謎の錬金薬師―信頼っつーのは脆く儚い
レイモンドの立場からすると、自分が見つけた新しい目標の一歩を、協力してくれているだけだと思っていた兄貴に一気に搔っ攫われ、挙句に隅に追いやられて。でも、目の前で着実に実を結んで行くのを、己の力不足を痛感しながら黙って見守るしかない状況が続いているって訳だ。
こんな感じのことわざが、確かあったよな? 軒を貸したら母屋をなんちゃらっての。あれだな。
そんな中、俺たちの了解も得ずに契約をして来たジョアンさんに、さすがのレイモンドも、これは礼儀に反するんじゃないかと憤りを感じたらしい。それと同時に、俺たちに対して物凄く申し訳ない気持ちになったと。
だから、あんなに不安そうな表情を浮かべていたんだ。
「白パンに関しては、いつの間にか全てジョアン兄さんの管轄になってしまっていたんだ。私もエリック兄さんも、最初は意識して会議に参加するようにしていたんだが、気づけば何もかも勝手に先に進めて事後報告だ。それがまた、ナカイの助言もあって上手く行ってしまった。そのせいか、どうも調子に乗り過ぎと言うか、思い上がっていると言うか――」
レイモンドが、どうにか兄貴の所業を穏便な言い方に収めようとしながらも、選択している表現が露骨なほど的確すぎて、俺は思わず吹き出してしまった。
俺が笑い出しても、レイモンドの愚痴は止まらない。そんな鬱屈を抱えて、黙ってジョアンさんと中井の話を聞いていたレイモンドを思うと、胸が痛くなった。
「何度か忠告はしたんだが、私の声など聞く耳を持ってくれなくて困っていたんだ。そこに、この状況だ。さすがに、今回は穏便にすます訳にはいかない。このまま好き勝手をさせていると、その内に碌でもないことになりそうな気がする」
「碌でもないことって?」
「たとえば、今回のコロッケの件と同じような――いや、もっと深刻な事態を引き起こすことになるかも知れない」
あー、あれな。貴族のバカ共が、色々と狙って来たって話か。コロッケで煩かったんなら、白パンが日の目を見た時には、もっと大変なことになるだろうなぁ。
「私が予測できるようなことなど、平常時のジョアン兄さんならすでに気づいているはずなんだが……。今は酵母の完成に有頂天になってしまっていて、誰の声も届いてないようだ」
「あちゃー……」
「それにどうもな、無自覚にトールたちを私と同列に扱っているふしがある」
「うん。そうじゃないかって気はしてた。親しくなって来ると、弟の友人なんか、子分の一人ってな勘違いをする兄貴は多いらしいぞ」
中井兄弟のことは黙って、とにかくそーゆー兄貴っているよなーってな所に話を持って行った。
「エリック兄さんは、そんな感じじゃないんだがな……」
「エリックさんも弟の立場だからじゃないか? なんたって、レイよりジョアンさんと一緒にいる時間が長い分、より兄貴の横暴さに晒されてるし?」
これ以上、レイモンドに罪悪感をためこんで欲しくないから、俺は、あまり深刻にならないよう軽い口調でおどけて返し、レイモンドのガス抜きの相手だけをすることにした。
だって、ジョアンさんへの不平不満を、レイモンドに対してぶちまけるのは違うし、いくら愚痴っていても他人から兄貴の悪口を聞くのは、やっぱり気分がいいもんじゃないだろう。
だから、なるべく重くならないように頷いて、ちょっとだけ応えた。
「ああ、なるほどな。だからか」
「へ?」
「エリック兄さんに、今回のことを少し話したんだ。そうしたら、いきなり詫びられて、ジョアン兄さんと話して来ると言って出て行った。エリック兄さんも、私と同じような経験をしてたから、私の相談事をすぐに理解してくれたんだなと思ってな」
「心強い味方が増えたな! 末の弟は子分扱いでも、共同経営者の弟の意見は聞き流せないんじゃないの?」
