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神とドラゴンと僕ら-1-

 廃墟と言っても過言ではない風景が、走っても走っても途切れることなく目の前に出現する。あまりの変わり様に、今いる場所がどこなのかさえ分からなくなりそうだった。

 

 あの時、トールへ一言伝えてから避難するつもりでここへやってきたが、結果的にはトールの世界へ逃げ込む羽目に陥った。その頃はまだ第一城壁が城を覆って聳え立ち、そこに王城守備隊の魔法使いたちが各属性の障壁を張って防衛していた。高知能とは言え所詮は魔獣相手の戦いだから、高度な戦略や戦術は必要ないだろうと軍上層部は防衛に力を注ぐ決定をした。ゆえに、障壁の無かった第二城壁は早々に破壊されたが、第一城壁と王城だけは絶対に無事だと思っていたのだが…。

 走る僕の横には、城壁どころか王城自体がただの瓦礫の山に変わっていた。頭を目一杯に反らして見上げなければ頂天が見えなかった外壁や王城は、いまや広大な敷地に転がる巨大な岩の欠片や砂利と化し、もはやここに王城が聳え立っていたことが幻だったのではないかとさえ思えるほどの、徹底的な破壊の(あと)だった。

 王城でさえこの有様だ。街は、人は。焦燥感が胸につのり、走りを急かす。


 瓦礫に埋もれて用をなさなくなった堀をどうにか渡り、王城前広場へと着いた。

 広場には生き残った王都の民たちが避難してきており、野戦場さながらの光景が広がっていた。あちこちで炊き出しや怪我人の治療が行われて、疲れ切った人々はいまだ不安げに空を見上げながら動いていた。

 足を止めることなく貴族街へ向かいながら、顔見知りがいないかと避難民の間へ視線を流すが、絶望が色濃く浮かんだ彼らの顔を目にすることは苦痛だった。


「レイモンド!!」


 見知った顔を見つけられないまま貴族街へ入ろうとした時、遠くから僕の名を叫ぶ男の声が耳に届いた。

 どこもかしこも人ばかりで、足を止めて声がした方向へ目を向けてもすぐに見つけられない。


「レーイ!!こっちだ!」


 僅かに残された街路樹の根元で、青い髪のひょろりとした姿の男が両手を振り上げて僕を呼んでいた。


「ジョシュ!よく…よく生きていたな!!」

「当たり前だ!俺を簡単に殺すなよ!」


 固まって座り込む人たちの間を掻き分けながら近づき、煤けて判別しにくかった相手が別部隊の知人だったことに気づいた。僕の部隊が帰還した直後に、戦地へ向かった第二陣の中に入っていた奴だった。一番危険な状況の中へと向かったのに、こうして五体満足の状態で再会できたことは嬉しかった。


「それにしても…酷い状況だ…」

「酷いって、お前も王都に居たんだろう? 何をやっと気づいたようなことを」

「崩れた城壁の欠片に当たって、ずっと意識が無かったんだ…」


 嘘をつくのは心苦しかったが、真実を語っても信じてもらえそうにない。それこそ人事不省に陥ってる間に、都合の良い夢でも見ていたのじゃないかと笑われてお終いだろう。


「おいおい!お前こそ大丈夫なのか!?」

「ああ、すでに怪我は完治して体調も万全だ。避難中に私を救ってくれた人がいてな、その人に王都まで送り届けてもらったのだ」

「…だからか。この状況に驚いたのは」

「街はやられていても、城だけは無事だろうと思っていたからな…」


 僕らはおのずと、城壁と城があった方角へ視線を向けた。

 あの無骨ではあったが重厚かつ堅牢な王城が消え、遠くに横たわる山脈が望める。こんな風景は、見たくなかった。

 

「陛下は…王家の方々はどうされた?」

「妃殿下は王子王女共々辺境伯の別邸へと避難され、陛下は側近と共に国境沿いの町へ、隣国の使者と会見を行いに向かったよ」

「他国は…無事だったのか?」

「いや…ほとんどの国が襲われたらしい。ドラゴンの被害に全く合わなかった国は無いだろうという話だ。いったいなぜ…」


 項垂れながらその場に座り込んだジョシュの肩を励ますように叩き、僕は家族を探しに行く旨を伝えて彼と別れた。

 王都や周辺地域の状況は把握した。今度は身内の安否だ。

 貴族街に立ち並んでいた、僕の実家を含めた法衣貴族たちの家屋敷は見事に崩れ、焼かれ、土台しか残っていない。一区画前から実家があった辺りを見通せることに、衝撃のあまりに乾いた笑いしか起こらなかった。

 あの砦のような城が、跡形もなく墜とされたのだ。その手前に立ち並ぶ住居地区なんて、ドラゴンの群れにとっては格好の的だっただろうさ。

 のろのろと実家の敷地へと向かい、焼け焦げて真っ黒になりながらも立っている数本の柱を見つめ、灰や塵に埋もれた焦げ臭い中をうろついた。

 

「あ…」


 それを見つけたのは偶然だった。きっと長兄が残していってくれたのだろう僕宛てに書かれた言伝が、燃えずにすんだ腰壁だったらしい板に彫られていた。


『商会本店の地下倉庫に避難している。家族全員無事』


 読み終えた途端、喉の奥からぐっと込み上げてくるものがあった。ああ、無事だったんだ。家族そろって生きていてくれたんだ。

 安堵感と虚脱感が一気に僕を包み、一瞬膝から崩れそうになったが、必死で踏ん張って気力を振り絞ると走り出した。

 早く僕の無事を知らせなければ。


 次男と三男が創業主の『赤駒商会』は、この国だけではなく他国にまで支店を持つ大商会だ。何代にも亘って長い商売歴を持つ大店を抑え、若いながらも自由な発想と行動力で大陸中を飛び回り、滅多に実家へ顔を出すことが無かった。

 父や長兄などは、一人ならいざ知らず、二人での商いはきっとどこかで衝突して破綻すると断言したほど、兄たちの性格は自由過ぎた。それが、なぜか今では大商人の仲間入りだ。

 貴族街よりも酷い有様の庶民街を抜け、農地が広がるその一画に到着した。一見すると農家が所有する掘っ建て小屋のようなボロ小屋の扉を、兄たちの名を呼びながら叩いた。


「レイ!!」


 埃を上げて開いた扉から、髪を乱した母が飛び出してくると僕に抱きついてきた。


「母上…無事でよかった…」

「それはこちらの台詞よっ!もう…どこへ行っていたの!?お父様たちは、貴方を必死で探していたのよ!」


 次々と中から家族が出てきて、僕の無事を喜びながらも母と一緒に説教へと流れていく。軍兵をやっているからこその心配が、ここに来て噴き出したようだった。

 抱きついたまま離れない母に、僕の頭を脇に抱え込んで小突き回す兄たち。父は少し離れて、そんな僕らを笑って見ていた。

 僕にあれこれ文句を言いながらも、家族の顔は空と同じく晴れ渡っていた。


誤字訂正 3/9

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