あれ…?
トール君、ちょっと切ない過去…。
友人の実体験だ。そして、大笑いした立場の現在の友人嫁(笑)
昨夜は大いに盛り上がった。と、言っていいだろう。
ドラゴン肉の効果が切れないうちにとばかりに、あの地下倉庫に集合したオルウェン兄弟は中井にかぶりつきで話し出した。
初めての顔合わせだってのに、人柄も性格も関係無しとばかりに質問ラッシュを受けた中井は、いつものポーカーフェイスが間に合わず、ただただ圧倒されながら必死で応えていた。左手のルーズリーフと右手のスマホで、宗教の伝道師みたいだったのには笑ったけど、レイモンド達から見たらパンの伝道師だからあながち間違いじゃないな。
中井もデカい方だけど、オルウェン兄弟はもっとデカい。末っ子レイモンドは軍兵だから体を鍛えてるのは分かるが、商人の次男三男がもっと長躯で筋骨隆々としてるってのは納得できないが、きっと危険な行商の旅だったりして体を張ることが多いんだろう。
そんな奴らが覆いかぶさるように窓際に顔を寄せて、ちょい引き気味の中井に講義を受けている。一見すると、強面のイケメン外国人に寄って集られて道を聞かれてる、通りすがりの若者日本人だな。
野郎がわいわい言い合う中、時々野々宮さんが鋭い突っ込みを入れ、男たちの頭を冷やす。そして、また黙って聞いているの繰り返しが、後ろで聞いているだけの俺には鉄壁の協力体制に見えて、紹介した甲斐があったと満足した。
パン職人と菓子職人は、総菜料理人の俺より関係が近い。外国じゃパンは主食だが、日本じゃお菓子に近い物が溢れている。どっちにも属してるメニューは多いし、マフィンやスコーンなんて俺から見たらどっちなの?と思えたりする。
どちらも小麦粉と酵母使いの達人だ。会えば互いに情報交換をしてるのは知ってるし、どちらかの試作には必ず二人で向かい合っている。将来は一つの店で二つの商売をするんじゃないか、と彼らの両親は憶測しているようだった。
そんな研究熱心な彼らの柔軟な意識は、異世界に知識を広めることを厭わない。あやふやな知識しかない俺よりも、ずっと適役だろう。
実際に、俺じゃ判断が出せない質問にさっと答えていたもんな。
さて、そんな騒がしい夜を過ごした翌日。
俺は相棒のキッチンカーを、これを改造してくれた自動車修理工場へと預けに行った。
魔の自動車検査登録制度、通称では車検ってやつだ。
元々が中古なのだが、それにプラスして改造を施してほとんど毎日走らせている営業車だ。俺には何より大事な商売道具だけに、総合ドックの車検は最重要課題だ。
車検を通すだけでも懐は痛いが、これにあれこれ修理や交換となると…恐怖! だが、ジィ様にはもっと頑張っていただかなけりゃならないから我慢。無事に帰ってきてと祈るだけだ。
ジィ様が言っていた「溜めた付喪神の力がなくなる」ってのが、俺にはいまいち理解できずにいる。
確か話の主軸だった、異世界と繋げている不思議な力がジィ様の付喪神としての神力だってことは理解したが、それがなくなった時にこのキッチンカー自体がどうなるのかに関しては聞いていない。そこがなんとも不明でモヤモヤしてるんだが。
ただの改造車に戻るのか。それとも最悪の…廃車か。ジィ様の口ぶりからはただの車に戻ってしまうような感じだったが、力尽きたことでキッチンカーを包んでいた守護的ナニカが消え去ってしまうとか…そうなったら故障も近いとか?
どこを直したって中古は中古だ。本体自体がお年寄りとなると、神力が失せることによって一気にガタが来るんじゃないかと心配しきりで、ジィ様にズバリと訊くのが恐いんだよなぁ。
夏の半ばの蒸し暑さも最高潮で、来週からは始まるお盆の連休を前に、俺はぼんやりとドック入りする相棒を見送った。
車検の間に買い物へ行き、滅多に来ないショッピングモールを流しながらTシャツや下着なんぞを買い込んで、謎の味が売りのソフトクリームに手を出して後悔したり、仲良く並んでス〇バのカップを手にお茶する高校性カップルに内心で悪態をついてみたり…。
ふと、俺の青春が見当たらないことに思い至って凹んでみた。
こーゆー時、彼女がいたらなぁと思っちまう。
サービス業と言っても、俺の仕事は日曜は休みで土曜は午後の拠点だけだから、基本は土日休みみたいなもんだ。それに、仕入れの問題で月に二日は平日休みを取らないといけない日がある。これで相手が、土日休みや平日休みのどちらでもバッチ来いだ。
後は出会いと相性だが。出会いがなぁ…。
中井たちには、外で営業してるんだから彼女くらい見つけろと言われるが、お客さんと弁当屋でしかない関係を、親しく付き合う関係に持っていくのは大変な努力が必要なんだよぅ。それにな、午前中は社内に候補がたくさんいるだろう商社勤めのOLさん。午後はすでに既婚の女性ばかり。どちらも俺なんて眼中に無い。午後のお客さん相手じゃ、それはそれで大変なことになるって。
え?過去に彼女はいたのかって?
そりゃ、いましたよ。ただし、専学時代になるけどな。
それまで同じ年の彼女ばかりだったが、専門学校に入学して一年後に、同じ専科の二つ上の女の子から告白された。
明るくてムードメーカーなところがイイな~と思ったと言われ、とりあえずお付き合いが始まった。彼女は、高校卒業と同時に病気を患って入院し、俺より二年遅れで専学へ入学してきた。
卒業後はどこかのレストランへ修行に行って、いずれは店が持てたらと夢を語る彼女に、俺はその頃にバイトしていた弁当屋『愛彩』の正社員になるんだ。そしていつか弁当屋を開店―――そこで彼女は、一瞬だけ失望の表情を浮かべた。
そこから数日後に振られた。
『向上心が無い人とは、ちょっとね…』
ってのが、彼女の別れの理由だった。
それを聞いた俺は、ざーっと俺だけに聞こえる音と共に彼女に持っていた好感情が流れ去っていった。
彼女の中では、レストラン勤務と弁当屋勤務の間に得体の知れない差があるらしいと知った。
それを中井たちに愚痴った帰り道、野々宮さんが手を打ちながら「こうじょうしーん!」と叫びつつ涙を浮かべて大笑いした。
「俺は、了の向上心の方が怖い…」
俺の肩をポンと叩いて慰めながら、最後に言った中井の台詞がいまだに腑に落ちねぇ…。
はぁ、彼女が欲しいっす。




