神とドラゴンと僕らー2-
父と次兄に案内されて、薄暗い地下倉庫の奥へと進む。
倉庫と言ってはいるが、元は古代遺跡の一部だ。それも、太古の昔に存在していた地下を徘徊する魔獣の巣を古代の先祖が住居に使い、その名残がこの農地の各所に点在している。そんな遠くない昔には繋がっていたらしい穴倉は、今では落盤や土砂崩れで分断され、使い勝手の良い倉庫として重宝されている。
普段は商会が経営している農地で採れた作物を貯蔵したり、あえて地下で栽培する菌類作物の農地としても使われていた。
そして、今回のドラゴンによる大災害だ。地表からもそれなりに深度がある倉庫には、ドラゴンの攻撃はほとんど通じないし、あれらは地下まで潜り込んでくることは無い。絶好の避難所だった。
ここを所持していたのは不幸中の幸いだと先導する次兄は語り、扉付きの部屋へと入っていった。
「これは…」
見覚えのある馴染んだ家財道具や生活用品が、部屋の中に所狭しと積まれていた。
「オーラン小都から伝鳥が届いたのを切っ掛けに、本店の荷馬車を使って早急に引っ越した。安全が確認できるまで、当分はここ住まいだ」
安全が…か。
父達に真相を話しておいた方が良いのかどうか、話しても信用されるとは思えないが、末っ子の戯言と頭の隅にでも置いておいてもらえるだけでも良いか。
どうしようかと思案しながら自分の服を探し出し、見た目はすでに襤褸と変わりない内勤兵用の制服を私服に着替えた。
制服の内隠しで、チャリッと澄んだ音がした。
慌てて探ってみたら、革袋に詰まった銅貨と銀貨が零れ落ちてきた。そして――――。
「これはまた…なんと言う変わりようだ」
手に馴染んだ太さと長さの棒状の品が、よれよれになるほど書き込んだ手帳(これは紙が劣化していた)に刺さっていた。
あのツルツルした硬い表面は木工に変わり、そっと頭を押してみたら、なんと先端から小さく細いペン先が出てきた。ごくりと息を飲んで、部屋の隅に散らかされていた書き損じの紙の端にペン先を付け、ゆっくりと文字を書いてみた。
自然と己の顔に、笑みが浮かんでいるのに気づいた。
いったいどんな構造に変化させたのかとペン先の奥を覗きこむが、この灯り一つの薄暗い場所では無理だった。
カチッと音をさせてペン先を引っ込め、誰かの目を引かない内に手帳と共に上着の内へとしまった。
「神様からの報酬―――なのかなぁ」
僕が異世界へ行っていた証拠だ。誰かに見せるつもりはないが、これらは僕が僕のために残しておく宝だ。
◇◆◇
父と長兄は、僕の話を聞いて笑い飛ばさない代わりに難しい顔をして僕を見ていた。
こうして並んでいる二人が同じ表情をすると、本当によく似た親子なんだと分かる。二人の過去と未来の絵を並べて鑑賞しているようで、笑いが込み上げてきたが堪えた。
「それで、お前はそれを陛下に伝えたいと?」
「はい。もうドラゴンからの攻撃はないと。でなければ、いつまでも厳戒態勢を取っていることになってしまいます。国の復興は、少しでも早いうちが良いかと」
僕が無表情でつらつらと説明すると、苦い顔の親子は同時に盛大な溜息を零した。
「…それを、陛下が信じると思うか?」
「いいえ、全く。私が陛下のお立場であっても信用しないでしょう」
僕が父達に告げた内容は、降ってきた瓦礫に当たって朦朧としていたところを、避難途中の貴族に助けられ一緒に連れていかれた。長いあいだ意識が戻らず、その時に神から託宣を受けたと話し、異世界へ避難していたことまでは、まるっと黙っていた。それを付け加えたら、もっと信憑性が無くなる。
「ならば、その話を届けても無駄だろうが。どうせ信じてもらえないんだ」
「しかし、いつまでも不安に空を見上げながら避難生活をし、何もできずに座り込んでいるのは―――」
「馬鹿だなぁ。本当にうちの末っ子は真面目過ぎだ。そんな話を陛下の下に届けても、側近たちに戯言扱いで握りつぶされるだけだ。そこはな、俺たち『赤駒商会』の出番だろう!」
陽気な三男が積み上げられた木箱の陰から顔を覗かせ、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「どう…するんです?」
「うちの輸送荷馬車を使って、さも他国から情報が流れてきたと装って噂を流せばいい」
「しかし…」
「事実なんだろう!?」
「はい!」
「じゃあ自信を持って動け!もうドラゴンは来ない!事は神の間の問題で、それも解決を見た!そうだな!」
「はい!」
なんだかんだ理屈をつけてみても、結局は人が動き出さなければ何も進まない。それが国王様でなくてもいい。切実に生活の再開を待っているのは、市井の民達なんだから。
この世界は誰のものでもなく、僕らの世界だ。
こうして『赤駒商会』は、どんどんと王都へ衣食住に関わる物を運び入れ、元の場所に本店を建てて商売を再開した。食い扶持の無い僕は二人の兄にこき使われ、遠巻きに眺める人たちに笑顔を投げておいた。
少しずつ客足が増えていき、店頭で兄や店員たちが噂話として色々な情報を流した。それ一つだけでは悪目立ちするが、与太話を挟んだりしておけば皆は笑いながら聞いた。
悪い話ではないんだ。皆が今か今かと待っていた情報なんだから。
「これは…旨そうだな!」
「ホロホロ鳥と…小麦と塩…卵か?」
まず最初に新しい物が大好きな三男兄が歓声を上げ、好奇心旺盛で細部まで構造を調べないと気が済まない次男兄が摘み上げた。
ご名答!と手を叩いてやったら気を良くした次男が、躊躇なく口に放り込んだ。
本店の後に家を建て、今日は祝!完成晩餐会だ。
だから、僕はあちらで習ってきた”鳥のから揚げ”を作って出した。トールの横に立ち、指示を貰いながら材料をまとめ、何をどう入れるとどんな味になるか、をしっかり脳に蓄積させて。
そして、僕がトールと初めて出会った時に彼が味見させてくれた総菜だ。
「う…美味い!!なんだ!?なんなんだ!?これは!!」
「この下味は…あの臭い葉物だとぉ!?」
「静かに食べなさい!!お行儀の悪い!!」
と、兄たちを叱りつけながらも自分の分はすでに食べ終えていた母は…。
「どうぞ、母上。今日までご苦労様でした」
「やーねーっ!おほほほ。レイモンド…ありがとう。」
僕によく似た柔らかい金の髪を今夜は綺麗に撫でつけて、大切にしまっていた父との思い出のドレスに着替えた母は、それはそれは美しかった。
ただし、僕の食い意地すら母に似たんだと思うと、ちょっと切なかった。
ところで、どうしようか。
商売人の兄二人の目がギラギラ輝いて、唐揚げを解体しながら口に運んでいるのが、視界の隅に映っているんだが。




