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料理は世界の回りもの

 夜のキッチンカーの中は、清掃を終えた器具や備品に清潔なシートをかぶせ、そこから立ち上る薄っすらとした消毒液の匂いがする。

 食品や材料は置いておかないから、普段なら食べ物の匂いはしないけれど、今夜は異世界との取引があるんで美味そうな…いいや、美味い匂いが充満している。

 俺の後ろから二人の男女が神妙な表情で続いて乗車し、手にしたルーズリーフやコピー用紙をカウンター上に置いた。

 灯りは懐中電灯一本とランタン。まずはランタンを点けて、フィヴの世界へ繋がる窓へと視線を向けた。


「野々宮さん、そこの窓を開けてみてくれる?」


 俺が野々宮さんに頼むと、中井が胡乱気に俺を見返してきた。


「まずは、君たちが窓を開けた場合、どうなるのかを確認してるわけ。今まではさ、誰にも話してなかったから確かめてみたことなかったんだよ」


 窓を開けても、あちらと繋がらないだろうことは知っている。ただ、もう一度確認しておきたかったから。


「…何もないよ…。透瀬ン家の裏口があるだけ」

「OK。じゃ、一旦閉じて」


 次は俺が開けてみる。そっと、細目に窓を引くと、そこは薄っすらと日差しが差す森の中だ。

 少しだけ立ち位置をずらして、後ろの二人を振り返った。


「そこから窓の外は…どんな風に見えてる?」


 やっぱり俺ン家の勝手口なのか?と思っていたら、野々宮さんが目を細めて凝視していた。


「…外が見えない。何かさ…薄いカーテン…半透明なプラ板が窓にかかってるみたいな…」

「そんな感じだな…。さっきは夜だけどちゃんと勝手口が見えてたが、今は……駄目だ。何も見えない」


 それだけ分かれば結構だ。

 俺は難しい顔で窓を睨んでいる二人を放置して、窓の外へと身を乗り出してフィヴの気配を探した。

 どこかで小鳥の囀りと枝葉が擦れるざわめきが聞こえるくらいで、誰かが居そうな感じはしなかった。


「今日もフィヴは居ないな。まぁ、少し強めに言い渡してあるから、頑張ってクッキーを作ってんだろーな」

「厳しい先生だな」


 中井の僅かに非難が混じった揶揄いに、俺は苦笑だけ返した。

 次は、待望の異世界の美味い物取引だ。

 約束の時間にはまだ少しだけ早いが、友人たちを待機させている内情を話しておかないとならない。プロの技術者召喚なんだから、ここは是非とも喜んでもらわないとな。


「では、営業と行きましょうかね」


 今度はレイモンドの世界だ。こちらは屋外じゃないから窓の開閉に躊躇はしない。ごく普通に窓を開けて、その先に誰かが居るか居ないか。


「こんちはー!あれ?ジョアンさんだけですか?」

「おう!レイはもうすぐ来る。…いい匂いがするなぁ…」


 面白い人物だなとジョアンさんを見る。

 出会い頭は人間扱いしてもらえず、レイと会話をしている最中に、いきなり商人扱いだ。精霊から商人への認識変更は、彼の中でどうなっているのか。

 そんな彼と俺の前に、古ぼけた木の机が置かれ、その向こうには色も形もばらばらな椅子が三脚ほど並んでいた。

 まるでTVの前に置かれた食卓セットだな。そうなると、俺がTV画面か?


「この間はすまなかった。レイから話を何度も聞かされていたんだが、やはり己の眼で見るのと聞くのでは衝撃が違ってなぁ。あははっ」


 薄暗い灯り一つの中で、真っ赤な髪を振り乱して大笑いするジョアンさんは、商人と言うより戦士のような豪快っぷりだ。なにしろ着ている服装ですら軍兵のレイと変わりなく、よくよく見れば腰に細身の剣を佩いている。


「いや、仕方ないですよ。何事も自分の目と耳で確認しないと。人の話はその人物の主観が入ってしまっていますし、そちらの世界は魔術師だか魔導師だかって人がいらっしゃるみたいだし…」

「うん、あれはな…あまり人前に出てきたりしない者達だから、精霊とあまり変わらんがな」


 薬師の次は精霊で、やっと認識して貰えた俺は異世界人。精霊より希少価値ありそう? 

 ジョアンさんは大きめの椅子に脚を開いて座り、横に置かれた木箱の中から何やら細々とした物を出しては机に並べている。

 そこへ、レイモンドが焦った様子で走ってきた。


「待たせた!ジョアン兄さん、もう始めていたのか」

「美味い物は急がないと味が落ちる!」


 呆れ顔で肩を竦めたレイモンドは、俺を振り返ってほんの少しだけ目を伏せた。そこに、先日のやり取りの中で生じた罪悪感が見えた。

 だから、俺はそれを無視して明るい声で告げた。


「おう、レイ!今日は本職を後ろに待機させている。俺は無理だが、本職のパン職人が教えてやってもいいってさ」

「本当か…?」


 ジョアンさんの手伝いをしていた手を止め、レイモンドは目を見開いて俺とその後ろを交互に見た。

 いや、後ろは見えないって知ってるだろうに。


「血縁じゃないからレイ達とは顔合わせができないけど、俺が仲介に入るから」


 それだけ言いおいて、俺は背後へ頭だけを向けた。

 やっぱり二人には見えていない。カウンターに並んで寄りかかり、俺の後頭部をじっと眺めながら耳を澄ましていたらしい。


「声は?」

「聞こえない。お前が一方的に話しているようにしか見えない」


 ほーう。中井たちから見ると、俺は半透明のカーテンの中へ身を乗り出し、大きな独り言をぶつぶつ言っているようにしか見えないわけか。


「で、私は外へ回ってみたんだけど、窓は開いてるのに透瀬が見えなかったんだよ。不思議ぃ」


 微妙過ぎる不思議な現象を二人は確かめ合いながら、俺がこれから見せる確証を待っている。

 キッチンカーへ乗り込む直前、ジョアンさんと交換する料理以外の物を持っていないか、俺は野々宮さんの前で中井に全身を検められた。飴一つないことを証明し、キッチンカーへと入って、これからジョアンさんの提示した『異世界の美味い物』をこちらへと運び入れる。

 それを三人で食おうと思っている。


「では、ジョアンさん。俺の料理と物々交換する美味い物を出してください。俺の方は――――こちらを!」


 俺は考えた。

 レイモンドに売っていた弁当みたいに、ただその日のメニューに添った物を渡したって仕方ないって。

 パンと同様に、これを食べて美味い!と感じ、そしてそれを彼らが作って、世界へと伝えていける料理じゃないといけないんじゃないかと。

 となると、材料が問題になる。カレーみたいに複雑な香辛料を揃えないと駄目な物は、まだまだ早い。簡単な味付けだけど、彼らの食文化には新しい料理。


 じゃがいもと合いびき肉たっぷりのコロッケ。それに生姜でピリッとしたアクセントをつけた肉団子。どれも味はついているから、ソースや醤油は使わずにそのまま食える。


「あ…コロッケ」


 レイモンドの目がコロッケに釘付けになって、ぼそっと呟きが漏れた。


「このコロッケですが、衣がこれからレイが作りたいと言ってる白いパンからできてるんです。パンを乾燥させて、粉にした物をまぶして油で揚げてあるんですよ」


 俺はレイモンドに向けて、挑戦的に笑ってみせた。

 レイモンドが大好きなコロッケだ。作りたかったら、パンを完成させないとなー。




  



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