僕の世界 僕の国
レイモンド君サイド
四男君、食いしん坊万歳!
ダロス大陸の中央辺りに位置するアルヴェード王国の王都ベンリス。そこで僕、レイモンド=オルウェンは男爵家の四男として生まれた。
この国の成人は18歳で、家禄を継げない僕は王国軍に志願して、家から独立した。貴族家と言っても、爵位継承できなければ、それは平民と変わらない。
父よりよほど出来の良い長兄が家を継ぐのは自然な流れで、次男も三男も成人の年でさっさと家を出て、今では二人で開業した商会を大きく育てて繁盛させている。
若い頃からモテまくりだった男前の父に似た三人の兄は、揃って長身痩躯に燃えるような赤い髪に蒼い目の派手な美形で、そんな多方面に才能を花開かせている兄たちから少し離れて生まれた僕は、母に似て淡い金のふにゃんとした髪に翠目のぼんやり顔の中肉中背平々凡々な冴えない四男。特技と言ったら剣を振るくらいしか能がないから、独立しても行く先なんて軍兵一択だった。
それでも初めに配属された国境沿いの辺境砦では、下っ端兵士の役目である夜間の周辺巡回を文句も愚痴も弱音も吐かずにやり遂げ、上官に気に入られて分隊長補佐に上がり、その一年後に王都への帰還辞令が出た。
やっと辺境砦から脱出だ!と喜び勇んだ20歳の春に王都へ戻ったが、配属されたのは王城周辺守備兵とは名ばかりの城門警備だった。
国王のおわす王城は二重の城壁で囲まれていて、その外側を幅広の堀が取り巻いている。城門守備兵は通行人の確認だけではなく、城門柵や跳ね橋の上げ下ろしも仕事だったが、僕の配置は王城敷地内の森林地帯に面した裏二番門と呼ばれるほとんど人通りのない城門警備だっただけに、はっきり言って暇で仕方なかった。
それでも夜勤じゃないだけマシで、交代の早朝に夜勤組との顔合わせには苦笑しかでなかった。
その交代時間は、朝の食事時が終わった少しあとの鐘三つ。日勤兵は起床と共に各々朝食を取りに向かうのだが、宿舎に入っている奴らは大変だ。古い宿舎にある食堂は収容人数が小さく、朝の込み具合では食いっぱぐれることもしばしばだ。ことに新兵や新参兵なんて先輩や上司の手前、下手に場所取りして食っていようものなら後が怖い。
だから空きっ腹抱えての勤務になる。
そんなある日の、交代少し前だった。
ご多分に漏れず、僕も眠気と空腹を抱えて配置場所へ向かっていた時、視界の端に妙な物が映った。
僕らの世界では、魔力という第三の力を使って魔法と呼ばれる技が使える。ほとんどの人間に備わった魔力を生活や仕事に使うのだが、並みの人間には生活魔法と呼ばれる初期魔法が関の山だった。家事のための着火や洗濯物を乾かしたり埃を払う程度のそよ風。手洗いや喉を潤すための水。多少の得意不得意はあるが皆それくらいがせいぜいで、それ以上の魔法となると、一部の魔力量の多い人たちの領分になっていた。
その中に、錬金術士という物作り専門の魔法使いがいる。彼らは高度な術で色々な物を創り出し、ことに錬金薬師は、高価で効き目抜群の薬を作れるために王族や高位貴族のお抱え職としては有名だった。
その錬金薬師は、一見客や貧乏人除けに店舗を魔法で見えなくして、上客顧客だけのために窓のみの営業をすることがあった。
視界に入った妙な物は、その営業用の窓に似ていた。けれど、こんな辺鄙な場所に加えて、王城敷地内に営業許可が出る訳はない。
眠気のだるさと空腹の苛立たしさの中、僕は無謀にも一人で奇妙な窓に近づいた。
ところが薬師の店だと思って声をかけてみたら、なんとそこはベントーという聞きなれない食い物を売る屋台なのだと、黒目黒髪に黄味がかった肌をした、見慣れない異国の風体の青年は言った。
確かに薬臭さは全くなく、代わりに空きっ腹を大いに刺激する匂いが窓から流れ出てきて、恥ずかしながら腹が盛大に文句を響かせた。
笑ってベントーを味見にどうぞと、差し出してくれた彼の名はトール。そして、彼はこの世界とは別の世界に住む異界の住人で、窓の向こうは僕らの世界とは違う異世界なんだと教えてくれた。
そう説明されたが、僕は半信半疑だった。
だって、言葉も通じるし貨幣通貨も同じだぞ? ただ、差し出された料理が、全くここいらでは見たことも無い形と味で、遠い異国の僕らとは違う味付けの料理なんだってくらいにしか証明できるものが無い。それだけじゃ、頭から信じられるわけなかった。
しかし…美味かった。遠い異国の謎の料理だが、とにかく美味かった!
そのベントーと呼ばれる持ち帰りの屋台飯は僕の懐具合にも優しくて、宿舎の食堂よりも安い価格で満足できる量の美味い異国飯が食えるという話だった。
これは、警備業務の一環だ!不審な店舗の確認だ!と自分に言い聞かせ、翌日の営業時間に来ると約束した。
銀貨一枚で、珍しい異国の美味い飯がたくさん食える。それも色々な種類があって、主食もパン(僕の知ってるパンより柔らかくて香りがいい)だけじゃなく米なる腹持ちの良い物も選べて―――美味すぎて泣いた。
なんと言っても、鳥を油で揚げたという『唐揚げ』と肉を細かく砕いて平たくまとめて焼いた『ハンバーグ』って料理は、味付けもソースも絶品だった。
こんなに美味いのに、聞けばトールは詳しく説明してくれる。商売人としてはどうなんだ?と心配になったけど、こちらの客は僕だけだし、あちらの世界では家庭料理の一つなんだとか。
そんな具合に朝食をトールの屋台で密かに購入できるようになり、僕の朝は空腹に悩まされることだけはなくなった。
自宅から通勤してくる相棒に、こっそり城門脇の待機所で食っているところを見つかったが、『卵焼き』を一つ盗られて「早出の屋台か?」と言われただけですんだ。
すんだが!俺の好物を!!許せん!いつか呪ってやる!
しかし、トールの国は凄いなぁ……。こんな美味いものが溢れていて、多種多様な香辛料と調味料があって…。
なんて、のほほんと呑気に思っていた時期が、僕にもありました。