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女子はいつも真剣

「了君さぁ、車、どこかに乗り上げた?」


 バインダーに数枚の書類を挟んだ物を見ながら、ボールペンの尻で頭を掻き掻き、社長兼整備士のシノさんが苦い顔で訊いてきた。

 久しぶりの買い物から戻った俺に「終わってるよー」と声を掛けてくれた他の整備士さんに礼を言い、事務所へ入っていくと俺を待っていた若白髪に日焼けで黒い二代目社長が、手を上げながら寄ってきた。

 シノさんが言うには、車体の右側サスに過重の痕跡があるっていう話だった。

 それを聞いて、すぐに異世界同士の竜族幼生たちの移動の夜を思い出した。あの時、いきなり車体が右へと揺さぶられた。このまま横倒しになるんじゃないかとさえ思えたほどの、おっそろしい横揺れだった。

 たぶん、アレだな。


「え?…あー、あん時かなぁ。でも、その後すぐに定期点検に来たんで話しておいたっすけど、何も言われなかったっすよ?」


 俺が定期点検の話をすると、苦い顔が仁王のように険しくなって、バインダーの書類に忙しく目を通しながら、後ろのデスクに座っている事務員さんに相棒の定期点検のデータのプリントを頼んでいた。

 そして大きな溜息を漏らし、今はまだいいが、このまま放置していたら車軸がブレてハンドル操作に支障をきたしていただろう。事故にまで至らないだろうが、運転中に相当な違和感を覚えることになっただろうと告げられた。

 うおー!怖ぇ!

 営業車だからほとんど毎日運転している上に、車体がトラック並みにでかいから、雨の日なんか少しの蛇行で車体が左右に振られて制動不能になったりする場合がある。自損ですめばいいが、対向車がいたら…。それに、自慢できるほど運転が上手いわけじゃない俺がドライバーだぞ。うへ~。

 事務員さんからプリントを受け取ったシノさんは、マジで目を怒らせて整備工場へと走っていき、すぐに怒声が響き渡った。


 その後は土下座せんばかりの謝罪の嵐と、整備代に色を付けてもらって和解。若手整備士の未熟さは、その後に先輩が再点検してみせて指摘注意して勉強させる。その流れが、どこかでナアナアになっていたらしい。

 腹立たしさまでは起きなかったが、一歩間違えれば大事故の原因になることは肝に銘じてもらった。だって、こっちは金を払って、彼らに命の安全を保障してもらってんだからな。


 なんとなく軽く感じるハンドルに気を良くして、鼻歌を歌いながら家へと帰った。明日は日曜だから休業日。家事を終らせたら、店舗内の再清掃をしておこう。


 で、その日の夜に、またバカップルが手土産持参で玄関先に立っていた。

 もうさ、ウチに下宿する?なんつー冗談が喉元まで出かけたが、嬉々として本気にしそうな二人に慌てて飲み込んだ。


「今夜も月夜でーす。豹耳お菓子女子に会いに来ましたー」


 浮かれた物言いの野々宮さんに、俺は中井を半眼で見返した。いいのか、毎晩遅くまで連れ出して。そう視線に混ぜた俺の非難に、中井はわざとらしく目を逸らした。

 ところでドラゴンの肉だが、あえて残した肉を母屋へ持って帰ろうとしたら、なんとキッチンカーから一歩出た瞬間に店舗のカウンター上に逆戻りしましたぁ。テレポートってやつだな。

 その一部始終を見ていた中井の、近来稀に見ぬ興奮ぶりに俺は引いた。幼い子供みたいに破顔して肉の瞬間移動を繰り返していた姿は、異世界人との交流がなんだか地味に感じた。人のツボは分からん。


「野々宮さん、そこまでフィヴに会いたいのか…?」

「だって、天然ケモ耳女子だよ?それも特上美人だと聞いてるしぃ」


 特上って寿司かよ(笑)

 しっかし、このカップルの言葉の選び方は独特だよなぁ。他人の気配を残滓とか言う彼氏と、最上級美人を特上とか言う彼女…お似合いだよ!


 キーを差し込んでドアを開け、玄関灯の明かりだけを頼りに店舗内へ入って窓に指をかけた。そろそろと窓を引いて、その向こうを―――おお!?


「フィヴ!!」


 引きかけの窓を一気に開け放ち、木々の間を籠を手にまたクルクル回りながらダンスをしているフィヴを見つけた。


「きゃっ!…もー!吃驚したわよ!トールったら…。お久しぶりね」


 今日のフィヴはいつもの薄汚れた旅衣装と違う、初めて見る普段着姿だった。

 薄緑色のふわっとした柔らかそうな質の布でできたワンピースドレスに、オフホワイトのエプロンと皮のベスト。そして、なんと頭は可愛らしくリボンで髪を結い上げていた。 

「おお~!いつも以上の美人さんに変身したな!菓子屋の制服か?」

「そうなの。いいでしょう?トールの家で見せて貰った本に出ていた衣装を真似てみたの。似合う?」


 くるりと回ると、ふくらはぎ辺りの長さのスカートがふわりと広がる。その下が、無骨な皮のロングブーツなのはご愛敬だな。


「で?可愛い制服で売るだけのクッキーができたか?」


 そう質問すると、今までの機嫌が急降下した。へちゃっと耳が垂れ、すごすごと手にした籠を黙って俺に差し出して来た。


「…俺も食ってみるけどな、あのクッキーを作ってる俺の友人が味見をしたいって言ってる。いいか?」

「え?…そんなぁ!職人さんが食べても美味しくないわよーーっ」

「味見をして、びしっと教えてくれるってさ。お菓子を作りたいって女の子の夢を、応援したいって言っててな」


 雲っていた表情に、ぱあ~っと笑顔が浮かび上がる。まるで暖かな陽ざしが差し込んだ瞬間のようだった。


「よ、よろしくお願いします!」

「ほい。確かにお届けします」


 蔦で編み上げた少し歪な籠を持って、後ろへと踵を返した。


「ケモ耳美人さんから、菓子屋のプロに評価をお願いしたいそうだ」

「うわーい!豹耳女子のクッキー!!」


 なぜ、野郎の俺や中井よりもテンション高いんだ!?普通、そこは野郎どもが喜ぶポイントだろう?

 そんな俺の心情を無視して、野々宮さんは籠を奪うと中を覗き込んだ。

 

 そこには、質素な布の上に無造作に積まれた焼き菓子があった。薄く焼かれた黄金色の菓子は、砕いた木の実や干した果実が練り込まれ、俺が渡したレシピメモを基本にオリジナルへと発展させた様子が窺えた。

 

「では、実食!」


 かりっと小さな音でクッキーは割れ、口の中でほろほろとほどけていった。

 卵の風味と木の実や干し果実の甘みが口内に広がり、砂糖などの甘味は僅かしか感じられない。でも…。


「―――悪くない」


 それが俺の、本心からの感想だった。


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