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空想肉は、幻を現実化する

 珍味と言うのか、ゲテモノと言うのか。

 日本の料理店で、カエルや爬虫類や虫なんかを食材にした料理を『ゲテモノ・メニュー』と称して出すところがある。でも、国が変われば日常食だったりする。日本国内だって地方に行ったりすれば、昔から食べられている食材として紹介されたりする。まぁ、今じゃ珍味扱いの物も多いけどな。


 では、ドラゴンの肉は―――どうだろう?

 高級食材か珍味か、はたまたゲテモノになるのか?


「俺たちにとっては、どう考えても珍味だろう。どれだけ金を出しても食えないしな…」

「ドラゴンの肉を前にするとさ、珍味って言葉がなんだか安っぽく感じるよねぇ」

「珍しいどころじゃねぇよっ!この世界でドラゴン食ってるのは、俺たちしかいない!この先だって―――」

「はぁ、ビールが進むっ」


 なぜか野々宮さんの手には缶ビールがあり、中井の側にはワサビや醤油、酢とラー油の瓶が置かれていた。いつの間に母屋から持って来たんだ!でも、各種調味料を経て口へ入れたドラゴン肉は、とっても美味かった。


「ワサビ醤油は最高だよなぁ…」


 食に対する日本人の強欲さは、留まるところを知らないな。いや、日本人だけじゃないな。これは食に対して並々ならぬ興味と好奇心が溢れている人間の業だな。謎肉を躊躇いなしに口にして、それに自分たちの好きな味をまぶして楽しむって…。


「ありがとうございました!勝負は負けましたが、俺の気持ちとしては儲かりました!物凄く美味かったです!」


 テンション高く窓の向こうに礼を伝えた。美味さが引き出した笑みがおさまらない。美味い物は笑顔で。

 異世界三人兄弟は、俺の満足の感想に顔を見合わせて頷き合っていた。自信あったんだろうな。


「しかし…ドラゴンとは驚きでしたよ」

「おお、分かったか?」

「だって、この大きさの尻尾でジョアンさんの自信ありって顔を見ては、もうドラゴンしかないと。友達と意見交換した結果、満場一致でドラゴンでした」


 三人のニヤけた笑いは、俺が諸手を上げて「参った」と言うことを予想していたとしか思えない。でも、それがまた悔しくないのが悔しい!

 だってなー、絶対に俺じゃ用意できない食材だしな。これ以上とか以下とかの問題じゃなく、空想上の生物が存在していて、それを俺たちは食べてるんだ。口に入れて咀嚼して、味わってなお信じられないって心境だ。


「俺たちも、そう簡単には口に入らない物だ。今回の天災が切っ掛けで手に入っただけの品だ。色々あったが、それはそれ。使える物なら使うのが自然の理だ。それに俺は商人だからな」

「こちらの世界もそうですよ。害獣退治をしますが、食えるなら喰います!」


 害獣被害と天災級の魔獣急襲を同じに並べてはいけないかもしれないが、倒してしまえば同じ骸。後は価値の問題だ。ただの害獣の死骸か、商品として値が付くものか。商売人てのは、一般人と視点が違って当たり前。


「美味かった、その感想だけで用意した甲斐があったよ」


 レイモンドがしんみりと言った言葉が、なんだか心を打った。


「で、希少な物を食べさせてもらった礼にってことで、友人からこれを」

 

 俺の背中を突く手が掴んでいた数枚のルーズリーフを、そっと窓を通した。少しだけ劣化して薄茶色の紙に書かれた謎の文字列。そこには天然酵母の作り方を始め、小麦粉の種類や他の材料が羅列されていたはず。

 俺の抵抗がそれなりだったせいか、その紙を手にして目を通したレイモンドは、驚いたように瞠目して俺を見た。


「良いの…か?」

「友人がいいって言ってるんだから。構わない。分からないことは俺が通訳するし―――」

「その…トールの後ろにいるのが…友人では?」

「え?」


 俺は反射的に後ろを見返り、レイモンドと同じような驚愕の表情をしながらも缶ビールを飲んでいるバカップルを見た。あ、でも野々宮さんは、箸で摘み上げた肉を皿に落としてしまっている。うひひ。動揺が箸の先だけに現れてるってのは笑える。

 だから、これはいきなり視界が晴れたんだなってのが分かった。何気なく目を向けたら、さっきまで摺りガラスだった窓の外に、いきなり俺の話し通りの世界があるんだ。そりゃあ、驚くのも仕方ない。…んだが、なぜ突然?


「え、っと…レイモンドさん…?」

「ええ。お初にお目にかかります。トールの友」

「あ、俺は中井―――マサヒサ・ナカイです。パン屋の倅です」

「アタシはチョリ。ナカイの彼女でケーキ職人です」


 一瞬の動揺の後、彼らは俺を押しのけて窓に身を乗り出し、ハイテンションで自己紹介した。

 なんかね、雰囲気がファンタジー映画を見てはしゃぐ子供!肉を食った時と同様に、遠慮なんて見せずにかぶりつきで異世界へ上半身を突っ込んでいる。


「…ジィ様…なにこれ? 血縁しか駄目だったんじゃないのか?」


 俺は一歩引いて初交流を開始している中井たちの後ろで、暗がりに向けてぼそりと呟いてみた。


―――ドラゴンの肉を食っただろう?あれらの肉には魔力が満ちておるからのぉ―――


「へぇー…。じゃ、ドラゴンの肉を食えば誰でも?」


―――いや、場所はこの中で、主と縁があることが大前提だのぉ。儂の力が続く限りとも言えるが…―――


「なら、効力は短いとか?」


―――それは大丈夫だ。向こうの者と直接に縁を結んでしもうたしのぉ―――


 うわー! ドラゴン肉は、思いがけない効果を発揮してくれたもんだな。ジョアンさんたちだって、そんなつもりで用意してくれたわけじゃないだろうけど、嬉しい副作用だな。

 となると、だ。


「もう一つの世界とは?」


―――あちらはあちらの法則がある。魔力の無い世界だ。何かが縁になるやも知れんし、無いかも知れん―――


 フィヴの世界は魔法なんてない。ただ、俺やレイモンドとは違う生態の人々が生きて暮らしているが、そこに異世界を結ぶ《力》となるモノが存在するのかどうか。


「フィヴのクッキーが鍵になるか?」


 レイモンド以上に厳しい態度を取ってしまったが、あの折れそうに見えて柔軟な感性をしている彼女が、自分の夢の為に本領発揮していてくれることを願ってやまない。

 

 フィヴ、頑張れ!お菓子職人がお前を待ってるぞ。


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