準備万端! でも、その前に
更新が遅れてごめんなさい。
風邪をひきまして、鼻つまりが酷くて眠れず……。
脳みそ半分、鼻水にってほどボケてました。
レイモンドと久しぶりにじっくりと話した翌日、家に中井たちを呼んで、二者会談の内容を大まかに話して聞かせた。
俺が呼んだ意図を察して、いつもアルコール持参なのに今夜はヌキで、その代わりに活きがイイ刺身の船盛を手土産に現れた。
総菜屋の俺には、刺身ってのは買わないと食べられないから嬉しい土産である。
え? 魚は下ろせないのかって? いえいえ、ちゃんと下ろせるよ。そのための包丁も揃ってるし、仕入れた獲物が大き過ぎたら、夕食用に刺身にしたりする。でもさ、やっぱり優先は、商品の総菜なんだよ。だから、マグロだのカツオだのっつーのは商品食材として仕入れない。だから、刺身は買わないと食えません。
さて、味噌汁と漬物を用意し、てんこ盛りの海鮮 (主に魚) 丼を作り上げて、胸糞悪い話の前に、美味い物を食って気を落ち着かせておこう! ってな具合で、現実世界の近況を話題に、刺身と酢飯を楽しんだ。
満足感と満腹に浸りながら、もう風呂へ入って寝たい欲求を脇に押しのけて、今夜の本題へ移った。
レイモンドから聞き出した、向こう側の事情と状況を話すにしたがって、二人の目つきがゆっくりと据わって行き、冷え冷えとした気配が二人から漂い出したところで、俺は無意識に腕や首筋を撫でていた。なんだか、背すじが寒いやら腕に鳥肌が立つやら……。
「で、レイには、ジョアンさんを見限るだろうことは告げておいた。……最悪の場合は、ってことも」
「そうか。俺の方は、こと細かに教えるのはやめて、これからはヒント程度にするわ。そんで、もう資料は渡さない」
「おう、そーしとけ。こっちは、あくまで善意でやってきたことなんだし、向こうがそれを無下にするなら、こっちもそれなりの態度で向かわないと」
夕食の後、カレーと交換した焼き菓子の一つを、デザートと言って野々宮さんに解説をつけて渡しておいた。
俺と中井が意見交換をしている最中、俺たちの会話なんてそっちのけで、もそもそと食べながら、時おりブツブツと何か呟いては、少し齧るを繰り返していた。
専門職って怖いっ。冷めた目が、さらに半眼になって鋭さを増していく。美味いとかマズイとか、まったく言わないところが、すげー怖い。
「これ、フィヴちゃんに渡してみ? どんな感想か、後で聞かせて~」
「当然! フィヴ用に一つ残してある」
俺たち三人は、腹を据えた。
錬金薬師なるヤツが現れ、俺たちに会えないとなった時、錬金薬師がどんな態度を取るか。それに対して、ジョアンさんはどんな対応をするのか。
それをじっくり見せてもらい、その結果で、俺たちはその後を決めることにした。
「……いいのか? なんなら、窓を閉め続けるだけでもいいんだぞ?」
「繋がっていると思うと、何かあるたびに気になっちまう。俺の安請け合いから始まったことだし、けじめはつけないとな。それに――」
こっそりとレイモンドだけと会うにしても、いずれはバレる。その時、オルウェン兄弟の間に、兄弟喧嘩じゃすまない深刻な溝ができてしまうだろう。
なにしろ、俺たちはジョアンさんにとっちゃ金のなる木だ。それを独り占めしてたなんぞと責められては、あの気に良いレイモンドでも、さすがに腹に据えかねるだろうさ。
「レイモンドとも話し合った。んで、お互い、それでいいと……」
錬金薬師の話を終え、さあ今夜はもうこれでお開きにと思った頃、突如としてレイモンドが言い放った。
『ジョアン兄さんを切ると最終判断したなら、その時は私とも……この世界とも縁を切ってくれ』
目をぎゅっと閉じ、迷いに迷った末の決断だったのが見て取れ、俺もそれに対して軽く流すような返事はできなかった。
縁を切る。それで、もう会えなくなる。
レイモンドが先に口火を切ってくれたことに、俺は心の隅で、卑怯にもホッとしていた。
俺の立場で、俺の口から、今それを言い出すことは難しかったから。
「二人が覚悟したんなら、アタシたちは何も言わない。元々は、会うことすら、できなかったはずなんだし」
野々宮さんのその一言が、最終会議の閉幕になった。
仲良く肩を並べて帰って行く、友人二人の後ろ姿を門の前で見送り、外灯の角を曲がって消えたところで空を見上げた。
