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夢を見るのは勝手だけれど

 フィヴが俺を見つけたのは、あの伝言メモが彼女の手に届いたのがきっかけだった。

 たまたま獲物を追いかけて森の奥へと入ってきた住人が、大木の幹にへばり付いている奇妙な紙を見つけ、大事な物だろうとすぐさまフィヴに届けてくれたのだと言う。


 彼女の世界では紙は貴重品で、有翼種の職人が手作業で作っているために各国の王城で働く役人や豪商の番頭くらいしか使えない。それがこんな所に貼り出してあるのだから、とても意味のある重要な伝言なのだろうと、拾ってくれた人は気を利かせてくれたらしい。

 雨が降る前で良かったと話しながら、伝言を手にした経緯を話してくれたフィヴは、以前とは違って柔らかい雰囲気の豹耳女子に変わっていた。

 あの少し険を残していたオッドアイは、屈託ない笑顔の中で優しく目尻を下げ、ちょっとだけ鼻にかかった笑い声と一緒にキラキラしていた。


「お父さん達と無事に合流できて良かったなぁ?」

「ええ、お互いに怪我もなくて…父さん達も母さんの夢を見たって言ってたわ」

「フィヴのお母さんは、皆の女神様だな」

「ええー?女神様に申し訳ないわ。ウチの母さんは、父さん以上の戦士だったのよ?父さん並みに背が高くて…違う一族なんじゃないかって噂されてて、いっつも怒ってたわ」


 旦那さん並みにがっしりした体躯の奥さん…。頭の中で想像すると、アマゾネスの女戦士を思い浮べてしまうんだが、当たらずといえども遠からずな気がする。

 フィヴが割と小柄なんで、戦士をやっている父親や兄貴はデカくても、母親は細くてしなやかな美人さんなんだろうと思っていたんだが…フィヴは誰に似たんだ?


「そう言えは、家族の話は初めてだったなー?」

「うん…あの時は、あまり口にしたくなかったから…」

「そうだな。でも、本当にどっちの家族も無事で一安心だよ。これで心おきなく暮らせるな?」


 竜王の最後は壮絶だったと聞いた。病死なのか、神の沙汰なのか分からないが、残された竜種たちは大変だろう。

 互いに訳の分からない災厄に巻き込まれ、終わってしまえば意味の無い恨みだけが残されてしまった。神様に訴えたって、死んでしまった者たちを生きて帰してもらえるわけはないだろう。ただ、この理不尽な恨みが、次の戦いの火種にならないことを祈るしかない。


「…私が話した神様の不手際に関しては、父と兄が獣王の下へと伝えたの。竜種の王女との話し合いには必要なことだろうから。信用してもらえるか分からなかったのだけど、神様の贖罪と思われる現象が起きてるから…大丈夫みたい」

「神様の贖罪?」

「ええ。獣種と有翼種の両方に、長い繁殖期が来てるの。時期は違うし、こんなに長いことは今までなかったのに」

「ええええ!?産めよ、増やせよかよ!?そりゃ、神様はあんまりにも安直なんじゃ…」

「ほんと吃驚よ!通常は多くても一人か二人なのに、やたら多産な妊婦さんが増えてるって。で、それも安産だって話しだから、神様の贖罪なんだろうって」


 なんだ?このあまりにも原始的な解決策は。それでいいのか?この世界…。いや、恨みつらみを募らせて争いへ向かうよりはずっと平和的だけどさ。


「でね?もっと面白い話があるのよ!あのね、大陸の東の果てに、巨大な湖があるのだけれど、そこに今まで見たことの無い生き物がたくさん生息し始めたんですって」

「なんじゃ、そりゃ!」

「話を聞いてみたら、どうもサカナみたいなのよ。大小様々な大きさで、焼いて食べたら美味しかったって噂が凄い勢いで大陸中を駆け巡っている最中よっ」


 それは淡水魚だな。今まで居ないと思っていただけで、実は生息していたとかではないのか?

