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家族との再会

 走った。

 脇目もふらずに走った。

 戦争の傷跡は残っているけれど、戦い自体はどこにも無い。だから、獣化に頼らず二本足でひたすら走った。



 トールの世界からこちらへ戻って、まず先にしたことは避難地区周辺を調べること。

 竜種に奇襲された時、皆は散り散りに逃げた。固まっての逃亡は絶好の的になってしまうと皆は身を以って知っているから、四方八方へと散った。

 私はとにかく街道から離れて、例の空地へ裏から回れるように点在する灌木の茂みへと身を潜めては走りを繰り返し、トールと会える木の側まで来たところで、他の仲間たちが襲われている場面にぶつかった。

 目の前で仲間が次々と敵の槍や爪の餌食になっていくのを隠れて見ているしかできず、自分の力の無さや不甲斐なさに涙するしかなかった。

 怖かった。獣種は強いと言われていただけに、あれほど簡単に屠られてしまう現実を目にして、私は恐怖に蹲ったまま身動きできなかった。

 その後すぐにトールたちに助けられたけれど、あの時彼らが助けの手を伸ばしてくれなかったら、私はどうなっていたんだろう…。その先を想像するのは、今でも怖い。


 結局は誰も見つけられず、すぐに諦めてその場を後にした。疲れたらトールが持たせてくれた『サカナのひらき』を少しずつ焼いて食べた。クッキーも少しだけ。

 街道を走っていると、避難していた様々な種族の者たちが私と同じく故郷へ向かって増えていく。まだ警戒心が抜けない人もいたが、一人ではなくなった安心感に少しずつ表情が和らいでいっている様子が見て取れた。

 この生き残ったたくさんの人達の中に、リーラ姉弟が紛れていますようにと祈った。

 ちょっとぼんやりさんなリーラだけど、その分は頭も体も敏捷で勘のよい弟たちが姉を庇いながら逃げ延びたはず。そして、私よりも先に進んでいっている。きっと。


「本当なのか?竜王ジェルシドが倒れたってのは…」


 野営の集団に紛れ込み、マントを被って眠っていた私の耳に、商人らしい男たちの話し声が飛び込んでいた。ここへ戻って初めて聞く竜種の情報に、眠気も飛んでじっと耳をそばだてた。


「はっきりしたことは判らんが、倒れたってのは本当らしいぞ。それで戦争を終らせたらしい」

「…罰が当たったんだろうよ…」

「全くだ。俺たちを皆殺しにして、やつらはこの世界でどうやって生きていくつもりだったのか…神様も慌てただろうに」


 バサリと羽ばたきが聞こえ、有翼種の商人が焚火の前で身体を伸ばした。


「ああ…これで商売が再開できると思うとホッとする」

「確かになぁ。だが、金はあっても物がなぁ…」

「とにかくライオット様の下へ行ってみて、だな。王都が無事ならそこに人も品も集まっているだろうよ」


 軽い笑い声が起こり、火の周りに座り込んでいる人たちの気配が和やかになった。

 

 竜王ジェルシドが倒れた。

 それが神の与えた罰なのか。

 それが本当なら、真相を知る私は神を軽蔑する。だって、そもそもの原因は神の不手際なのに。竜種の錯乱は、竜神が惑い荒れたせいなのに。

 憤りを消せないまま眠りについたためか、翌日は胸の奥がどんよりと重かった。



 故郷の森に着いたのは、こちらに戻ってから十日と少し経った頃だった。

 逃げ出した時は、樹々の全てを焼き尽くす勢いに見えた火災だったが、あちこちにぽつぽつと焼け野原があるだけで、森全体から見たらほんの少しだけ焼失したに過ぎなかった。

 最初に家々が焼かれ、その火の勢いに怯えて逃げ出し、隠れる度に火をかけられて森が燃えだし、業火の恐怖に森から離れた。あのまま踏ん張って森の中を逃げ隠れしていたら、平原での惨事に見舞われずに……いいえ、それは希望的観測でしかない。きっといつまでも森の中を追い回されて殺され、もっと森が焼失していただろう。

 ぼんやりと樹々を見渡しながら家のあった場所へと向かい、父達に再会できるかも知れないと期待した。


「フィーヴ!!」


 いきなり下草を撒き散らして、誰かが私に飛びついてきた。油断していた私は、抱きつかれたまま後ろへ尻もちをついて転がった。


「フィルダー…良かった。生きていたのね!?」

「それはこっちの台詞だよ! 今までどこへ逃げてたんだよ!? 皆で探し回ってたんだぞ!!」


 私の首に腕を回したきり倒れても離れないフィルダーは、私の従兄弟の一人だ。襲撃を受けた当初は親族数人と一緒に森を逃げ出したのに、すぐに離れ離れになって行方が分からなかった。私は草原へ向かい、彼らは森へと迂回して戻ってきたらしい。


「ずっと南へ街道沿いに逃げ隠れしていたのよ。それより、皆は?うちの父や兄は?」

「二人とも無事だよ!毎日フィヴを探し回ってて、戦争に出てる時より疲れ切ってるよ!俺んちも全員助かったけど…父さんが腕をやられた…でも命は助かった!」


 フィルダーを抱きしめ返し、互いの無事を喜び合った。命さえ大丈夫なら、それでいい。

 互いに頭を擦りつけ合いじゃれ合い、ようやく立ち上がってフィルダーの案内で家族の下へと向かった。


 父と兄の姿を目にした瞬間、堪えていた涙が決壊した。胸も息も詰まって、二人を呼ぶことすらできずに走り出した。代わりに、兄が私の名を呼んでくれた。


「フィ…フィヴ!!」


 並んだ二人の大きな胸に飛び込み、両腕を回してしがみ付くとわーわーと大声を上げて泣いた。

 頭の上で、涙声の父が何度も「良かった」と繰り返すのを聞きながら、私は泣き通した。


「母さんが夢に立ってな、お前は無事だと教えてくれたんだ。それを父さんに言ったら、父さんも同じ夢を見たと…」


 やはり涙声の兄フィヨルドが、私の頭を撫でながら教えてくれた。

 驚いて涙でぐちゃぐちゃな顔を上げ、涙目の兄を見上げた。


「わ、私も見たの。だ…だから、必死にな…なって帰ってきたのっ。良かった…ほ、本当に無事で…よか…ウウッ」


 おさまりかけた涙がまたぐっと込み上げてきて、気づけば三人で抱き合ったまま泣き続けていた。


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