雨が近いのか、ぼんやり霞んだ細い月は弱々しい光を注いで、なんとなく俺の今の心境みたいだった。
腹を括ったはずなのに、すでに寂しくてふらふらと前言撤回したくなる。
厳しすぎないか? とか、もう少し長い目で、とか。
そんなふうに甘えて絆されて、何を上から目線で考えてんだと気づく。
のろのろとキッチンカーへ乗り込み、フィヴたちの世界の窓を開けた。
「あっ」
「お?」
何も考えずに無防備に開けた先に、なぜかマギーが待っていた。
「毎日ここで待ってたんだぞ! ちょっとフィヴを呼んでくる」
言いたいことだけを言って走って行くマギーを見ながら、彼女のあまりの変わりように呆気に取られていた。
だって、猫のマグから獣人化したマギーしか、見たことなかったんだぞ? それが、フィヴと同じようにケモ耳女性で、思わず挨拶が頭からすっ飛んで見惚れちまった。
やー、マギーが人化したらどんなお姐さんになるんだろーと想像してたが、明後日の方にいってしまってたなんて。
俺の想像したイメージは、ウェーヴがかった長い髪に金や黒や茶色でメッシュが入ってて、顔も野性味あふれる美人顔で、あのプロポーションなら、あっちゃこっちゃ強調するようなドレスやジャンプスーツが似合うなぁと。
しかし、俺の妄想という名の期待は裏切られ、マギー姐さんはフィヴが着てみせたみたいな、エプロンドレスだった……。
似合うか似合わないかの前に、予想外すぎて俺の妄想は、異世界の彼方へ吹っ飛んで行った。
「トール! お久しぶり!」
木々の間から、エプロンドレス姿のマギーと並んで、青ずきんちゃんが現れた。
「ごめんな。ちょっと別件で立て込んでてさ、来るに来れなかったんだ」
心の和みだよ。今の二人に会うのは。
「多忙なら仕方がないわね。私たちも、色々と忙しかったから。ね?」
お? フィヴが久しぶりに自信満々なポーズで腰に手を当てて、つんと仰のいて言った。で、最後に、マギーを見て同意を求めてる?
「なに? 二人でなんか――あ、もしかして二人でお菓子屋やってんのか?」
「当たり! マギーがいてくれて、すごく助かっているのよっ」
「へ~、良かったな。どっちもイイ相棒に会えて」
ぽろりと、そんな言葉が口を転げ出た。
イイ相棒なんて。
「うん。初見はどこの箱入り娘だって思ったけどさ、色んなことを話して仲間に入れてもらったら、すごく楽しいし面白いよ。それに、家族とも会えたし……彼氏も……できたし?」
「お? おお? なんだぁ? もう、嫁入りか?」
日に焼けた小麦色の頬をボッと赤く染めて、また明後日のほうへニュースが開示されて、俺は驚かされた。
「違うって! そりゃ、まだ先だって」
「ウチのお兄ちゃんの一目ぼれなのよ~。もう、大笑いしちゃったわ」
そこから身振り手振りを入れたフィヴの、兄貴とマギーの出会いからその後の流れまでを、話して聞かされた。
それは、妬ましいやら微笑ましいやらで、異世界帰りのマギーが苦しむことにならなくて良かったと安心した。
「あ、これな、レイモンドの兄貴が仕入れた高級菓子だって。チョリ姉さんが、食った感想を聞かせてくれとさ」
俺たちの冷やかしに、赤面して悶えてるマギーをシカトして (リア充め!) 、最後の一つになった別の世界の焼き菓子を差し出した。
劣化した紙の上に置かれた山吹色の菓子にそっと手を伸ばしたフィヴは、いきなり真剣な眼差しでそれを観察した。
あ、この表情って野々宮さんと同じだ。
フィヴは、何も言わずに半分に折ると、片方をマギーに差し出し、もう片方を少しだけ齧った。
束の間、静かな時間が流れ、その間を森林浴に使わせてもらった。上半身だけの、だけどな。
「これくらいなら、今の私でも作れるわ! なに? これが高級品なの? 」
「ぶふっ。す、すげーな、おいっ。なに? クッキーからすでにケーキまで作り始めたのか?」
全てを口に放り込んだフィヴは、もごもごと咀嚼しながらパンパンと豪気に手を打って欠片を払った。
「ええ、なんて言っても、トールの世界の知識を持ったマギーがいるもの。もう “夢” じゃないの。すでに “目標”なのよ」
あの、自信なさそうにクッキーを差し出していたフィヴはおらず、今そこにいるのは、プロになるために探求心を燃やすセミプロの顔をした菓子職人がいた。
ドリームに輝いていたオッドアイは、ギラギラと力強い欲に燃えている。
「頑張れ!」
俺は、それだけしか言えなかった。




