謎の錬金薬師― ここは修羅場⁉
お菓子屋の可愛い制服姿を、揃いで見せてくれたフィヴとマギーに心和み、また、同じように目標を掲げながらも、こんなに違う道程を歩むことになったレイモンドとフィヴに、俺はなんとなく寂しさを感じた。
いくら本人に才能があっても、それを育てる環境ってのは重要なファクターの一つだ。そして、その環境に甘んじない本人の気質な。
菓子やパンを含め、料理を調理するということは、今の日本であってもプロ以外は、基本的に女性がする家事のひとつだと思われている。つか、世の野郎どもの大半が、それを当然だと思っている。
それが、ましてや近世ヨーロッパ並みの文化や習慣が定着してるレイモンドの世界で、まだそれぞれの家で作られて食べられている主食のパンだ。当然、料理番以外の男たちは、自分たちが作る物じゃないと思っているだろう。
それが、レイモンドとフィヴの間に生まれた 『差』 になった。
フィヴは、初めから全てを自分で集めてクッキーを作って、それを自分の手で売ることを夢に見て、今じゃ目標にまで近づけた。もーあっぱれだよ。俺が最初に、子供じみた夢なんて軽く考えちまったことは、本当に申し訳ないくらい、フィヴに対して失礼だったと反省したよ。
でも、レイモンドの場合は、自分の持って帰った知識や中井からもたらされた知識を、まずは資金や材料を用意できる人、パンを作っていた経験者を協力者として集め、白パン作製集団として始めてしまった。
なにしろ、レイモンドの目的が 『さまざまな人たちに広がればいい』 って、広い心のままに思いついたことだからな。
そーなりゃ、おのずと大商人の兄貴たちが出張ってくるのは、異世界の俺たちにだって予測できることだ。年上で兄貴で金持ちで、材料も人も伝手も集められる立場だ。
そんな相手に、少しでも主導権を渡しちまったら、乗っ取られることなんざ分かり切ってるはずだった。
そこで身を引いてしまったのが敗因だったんだが、レイモンドの 『目標』 が、ここで邪魔をした。
自分が先頭に立って進めるよりは、兄とそのバックにある商会にまかせるほうが、より白パンは広がるだろう。なんてな。
弟の慈善の気持ちなんて、あの若さで大商人にのし上がったジョアンさんの前じゃ、若造の戯言くらいにしか思えなかったんじゃないか? 目の前に転がってる金を生むガチョウを、商人がタダで育てて、タダで大衆にふるまう訳ないじゃん?
ただ、レイモンドの兄貴たるジョアンさんが、俺たち異世界組まで、自分の商売のための材料扱いにするとは、俺も予想だにしなかったが。
「では、錬金薬師殿を連れてくるが、いいか?」
全開した窓から顔を出しているのは、俺一人。俺の後ろで、中井と野々宮さんが横並びに立って、あっちを眺めている。
向こうは、珍しく三兄弟全員が揃っていて、エリックさんとレイモンドが壁際に並んで立ち、俺たちと挨拶を交わして以降は無言を貫いてる。
「どうぞ」
俺は、今までにないくらい無表情で了解を告げ、ゆっくりとした動きで窓のこちら側へと上体を引っ込めた。
真っ赤なざんばらの髪を揺らしながら、なぜか生き生きとした強い笑顔でジョアンさんは立ち上がると、閉めてある扉を開けて向こうに声をかけた。
入ってきたのは、二人の人物。
もう、この時点で俺は内心ムッとしていた。
俺たちに会ってほしいと言ったのは、錬金薬師一人じゃなかったんか~い! っつームカつきだ。
俺たち三人はあえて口をつぐみ、倉庫内に入ってきた二人をじっくりと観察した。心なしか、背中にバカップルの重さが増した。野々宮さんの片乳が、俺の肩甲骨の辺りに押し付けられていて、今はそれどころじゃないってのに俺の男心が……がっ! と内心で絶叫しながらも、スケベ顔にならないよう唇に力を入れて、ゲスト様たちに集中した。
一人は女性で、年の頃なら二十歳前後くらいか? 明るいブラウンの長い髪を若い女の子って感じのリボンでまとめ、地味な色合いのワンピースの上に、黒いローブを纏っていた。
美人と可愛いの間って感じで、今は緊張してんのか少し強張った表情で室内を見回していた。
俺の後ろで、野々宮さんが某英国のメガネの主人公のファンタジーを呟いたが、あえて無視した。
もう一人は、女性に付き従うように一歩後ろに控えた、ジョアンさん並みの巨躯に革の胴衣を纏った男だった。
あ、これは彼女の護衛か従者の、剣を扱う立場のヤツだと、ひと目でわかるくらいに剣呑な雰囲気だった。
「ジョアン・オルウェン。こんな地下の狭い小部屋に連れ込んで、いったい何を企んでいる?」
小さな部屋に、力強く張りのある声が響いた。
これが、ただの文字だけなら、きっと連れの男の台詞かと誤解しただろうが、実は女性が発したものだった。そして、その声に混じる苛立ちと怒りを含めると、おのずと答えは導き出された。
『見えてないな』 ってなことを、俺とレイモンドは視線を交わして確かめ合い、黙って成り行きを見守った。
「何を言っている、あそこに――見えてないのか? シャーリエ嬢」
ジョアンさんは窓の脇に立ち、眉を吊り上げて睨むシャーリエさんに微笑みながら俺たちを指さし、彼女の表情が一気に最悪に変わったところで、さすがに顔色を変えた。
「見えるも何も、そこは壁だろう! 異界と繋がる場所があるなどと…」
「いや、真実だ。ここに今、異世界の若者三人が、並んで窓からこちらを見ているっ」
「私を謀って! 女と思って甘く見るなら、よかろう!」
ジョアンさんは、必死の形相で俺たちや弟たちに救援の視線を投げているが、俺たちはあえて見て見ない振りをした。
仕方ねぇじゃん? 見えない俺たちがなにをしたって、なんの助けにもなんないだろうし?
相手がもっと冷静なら、中井たちを最初にキッチンカーに招待した時みたいな、 『何かを交換する場面を見せる』 方法を助言できるけど、今は無理だ。
自分で蒔いた種は、自分で刈ってもらおう。
「セレ! 叩き切れ!」
シャーリエさんの物騒極まりない命令が、従者の男に向けられた。
セレと呼ばれた彼は、シャーリエさんの前に一歩踏み込むと、すらりと腰に刷いていた長剣を抜き払った。
え? なんで、ここで?
あまりの急展開に、俺たちは悲鳴をあげることも忘れて、あんぐりと口を開けて、茫然とするしかなかった。




