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キッチンカーのアイドル

 拾い猫の名が決まった。

 雌猫だと言うのに、『マグ』だ。

 命名は、中井だ。

 グループLINEでの雑談中に、猫を拾ったと流したのを切っ掛けに、またもやカップルでいらっしゃいました。俺への手土産は売れ残ったパンで、猫には高級なパウチされた餌が多種類。他にも玩具や猫用のひんやりシートとか…。家に招き入れてすぐに二人は猫に夢中で、俺の話なんて生返事で聞き流されている。

 元々ミミが生きていた頃からここへ来ていた二人が大の猫好き(動物全般)なのは分かっていたし、ミミが亡くなった時は俺や婆ちゃんと一緒に悲しんでくれた。ことに中井の嘆きっぷりは婆ちゃんをも引かせ、ヤツの涙を見た俺は更にドン引きした。

 野々宮さんが「動物が主演の映画やドラマを見ると、いつも涙目なんだよ」とこっそり囁いて教えてくれ、人間相手には冷めた能面なのに、その下には熱い情が隠れていると知った。


 で、名前をどうしようかと相談したら、中井がおもむろに『マグ』だな、と。

 あまりな命名に俺と野々宮さんで抗議したが、それを無視して猫に呼びかけ、その名に猫が反応してしまった。

 しかし、そのマグってのはどこから来たんだ?と訊けば、家の台所にある食器棚の中を指さした。反射的に顔を向けると、棚の中に残されたヒョウ柄プリントされた婆ちゃん愛用のマグカップがあった。

 確かあれは、俺が中学生の時の修学旅行で土産に買って来たマグカップで、大容量でカッコいいと思って自分用に購入した物だった。それをこの家に引っ越した際に持ち込んだのだが、いつの間にか婆ちゃん専用のマグカップになっていた。

―――いっぱい入ってカッコいいねぇ―――

 頭の中に、婆ちゃんに譲り渡した切っ掛けになった時の、彼女の声が蘇った。

 食事の時に白湯を食卓に置いて、喉通りをよくするために飲みながら食べる婆ちゃん。最後に食後の薬を飲むんだが、通常サイズのカップだとお湯が足りずに困っていた。そこで俺のマグが役立ったのだ。薬を飲んで丁度の量のお湯が入れられると。熱い白湯で食事を進め、最後は丁度いい温度に冷めたお湯で薬を飲めると。


「マグー…」


「にゃーぁ」


 他の名で呼んでも無関心だった猫が、マグと呼ぶとまだ掠れの残った声で鳴いた。


 お盆休みが終了して、マグも家や俺やキッチンカーに慣れて、朝は営業準備をする俺と共に出かける用意をするマグ。

 出した餌をきれいに食べきって、トイレに入ってからキャリーに自ら入って待機。それを持ってキッチンカーに乗り込むのは、ここ最近から始まった俺の日課だ。

 営業中は、店舗内にマグは置かないし放さない。厚生省お達しの食品衛生法ってやつがあって、人様の口に入る物を扱う業者は遵守しなくてはならない法律だ。それを守らねばならん俺は、ペットを店舗内に置くことを許す訳には行かない立場って訳。

 まぁ、食中毒やそれに類する感染病なんかが発生しない限りは、割と黙認されてるけどな。古い食堂や居酒屋とかで飼ってる犬猫が看板ペットとかって話題になってたりするじゃん?あれなんかがそれにあたる。

 でも、だからって、注意を怠って危険なのはお客さんだからな。できるだけ店舗を保護する手段を取って、マグを乗せている。

 どこにいるかってーと、通常はドライバーズシートの上で丸くなっていて、気が向けば出入り口に座って生ぬるい風を浴びながら外を眺めている。ビニールカーテンで運転席側と店舗を仕切っておいてはあるが、絶対にマグは店舗スペースには入って来ようとしなかった。…時折、こっちに向けて鼻を蠢かせているが。

 閉店準備を始めると、きちんとキャリーに入り込む。それを見ていると、なんか全て人間のやってることの意味を理解してるんじゃないかって気になるんだが、柱で爪とぎを何度叱っても止めないのは、きっと俺をバカにしてるんだな。


 そんな彼女は、あっと言う間にお客様たちのアイドルに昇格した。暑さ対策にドアを開けているため、シートや出入り口に佇むマグを垣間見ることができる。でも、鳴いたり騒いだりしないから、急いでる人たちは気づかずに商品を購入して帰って行くが、のんびりとデザートや飲み物だけを買いに来る人に見つけられた。そこから話が伝わったのか、次に来店した時には確実にマグを探してキョロキョロしているお客様が多くなった。

 しかし、マグは見知らぬ人間に接近されると、さっさとシートかキャリーへ逃げ込んで、警戒丸出しの姿勢とぎらつく双眸をドアに集中して動かなくなる。

 こんな愛想無しなのに、アイドルとは!

 でも、確かにアイドルはお触り厳禁だしな。お高く留まってツンとしてる時の顔なんか、アイドル通り越して人気女優だよ。そーなると俺は付き人か?




 マグのことを異世界人たちに話題に出したら、なんとどっちの世界にも『猫』は存在しないことが分かった。ただ、レイモンドの世界には似たような魔獣はいるそうで、従魔として魔法で従わせるか、愛玩用じゃなくて狩りや戦闘用に躾けて飼う人がいるとか。で、フィヴの世界は言わずと知れた「それは私たちの始祖かもね」ってことで…いる訳がなかった。


「でもー、見てみたい」

「見たいって猫をか?」


 晴れた日の森は、相変わらず清々しい風が流れて小鳥の囀りが響いていた。その中に、またもや前と違うふんわりした妖精みたいなドレス姿のフィヴがいた。

 会う度に違う服装で、それなりに上品な雰囲気からフィヴが良い所のお嬢様なんだと感じた。

 そんなお嬢様は、猫に興味津々だ。


「だーって、私たちの根源かもしれないのよ?トールが私に好意的だった理由でもあるでしょう?」


 おー!当たらずといえども遠からずだ。ケモ耳や擬人化が溢れる日本に住まう男子だから、なんて言ったら塩対応待ったなしなんで黙っていたが、もしやTVで見たのかも。


「一応は生き物だし、見えるかどうか分んないぞ?」

「うん」


 ちょっと待ってろと言いおいて、俺は仕方なく母屋へマグを連れに戻った。玄関戸を開けて―――なぜかマグは三和土の上にちょこんと座って俺を待っていた。


「なんだよ…俺が迎えに来るのを待ってたのか?」

「うにゃぅ」

「異世界の豹が、お前に会いたいってさ」

「にゃう」


 理解してるのか?こいつは…。

 俺が手を差し伸べると、マグは自ら俺の腕へと抱かれてきた。

 会見が終わったら、もう一度清掃だなとやるせなく思いながら、抱いたマグと一緒にキッチンカーへ乗り込んだ。


「お待たせ―。見えるか?」


「……あれ?」


 俺が窓に猫を近づけた途端、フィヴはマグを凝視しながら眉間を寄せた。

 見つめ合う一人と一匹は、なんだか分からんが睨み合った。


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