神の罪
父達と再会し、互いの無事を確かめ合って号泣し、今まで我慢していた思いを涙と一緒に吐き切った後、二人に連れられて新居へと向かった。
泣きすぎて腫れぼったい目元が恥ずかしく、父の胸にしがみ付くような状態で、無事を喜びに来てくれた一族の人達の間を通り過ぎた。それがまた嬉しくて涙が浮かび、大人たちが父に情報を伝えている間、通りがかりの者が私の頭を撫でたり肩を叩いたりしていった。
多くの一族が助かっていた。それだけじゃなく、他族の知り合いも無事に帰ってきていた。あちらこちらで抱き合い喜びを交わす声が上がって、でも中には悲鳴のような泣き声を上げて動けなくなる者もいた。
新たな家は以前とは違う大木の根元に建てられており、僅かに小さな規模になったけれど、暖かで心地よい空間が出来上がっていた。
父に私の部屋だと教えられた樹の匂いのする小部屋へ入り、汚れた装備を脱いで用意されていた桶の水で身体を洗い、新しい服に着替えると寝台へ身を投げた。
どうしようかと、頭を抱えて悩み始めた。
父と兄が話してくれた内容から、竜王の急逝は事実なのだと知った。
たくさんの流れ星が降った夜、側近たちの目が僅かに王から離れたその時、いきなり天を仰ぎ見て血走った眼を見開いたかと思うと、何事かを呟いて絶命したと言う。
そして、その直後に王妃はたくさんの卵を産み、産後の疲れを顧みずに戦争終結を宣言したのだそう。それきりドラグーラ国内が混乱し始めたため、落ち着くまで三か国会談は待ってくれと通達が来た。
それを聞いた二国の王は、使者相手に大激怒した。
当然の反応だ。こちらは訳も分からず宣戦布告された上に、あわやこの世から殲滅される寸前だったのだ。なのに、またもや急に終結宣言をし、説明は後でするとはあまりにも勝手すぎる。
しかし使者は額を地に擦りつけて懇願し、埒が明かないと痺れを切らした二人の王は不承不承頷いてみせたと言う。
無事に子供の魂は母の下へ戻れた。でも、その分…いいえ、それ以上の魂がこの世界から消し去られた。
誰の罪なのか―――――神様?
ごろごろと寝台を転がり、悩みに悩んだ末に事の真相を二人に話すことにした。
ただ、獣王様に伝えるかどうかは二人の判断に任せることにした。私の話を聞いて、それを夢幻と切り捨ててもいい。与太話だと笑い飛ばしてもいい。
トールから渡された、少なくなった差し入れの入った袋を胸に、私は二人が待つ居間へと降りていった。
「父さんと兄さんには、ちゃんと話しておきたいの。私が、どうやって生きて帰れたのかを…」
そう断って、二人を前に真摯な気持ちで事の成り行きを話し出した。草原地区の空き地で出会った不思議な青年トールとレイモンドのこと。トールは異世界で食べ物を作って売っている商人で、レイモンドはトールや私と違う世界から、トールの住む世界へ一時避難している人だったこと。
「その彼も…ドラゴンと呼ばれる竜種に襲われていたと?」
「ええ。彼の世界の竜は、魔獣と呼ばれる野生の生き物なの。とにかく大きくて空から群れで襲ってきて、王城すらあっと言う間に破壊されてしまって大変だったみたい」
「フィヴは見たのか?そのドラゴン…を?」
「見たわ。空の高い所を悠々と飛んでいるの」
少女の考えた夢物語にしてはあまりにも血生臭い内容に、父と兄はそれをただの妄想と切り捨てるつもりは無いようだった。
難しい顔で腕組みをし、フィヴに先を促した。
「私が彼らに助けられて、トールの世界へ避難した日の夜だったわ。トールが夢を見たの。幼い子供たちの声と老人の声だけの。そして翌日はレイモンドが―――」
その夢に導かれて、私たちはあのキッチンカーの中で衝撃的な光景を目撃することになったんだ。二つの竜の、子供たちの魂が入れ替わるために、私たちが世界と神に選ばれ、トールを通してその役目を負わされた。
「神の手違いかよ…」
兄が悔しげな声で呟き、両手で顔を覆った。
やりきれない気持ちだけが残る災厄。
「私もレイモンドも、魂が戻れたことは素直に喜んだわ。子供に罪は無いし、これで戦いは終わると…もうこれ以上失うことは無いと確信して…急いで帰ってきたの。
でも、失った人達は戻らないのよね。神様は…世界を大切に思っても、そこに生きる一人一人の生は些末な欠片でしかないのかも知れない…」
暖炉の薪がパチリと音を立てて爆ぜ、小さな火の粉を舞い上がらせる。無防備な一瞬の隙をついて火の恐怖が背筋を凍らせ、それを拭うために目を閉じて深呼吸をした。
それから―――異世界に居る世話好きな二人の笑顔を思い出し、袋の中から『サカナ』を取り出して火で炙った。
「なんだ?それは…」
嗅いだことの無い香ばしい匂いに、男二人の眉間が一層寄った。
「トールが最後に差し入れてくれたの。私の大好物。『サカナ』って言って、『海』と呼ばれる塩辛い水に満たされた大きく広い池に生きている物なの。―――はい、食べて」
半身しか残っていなかったそれを三等分に毟り、大き目の二切れを父と兄の手に渡した。
塩とサカナの脂が焦げた香りが居間中に広がり、訝し気に匂いを嗅いだり注視したりしている二人の喉が同時に鳴った。
「大丈夫よ!ほら!」
私は手にした最後のサカナを、大口を開けてぱくりと食べた。
ああ、美味しい。これにあの白くてもっちりしたお米があると、もっともっと美味しいのに。
数日しか経っていないのに、もう懐かしい色々な味。
「これは…美味いなぁ…初めての食感と味だ」
兄がにんまりと相好を崩し、口の中のそれをゆっくりと咀嚼して味わっていた。父も目を閉じて味わいながら、兄の感想に頷いていた。
「これが異世界へ行った証拠よ。私に、絶対に生き残るようにって言ってくれたトールが、最後に私に持たせてくれた食べ物よ。信じるも信じないも二人に任せるわ」
「ああ、分かった。フィヴの話を信じよう」
「で…」
フィヴはほっと吐息を漏らし、頼もしい家族を笑顔で見つめた。
が、父と兄はまだ匂いのついた己の手を、名残惜し気に見下ろしていた。
「で?」
「もう、無いのか?」
さすがは私の家族…と、食いしん坊な血族に大笑いするしかなかった。




