足りない何かと拾い猫
今回のクッキーでも、中井たちはフィヴの世界と繋がれなかった。相変わらず、曇りガラスの向こうから届くクッキーと俺が伝えるフィヴの発言内容のみの、不可思議な間接的異世界交流だった。
ただ、ここまで来たら「信じない」って意見は無くなったが、今度はケモ耳人種に大いに好奇心を刺激されているらしく、チョリお姉さんと呼ばれた野々宮さんの萌えが爆発中だ。
生フィヴ嬢の声で呼ばれたい~!とわざとらしく切なさを演出し、透瀬はいいなぁ…と恨みがましく睨みながら呟くのには参った。中井に助けを求めると、俺も同意だと敵に回り、孤立無援な俺は呆れながらも頭を悩ませた。
何をどうすれば、フィヴと中井たちの縁を結ぶことができるのか。
レイモンドの世界と繋がったことは、言わば結果論であり偶然の産物だ。血族以外は無理と聞いただけに諦めていたし、まさかドラゴン肉で…といまだに釈然としない。なんともモヤモヤした感情が心の隅に残っている。
「俺の時は、異世界の神とジィ様の満タン時の神力を使用したからなぁ。まぁ、それは神様たちに事情があったからだしぃ?」
魔力と神力。
魔力は俺やフィヴの世界には皆無だし、神力は使わざるをえない状況だと神様が判断して行使する力だ。どちらも俺やフィヴが「使いたい」と言って使える力じゃない。
こうして考えてみると、俺の異世界交流とは他力の上で始まって続いてる現象なんだよな。俺の力なんて、何一つ使われていない。
これは凄い奇跡なんだと感慨深く思う反面、俺と言う存在は必要なかったんじゃないかと…なんだかやるせない気分になった。
中井たちを見送った後、カンテラは母屋に戻して来たし、月光と街灯の仄かな灯りだけの店舗内は俺の感傷をやんわりと受け止めてくれる。
何もない暗がりの隅で、コツンと音がした。
―――お前さんがおらんかったら、あの二人はこちらへ来れんかっただろう。お前さんは己を無力と卑下するがのぉ、お前さんの料理と心意気が彼らを、そして異世界を救ったのは事実。それにな、お前さんが儂を買い取らんかったら、儂はすでに廃車になって鉄屑に変わっておった…―――
ひと気の無くなったキッチンカーに、いつもと違うジィ様の物悲しい声が響いた。
「神力はあっても、主体は持ち主…ってこと?」
―――そうだ…。この本体があってこその付喪神だからのぉ。誰も要らんとなれば、儂には解体が待っとる―――
「や、ジィ様は大型車で立派だし、中古でも海外へってこともあるかも知れないっしょ?」
―――あの時点では無理だったろう。お前さんが改造してくれたから、こうして長生きしておるんだ―――
「止めてくれよー。なんだか照れるって…」
付喪神から感謝される俺…。
でも、それも神が用意した運命だったりして?俺がジィ様と出会うための道筋を、どこかで細工したかも知れない?
となると、『愛彩』の火事すらも…ああ!なんだか変な方向へ疑心暗鬼になりだしたぞ!
―――これこれ!お前さんと儂の縁は、疾うの昔から決まっておった運命の一つだ。あの時、お前さんは運命の分岐点に立ち、儂をどうするか選択しなくてはならんかった。そこにはどんな神の意志も入り込んではおらん―――。
エンジンがかかっていないのに、なぜか車体が微振動した。お?ジィ様が拗ねたのか?
「ジィ様、老体なんだから無理しないでくれよ。またシノ社長に怒られるって」
せっかく車検で整備してもらったばかりなのに、またどこかに不具合発生となると、次の点検で胡乱な目で見られる。どんな手荒な乗り方してんだ!ってさ。
でも、俺の忠告にジィ様は、何の反応も示さなかった。静かな闇と空間だけが残り、ジィ様の気配が消えた。
結局、ジィ様から何がしかのヒントや助言を貰う前に機嫌を損ね、俺はすごすごと母屋へ帰って寝るしかなかった。
◇◆◇
妙な猫がいるなーと気づいたのは、盆休みも後半に差し掛かった頃だった。
午後だけの営業にも慣れ、いつもは勤め時間だけにキッチンカーを知らなかった新規さんが、ぱらぱらと常連へシフトしてくれる様になった。平時は通勤路が違っていて出会えなかったが、帰宅時に寄るわと言ってくれるパートママさん達が主だけど、中には夕食作りをしている女子学生さんがいたりした。
一度お試しで一品購入してみて、その後は度々のご来店になるっつーことは「美味かった」って意思表示だから、覚えのある顔が再度来てくれるのは嬉しい。
そんなお客さんに手を振って、さて閉店だとキッチンカーから降りた所で、車体の下から掠れた鳴き声が聞こえた。
「やっぱり猫だったんだ…?」
掠れてガラ声になって、きっと迷子か野良で鳴き通しだったんだろう。数日前からどこかで何かの鳴き声がすると気づいていた。だが、周辺を探し回ってみたが発見できなかった。このキッチンカーの下で蹲っているヤツが、きっと鳴き声の主だろう。
舌を鳴らして呼んでみたが、猫は車体の下から俺をギョロリとした大きな眼で凝視するだけで動かなかった。仕方ねーなーと、ハムの切れ端を持って来て誘ってみた。
恐る恐る鼻をひくつかせて出て来たのは、薄汚れてパサパサの毛並みに妙な模様の成猫だった。
「ベンガル!?」
背中の骨が浮いて痩せ細った猫は無心にハムを貪り、尖った目付きでちらちらと俺を見上げて警戒していた。
それにしても綺麗で変わった模様なんだが、敦の実家で飼われているベンガルって猫にもこんな模様が合った様な…。薄茶の地にロゼットって呼ばれる黒斑が特徴で、ヒョウ柄と言えば誰しも脳裏に浮かぶはず。そして、こんな模様のある猫は、大抵がショップ売りの血統のはず。それが、こんな場所で飢えて痩せ細ってるって?
「捨て猫かぁ?おい、お前はどこの子だ?」
食って無くなったハムを探して辺りを嗅いで回り、無いと分かると先程とは打って変わって哀れな声で鳴いて俺を見上げた。
ぐぐぐっ、あざとい!!薄汚れてガリガリのくせに!
「あ、佳奈ちゃん?了っす。おひさしぶりっす。猫を拾ったんだけどさ、そっちへ連れて行くんで帰りにキャリー・バッグ貸して欲しいんだけど」
もう一度ハムを進呈し、ヤツが食っている内に敦の妹である従妹の佳奈ちゃんを呼び出した。
兄が外科医で、妹はなんと獣医さん。ゴリラ兄の妹とは思えない小動物系外見なのに、大型犬をささっと保定して決して逃がさない剛腕。
「え?…いや、行きはダン箱にでも―――ええ!?いいって!待つの面倒くさいし…あ」
中身がゴリラな佳奈獣医さんは、休暇中の兄を俺の所に差し向けると宣言し、俺の拒絶に耳を貸さず甲高い声で「待ってて!」と言い放った直後に通話を切りやがった。兄と違って小柄な身体でちょこまかと動く外見リスなのに、人の話を聞かない所はそっくりだ。
敦が来たら、こいつは絶対に逃げる。それが野生の世界の常識!生命の危機には鋭い勘が働くだろう!
誤字訂正 4/1