 それとも、神様の贖罪の一部として、魚っつー生き物を追加したとか…天地創造中かよ!


「父さんと兄さんに『サカナのひらき』を食べさせたから、今、その生き物がサカナなのか確認に飛んでいったわ」

「生で持ってきても腐るだけだぞ?」

「大丈夫よ。絵に描いて、こんな形ならサカナだって教えておいたし、お腹の中を出して塩で漬けて持ってきてとも伝えておいたわ」


 いつの間に、そんな保存方法まで学んでいたんだ?食い意地なのか?食い意地なんだな!?それも親子揃って!

 

「これで色んなことが元に戻ったら、やっと安心して暮らせるわ」

「今度はフィヴが、さっさと彼氏を見つけて二人を安心させないとなー?」


 俺がニヤニヤしながら揶揄うと、きゅっと口を尖らした。


「結婚するのは兄さんが先よ。私はやりたいことがあるの!」

「へぇ~?何?」

 

 窓の側から少し離れ、柔らかい下草の上でフィヴはくるくると回転しながら歌うように告げた。 


「私はねー、お菓子屋さんになるのー」

「……」

「トールの所で売っているクッキーみたいに、とても美味しいクッキーを作って売りたいの。だから、作り方を教えて?」


 俺は一瞬、呆気に取られた。俺は製菓は知らん。作れてもホットケーキくらいだ。


「あれは、俺が作っているわけじゃないの。専門家がいて、その人が作った物を俺が代わりに売っているんだよ。だから、レシピは知りません」

「えー!?そんなぁ…」


 そんなぁと、言われてもなぁ。こればかりは、俺にはどうすることもできない。口に入れて食ってしまえば、料理も菓子も同じ『食べ物』なんだが、それを作る職人は全く違う。菓子職人は、俺からしたら化学者だよ。


「それにな、菓子って難しいんだぞ?材料をきっちり計って手順をきっちり守らないと、ほとんど失敗する。それに、そっちの世界に材料があるかどうか…」

「材料?小麦粉とお砂糖と卵と…ミルクと…?」

「…バターに香料だな」

「バターって…?」


 ああ、駄目だな。

 これじゃ、幼稚園児が将来の夢を聞かれて「お菓子屋さん」と答えてるのと変わらん。あんな小さな食べ物だから、すげー簡単にできると思っているのかも知れない。


「フィヴ…これから一番簡単な作り方を書いたメモを渡すから、自分で材料を集めて作ってみろ。失敗してもいいから作ったら持ってこい」

「う…うん」


 いつもにこにこしている俺が、珍しく眉間を寄せて真剣な顔で話す内容に、戸惑いながらもフィヴは素直に頷いた。

 俺はスマホでお手軽クッキーのレシピをネットから拾い、材料と分量、手順とオーブンの熱さや時間をメモにぎっしりと書き出した。

 ラップだの計量器だのは無いだろうから、その辺りは対比に変えたり濡れ布巾に変えたりしてみた。そこへ行くまでに、まず材料を集めることができるのか、だ。


「ほら、これ。分からなかったら誰かに聞いてみてもいい。ただし、作ってもらうのは無しだ」


 俺が書いた細かい文字が、フィヴの世界の文字に変化した。無い材料は文字が変わらないらしいので、全て存在しているのは確認できた。

 問題は、それをフィヴが自力で見つけて作業まで辿り着けるか、だな。


「が、頑張ってみるっ」

「おう、楽しみに待ってるぞー」


 食い物に関して甘い顔はしない。

 作るまでなら笑って教えてやるが、売るという商売人の心がそこに出現するならば、それがどんなに厳しいものなのか知って欲しい。それを理解してなお続けたいと夢見るなら、俺は俺の伝手を紹介しよう。

 たとえ、顔を合わせられない立場であっても。

 

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