それでいい方へ向いてくれりゃありがたいけど、三人兄弟の間に深い溝を打ち込むことにならなけりゃいいがな、とは思う。
でもな、今回のことが無かったとしても、早いか遅いかの違いだけで、この先で絶対に同じような問題が浮上することになるんじゃないかなぁ。
でも、こればっかりは、俺たちが口を出す問題じゃないんだよな。
「そうであればいいが……」
寂しそうな声で、レイモンドはぽつんと呟いた。
ああ、ジョアンさん! 頼むから二人の弟の、信頼や兄弟愛までぶっ壊さないでくれ。
俺たちはどうせ他人だ。それも異世界人同士だ。キッチンカーの窓を閉めちまえば、顔を合わせなくてすむ。そのまま俺が忘れてしまえば、きっと縁は切れるだろう。
でもさ、それが原因で、またレイモンドの中にもう一つ蟠りを作ってしまうのは、俺たちの本意じゃないんだ。
それきり、俺もレイモンドもジョアンさんとパンの話題は止めた。これ以上になると、俺の腹の中がぽろっと出ちまう。
代わりに、俺は別の話題を投げかけてみた。
「なぁ、錬金薬師ってのは、薬だけ作ってんの?」
「いや、他にも作っているぞ」
「え?薬師なのにか? 一体何を……」
さっきは、ちらっと人となりを聞いて終わらせたが、その前からずっと俺の頭の隅に引っかかっていた疑問だった。
出会ったばかりの頃に、レイモンドの世界は魔力っつー力で魔法が使えるってことを、手紙の中で教えてもらった。
そして、キッチンカーの謎の窓に関して、最初に発見した時は上級錬金術士の薬師の隠れ店なんじゃないかと誤解したって話を覚えてる。
でも、それきり詳しくは聞いてないから忘れていたんだが、ここへ来て錬金薬師が出て来た。これは、詳しく教えてもらうチャンスだ。
人となりは分からなくても、その職業くらいは知っておきたいって建前と、魔法や術師なんてのにも興味あるしな。
「彼らは、基本的に錬金術士としての能力を持ち、植物や鉱物から有益な物質を、取り出したり、分解したり、合成したりする技術を持っている。その中でも植物や薬草に詳しく、調剤する技術に特化した者が錬金薬師となれるんだ。だから、ポーションのように、薬と容器を一緒に合成できる」
「へぇ~。だから瓶だけって注文でも受けてくれたんだ」
「そうだ。ただし、技術的に特化している訳ではないから、他の錬金薬師は拒否する。それなら、生粋の錬金術士に依頼しろとな」
錬金錬金と言うけど、こっちの世界で伝えられている錬金術とは違うんだな。元々は、卑金属から金を生み出す術だって言われているし、まぁ、それに成功した人なんざ存在してないから、ファンタジーやマンガの魔法使いみたいなもんだと思ってるけど。
でも、レイモンドの世界は魔法が使えて錬金術士と言う職がある。なら、卑金属から金を? と思って尋ねてみたら、どうも色々な物を抽出や合成する職のようだ。
なんだろう。また翻訳が、使い勝手のいい言葉をチョイスしてるだけなんかな?
「錬金術士には頼めなかったんだ?」
「はっきりとは言えないが、ガラス並みに高価だ。それに、薬師の作る容器など、屑同然だと言っているらしいしな」
「うわー。量産型の器なんか、誰が作るか! ってことかぁ」
銘のあるナントか焼きで数百万もの陶器を作ってる名工に、安価ショップの器を作ってくれって依頼するようなもんだな。そりゃ、初めから除外するだろうな。
でも、面白いなぁ。
レイモンドの世界は、魔力で色々な技術が進化してて、こっちの世界は電力で化学や科学が進歩してる。
どっちも、人のために便利で簡単で、とても役に立つ。
で、どっちも、戦いに使われて、人を殺めたり崩壊を招いたりする。
力ってのは、包丁と同じで、使う人と使い方が最重要点なんだ。
人の役に立つか殺めるか。
面白いけど、やっぱり怖いもんだよ。




