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なぜに俺の予測は斜め上?

 家庭料理の定番と言えばカレー。

 学校の調理実習や野外活動の定番メニューでもあるカレー。

 ルーから作る人もいれば、市販のルーを混ぜ合わせて家の味を作る人もいる。牛が良いと言う人もいれば、豚!いいや、鳥!と主張する人もいる。

 芋一つとっても、煮崩れてとろっとしたカレーがいいから男爵イモを使う人もいるし、ごろっと大き目の具が入ってる方が好きとなればメークインあたりか。辛さの好みだって千差万別で、万人全ての好みに合うカレーなんて専門店でない限りは無理だろう。

 そんな色々なカレーが世の中には溢れているんだが、ウチの自慢のカレーは、豚ブロックをこんがり焼きつけて小口に切り、大量の玉ねぎと共にぴりりと辛めの自家製ルーで煮込む。二種類の芋を使ってこってりしながらも、人参やトマトやパプリカなどの具は適度な大きさのコロコロだ。なんせ丼物メニューなんで、大きすぎる具は偏りを生むし、さらっとした汁じゃ飯に吸われてカレー丼に見えないからな。

 そんな絶妙カレーの最後の煮込みをしながら、細く開けた窓の外へと得も言われぬ香りを送り出している。


 で、魅惑の香りの罠に、見事に引っかかりました。

 血相を変えたレイモンドと、その兄が。


「トール!」


 蝋燭でも懐中電灯でもない不思議な照明道具を手に持ったレイモンドが、俺の名を呼びながら困惑顔で部屋へと駆け込んできた。 


「おう!元気だったか?」

「それどころではない!兄に見つかってしまったじゃないか!?」


 え!?と驚いて焦りまくっているレイモンドの後ろへ視線をやると、彼に似てはいるがカラーリングと体格が全く違う男が、俺を凝視しながらあんぐりと口を開いて突っ立っていた。

 お?この人は、前に偶然遭遇してしまった赤毛のお兄さんじゃないか?


「悪い。窓がここに繋がったことを、早く知らせないとと思ってさ。なんだか人の家の中みたいだし…」


 俺が悪びれることなく謝罪したことで、レイモンドはそれ以上の怒りを持続できずに肩を落とし、呆れたように笑った。


「ここは兄の店の倉庫だ。数日前から嗅いだことの無い匂いがすると兄が騒ぐのでな…まさかと思いながらも、今日は来てみたんだが、カレーの香りがすることに驚いたぞ!」

「やっぱりカレーは一発だなっ」

「…トール…能天気過ぎだ…」

「すまん!なんかさ、全く知らない建物の一室みたいだし、レイと再会する前に、別の誰かに見つかるのは仕方ないかと開き直ってた」


 それを聞いて諦めたのか、レイモンドは頭を掻くと後ろを振り返ってお兄さんを呼んだ。


「三男のエリックだ…」

「こんちはー。俺はトール。レイモンドの友人です」


 エリックさんは化石になったように、レイモンドの呼びかけや俺の挨拶にも微動だにせず、戸口から入って来ない。それどころか段々と顔色が青白くなっていき、しまいにはじりじりと後退りながら戸口から消えた。


「はぁ!?」

「お、おい!エリック兄さん!」


―――た、大変だ!! レ、レイが古代の精霊と話しているぞーー!!―――


 あまりのことに呆気にとられて出遅れたレイモンドが追いかけようと足を踏み出したが、続いたエリックさんの叫びを耳にして断念したらしい。

 大音声の叫びと足音が、凄い速さで遠ざかって行くのを背にして、がくりと膝を折ってしゃがみ込むと、「…我が兄ながら…」と歯ぎしりしていた。


「お、俺はいつの間に精霊にっ!ぶはっ!!」


 俺は俺で、不法侵入どころか古代の精霊扱いに、腹を抱えて大笑いするしかなかった。

 大体、レイモンドより屈強で強面なイケメンが、長々と我を忘れて俺を凝視していたと思ったら、次の瞬間には精霊と来たもんだ。なんだ、その乙女の発想は!と。


「トール…いつまで笑っている…」

「ゆ、幽霊ってなら分からんでもねぇが、なぜ精霊…なんだ!?」

「ここはな、古代の人々が暮らしていた深い地下なんだ…。そんな場所で、壁から上半身だけ出てきていれば、古代の精霊と間違えられてもおかしくはない…」


 ようやく笑いの発作から立ち直り、窓から身を乗り出して灯りに照らし出された室内を見回した。

 明り取りの窓が無いだけに、今が昼なのか夜なのか分からない。倉庫となると、人が住んでいるわけじゃないからあまり人目は気にせずにすむか。


「へぇ~…地下にしては息苦しくないな?」

「風を通す魔道具が随所に設置されているからな。…ところで、なぜ場所が変わったんだ?」


 脱力から蘇ったレイモンドは立ち上がり、疲れ切った顔で扉を閉めて閂を下ろすと、俺の前に木箱を一つ置くと腰かけた。


「月夜に窓が繋がっただろう? あれが切っ掛けで、片方なら繋がるようになったんだってさ。で、それが理由で昼間の拠点で繋がっていた場所は消滅した。あれは、例の件で神様が勝手に繋げた場所だったってことで、必要なくなったと言ってた」

「フィヴの方もか?」

「おう。レイ達とは縁が繋がっているから、近くに移動したんだと。フィヴの方は、森の中に引っ越した」


 灯りが一つだけだからだろうか、正面から見る彼はなんだか少しやつれた様子だった。


「…こちらに戻って、父達に神の不手際に関しては話したんだが、トールに助けられて異世界へ避難していたことは黙っていたんだ…」

「なるほど。だから、さっきは驚かれたのかー」

「トールの話までしたら、まるで夢物語だからな」


 それには苦笑して頷くしかない。神の失敗話だって信じられない内容なのに、それが原因で異世界に連れ込まれたなんて言っても誰も信じないって。


「しっかし、レイに最初に出会った時は魔法使いの薬師?だっけに間違えられたのに、なんで今度は精霊なんだよ?」

「店を隠す薬師でも、さすがに他人が所有する室内に隠しはしないっ」

「おー、そっかー。しかし…どうする?誤魔化すなら、当分は窓を開けずにいるけど?」


 う~んと唸ったレイモンドはしばらく瞑目すると、今度は乱暴に頭を掻き、ぱんと膝を叩いて立ち上がった。


「今夜でもきっちり説明する。エリックと出会ってしまったし、話したいこともたくさんあるし!」

「おう。そうしてくれるとありがたい。あ、あのな。俺とこうして会えるのは、レイの血縁者だけらしい。親しい人や友人なんかじゃ、顔すら合わせられないって話だ」


 俺の説明に、目を見開いて首を傾げる。イケメンがそんな可愛い仕草をしても似合わんぞ。


「なんだかよく分かんないが、縁なんだとさ」

「…承知した…」


 肩を落として閂を上げるレイモンドの背中を見送りながら、乾燥して丸まったまま壁にへばり付いていた張り紙を剥ぎ取った。必要なくなったメモ用紙は、窓のこっちへ戻したら薄汚れてぱりぱりした白い紙になった。


「…ところで、カレーは?」

「これは明日の営業用だ」


 ニヤリと悪い笑みを投げて、ゆっくり窓を閉めた。

 最後に、レイモンドの舌打ちが聞こえた。


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