我が事のように憤ってくれた。

 その怒りっぷりが可愛いくて嬉しくて、思わず口の端に笑みが浮かびそうなのを必死にこらえた。 


「本当にバカじゃないの!?」


 シンとした森に、フィヴの腹立たし気な声が響き渡った。


 ですよねー。

 

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