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謎の錬金薬師―憤りと餃子夜食会

 俺たち三人は、実は内心腹を立てていた。

 別にそれを口に出した訳じゃなかったんだが、長い付き合いになると仲間の機嫌って見えてくるじゃん? 無意識に出る癖とか、表情とか口調とか気配とか。そんな時の会話がいくら普通の雑談だったり、冷静な話し合いだったりしてもさ、色々な部分の端ばしに滲んでる感情に気づくことってある。互いにそれを拾い合って、気遣いあって、あーこいつは今、放っといて欲しがってんだなとか、話を聞いて欲しいんだなとかってのが分かるようになる。

 そんな付き合いをしてるからか、今一番憤っているのは中井なんだってのは、すぐに俺も野々宮さんも気づいた。

 だって、ヤツがいつも以上に営業スマイルを貼り付けてたから。

 

 俺たちがOKをした後、酔狂っつーか変人っつーか謎の錬金薬師様との面会は、次の機会ってことで、その日はそれでお開きになった。

 別れの挨拶を交わして、じゃあと手を上げて引っ込もうとした時に目にした、レイモンドの浮かない顔。錬金薬師の話が出た頃からずっとあんな感じで、だからと言って何か言ってくるわけじゃなくて、何だかなーと思いながらもさり気なくシカトしておいた。

 こりゃ、レイモンド一人の時に顔を合わせないとならんな、と考えながら母屋に戻った。


 普段なら時間も時間だし、キッチンカーを降りた所で二人を見送るんだが、何となく収まりがつかない気持ちを持てあまし、中井たちもそうなのかのろのろした足取りで帰りかけた所に 「餃子食ってかね?」 と声をかけた。

 もうすぐ日付が変わるって時間に餃子はないだろーって野々宮さんに突っ込まれるかと思ってたら、二人共に 「実は小腹が」 と返されて、やっぱりすぐには去りがたかったんだなってさ。

 餃子ってのは、俺が二人を引き留めるためのきっかけでしかないことにちゃんと気づいて、二人も俺が言い出したことにホッとしたようだった。門へ向かいかけた足を玄関へ向けた途端に、すげー早さで母屋へ入って行った。俺はニヤニヤしながら、真っ直ぐに台所へ直行した。


 そろそろ残暑の時期になってきて、でもまだ暑い日も続いたり。きっと皆さんもお疲れだろうから、手作り焼き餃子を販売メニューに加えた。

 餃子弁当や、単品五個入の二種類。お昼はニラ入りで、午後からはニンニク入りと分けて売り出したら、思いのほか売れた。午後の住宅地では、数人の奥様に一杯入った冷凍セットは売らないのかとまで尋ねられ、苦笑しながらお詫びした。

 初めて店でメニューに入れたが、これは限定にしないと俺が駄目になりそうだった。だって、手作りっすよ? 市販の冷凍物を焼いただけってんじゃないんすよ? 皮から具まで作って、そっから餃子作成すよ? 一人でせっせと包んで、総計五百個の餃子を作り上げたんだが、六日かかったぜ。それだけで死ぬかと思った。

 で、今夜は皆で失敗作を食い尽くそうかと計画してたら、結末はこんな妙な雰囲気のまま解散だったし。

 この理不尽なもやもやをぶつけるために、三人で自棄食いをしようと言うことになった。

 二人共に羽根つきをご所望なんで、餃子を並べたフライパンに、小麦粉を少量溶いた熱湯を入れると盛大な音が上がる。すぐに蓋をして蒸し焼きにする。


「了、ごめんな」


 もうすぐ焼き上がるってところで、後ろから中井の力ない声が届いた。


「はぁ?」


 蓋を開け、余計な水分を飛ばしてごま油を全体に回しかけ、強火で一気に焼き目をつける。目安は、羽根が軽くパリパリに焼けるくらい。

 火を止めて、フライパンの底を濡れ布巾の上に軽く押し当てて冷まし、すぐに大皿をかぶせてひっくり返す。

 キレイな羽付き餃子のできあがり!


