それぞれの帰還-3-
クライマックスも終わり、二人の異世界人も帰還しました。
また各々のSIDEに分かれた流れになります。
年度末作業が佳境にはいりまして、暫くの間は毎日更新ができなくなります。
不定期更新になりますが、ゆっくりお待ちください。
それと共に、感想の返しができなくなりますので、よろしくお願いします。
午後からの営業のために家へ戻ると、玄関引き戸を僅かに開けて顔を出したフィヴが、キッチンカーが停まるや否や駈け込んできた。
ちょっとだけ目元が赤く染まっているのは、たぶん俺たちが出かけた後で泣いたのか…。
「無事に帰れた?」
「おう! 飛んで帰っていったぞ」
「…良かった。何も無いと思ってたけれど、何かあったら嫌だなって考えていたの」
レイモンドを家に残してフィヴと二人だけで出かけたことなんか何度もあったのに、もうどこにもレイモンドが居ないんだと思うと、なんとなく物足りないって言うか…隣りが寂しく感じた。
ああ、もう肩を並べて飯を食ったり、腹を抱えて笑い合ったり喋ったりはできないんだなぁ。
「なんだか…凄く寂しくなっちゃったね」
すでにフィヴは着替えをすませ、少しは綺麗になったマントを腕に抱えてカウンターに寄りかかっていた。ぽつりと零した囁きは、僅かに伏せられたハシバミ色と青の瞳に浮かんだ涙の粒と一緒に、足元に落ちた。
「フィヴ……」
美少女の涙を見るのは、マジで辛い!
なんだんだ? この破壊力は! なんか俺の目からも、胸の奥から湧き上がってきた愁いが水滴になって、零れそうになってるじゃん!
「レイが居る時は泣かなかったのにぃ…我慢できたのに…」
ぽつぽつと足元に落ちる雫が増え、それにアワアワするだけで慰める手段を思いつかない俺は、へにゃりと伏せた耳を避けて頭を撫でるしかなかった。
だってさ、上を向いてないと目から汁が…な?
ドンと胸にフィヴが飛び込んできたが、もう役得だなんだなんて考える気にもならず、ただ優しく抱きしめてやるだけで精一杯だった。
「もう、レイに会えないのよね…。一杯ありがとうを言いたかった…のに、胸がつ…詰まって言えなかったの…」
鼻声で訴えるフィヴの背中をぽんぽんと叩きながら、何度も頷いた。
「トールもありがとう。そして、ごめんねっ…怒ったり喚いたりしちゃ…しちゃって。私、きっと甘えてたの…二人が…あんまり良い人だったから…ウウッ」
そう言ったきり我慢していた激情を抑えきれなくなったのか、子供みたいに声を上げて泣き出した彼女を、俺は力一杯抱きしめてしばらくの間泣かせてやった。
「早く帰って、父さんと兄さんを安心させてやれっ。きっと血相変えて可愛い娘と妹を探してるぞ?んで、一杯甘えてやれっ!な?」
「でぼ…ぼうドールど…会えだいーーー!」
「大丈夫だ。昨夜のジィ様がまだ窓は繋がってるって言ってた」
「ほ…ほんど?」
「おう!嘘は言わん」
涙でぐちゃぐちゃの顔に、俺の肩にかけていた汗臭いタオルを無造作に押し付けた。
きっと俺も涙目だっただろう。でも我慢したぞ。だって笑って送り届けてやりたいからな。
「それでな、神様のジィ様が、今回の騒動に巻き込んだ上に手伝ってくれたからって報酬をくれるってさ」
「え…?でも私は何もしてない…」
「いや、ここに居てくれただけでいいんだって。レイと違って、帰りたいと思えばすぐに帰れる立場だっただろう?」
「ええ…」
「三人で頑張ったんだ。貰える物は貰っとけ。…何をくれるのかは聞いてないけどなっ」
漸く落ち着いたフィヴから腕を解いて、照れ隠しもあって彼女の頭をもう一度無造作に撫でると、家へ戻って昼休憩に入った。
最後の二人分の食事を用意して、まだキッチンカーから戻ってこないフィヴを呼んで昼食を開始した。フィヴの好きな鯵の一夜干し。初めてここに来て、初めて食った魚がこれだった。匂いを嗅いで一口食って、目を丸くして「美味しい!」と叫んで丸かじりした。
ほんの数日前のことなのに、なんかずっと前にあったことみたいで。
しんみりした昼食を終らせ、昼からの営業の用意を開始した。フィヴが黙って手伝ってくれるのを、俺は何も言わずに好きにさせた。
「じゃ、出発するぞー!」
「はーい」
マントを羽織ってフードを被り、ちょこんと助手席に腰を下ろしてシートベルトをささっと装着。それを確認して、俺はアクセルを踏んだ。
フィヴもレイモンド同様に、営業前にあっちへ戻ると言った。少しでもと思ってしまう、甘えた自分に踏ん切りを付けたいからと。
だから、俺は彼女に言った。ここで部分獣化してから行けと。ドラゴンとは違って、軍という集団の先行部隊となれば情報伝達が遅れているかも知れない。まだ戦が終わっていないと思っている奴らが、近くに潜んでる可能性がある。だから、少しでも用心して、臨戦態勢を整えて行けと。
「分かったわ。トール、本当にありがとう。父と兄に合流したら絶対に報告に来るから」
「うん。ゆっくり待ってる」
営業準備の前に窓を開け、俺は身を乗り出して耳を澄ませた。
茂っていた木立が不自然に折れたり下草が焦げたり、そこで何かがあった形跡はいまだに残っていた。でも、嫌な臭いも音もしない。
「トール」
呼ばれて振り返ると、そこには腕と脚が銀毛に包まれたフィヴが立っていた。アンバランスな姿だけど、俺の目にはやっぱり美しく格好良く映った。
彼女は俺と入れ替わると、目を細め鼻をひくつかせて匂いを探り、外の気配を窺った。
「…今なら行けるわっ」
一言告げると、身軽な動作で窓から飛び降りた。
「頑張れよ。ほら、手伝い賃だ」
クッキーと干物を別々に入れた綿の袋を差し出し、空いた片手でもう一回頭を撫でた。
「トール……またね」
「おう!またな!」
おいおい、また涙目になってんじゃねぇよっ。
「行って…きます!」
それだけ叫ぶと、フィヴは背を向けて街道へ向かって走り出した。
砂利を蹴る足音と、草原を渡る風の音だけが俺の耳に残された。