「さっき、ジョアンさんと話してて気づいた。なんで、俺とジョアンばっかり会ってんだってさ」

「ばっかりって……。だって、白パン作りのためだろ?」

「それはそーだけどな」


 大皿を居間の卓袱台に運び、すでに缶ビールとウーロン茶のペットがスタンバっていた。


「白パン作製を、依頼したのはレイモンドさん。それを了解したのは透瀬。で、少しでも作業が進むようにって、中井を紹介しただけ。でも、気づいたら、透瀬とレイモンドさんは隅に追いやられてて、気づけばジョアンさんが中心に立って外交を始めちゃってる。これ何って感じ」

「ああ……」


 中井の言い難かったことを、野々宮さんが小皿と餃子のたれを運んできながら説明した。


「挙句は、パン作製に直接関係ない人に、なんでこっちのこと(裏事情)まで話したのか、よ。誤魔化そうと思えばどんな作り話でもできるはずなのにさ? あの商売人(ジョアンさん)が、上手く言い逃れできなかったなんて、ありえないよ」

「あー…んと、野々宮さんの言いたいのは、ジョアンさんが瓶の取引をスムーズにするために、あえてわざと俺たちを取引材料っつーか餌に使ったって?」

「そうそう。で、アタシと中井が一番腹が立ってるのは、それをなんで先に相談してくれなかったかってこと。仁義っしょ?」


 野々宮さんは、棘が一杯の尖った口調で言い募りながら、箸の先をずばっと大皿に突っ込んだ。バリっと軽妙な音を立てて羽が割れて、少し歪んだ餃子が皿へと運ばれて行く。

 その横で、二つの缶ビールのプルトップを開け、俺用のウーロン茶を氷の詰まったグラスに注ぐ中井。もう、腹の中のもやもやの解説は、彼女にお任せって態度だった。

 二人を見ながら、俺も箸を持つ。

 しっかし、仁義と来たか。


「透瀬はともかく、アタシや中井は餌にって相談されたらOK出したと思うんだ。だって、どーせ見えないだろうしさ。だから、その薬師を口説くために異世界のって事情を話したいんだがって、まずはこっち相談するのが礼儀っしょ?……んっ、ウマッ」


 味見はすでにしてあるんで、不味くはないはず。後は、この負のテンションに合うかどうかだが、自棄食いにばっちりだった。大口開けて、がぶっと行ってグイッとビール。イイ感じだ。

 一口で行きたいが、この皮の中に溢れる熱々の肉汁を口の中で迎え撃つのは失策だ。火傷したら、これ以降は味わえなくなるから。

 肉の歯ごたえを出すために、ウチの餃子には赤み多めの合いびきを使っている。その代りに肉汁と味付けに、味のついた鳥の煮こごりを細かくして混ぜてある。これが焼いた時に溶けて合いびきと混じり合って――美味い!

 気づけば、俺たちは少しだけ気持ちを落ち着け、代わりに餃子を味わうために集中した。


「う……肉汁がぁ!」

「生き返るぅ~」

「女帝様、鳥の煮こごり入ってるから、コラーゲンがたっぷりっすよ」

「コラーゲンもだろうが、カロリーもな!」

「女帝はやめい!」

「しかし、うめーなぁ。ことに夜中に食う餃子」

「酒のあとのラーメンかよっ」

「えー?お酒のあとは、しば漬けとろろ茶漬け一択だよ」


 呑兵衛二人のかけ合いに笑い、餃子やけ食い夜食会は進んで行った。

 さて、どーやって俺たちの意志を、伝えるか。いや、ここは俺の意思だな。

 まずは、レイモンドと対で話をしないとだな。

 あーあ、面倒くさい。

 これが、俺の本音だ。

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