それぞれの帰還-2-
キッチンカーで営業拠点へ向かう。
午前の営業はビル街の一角。大きな企業ビルの来客用駐車場脇の、微妙に空いてる建屋ぎわスペースを借りて、そこにキッチンカーを駐車して開店する。
昨日までの騒ぎで仕入れや買い出しができなくて、俺はレイモンドを乗せたままで業者をいくつか回った。その間、彼は長身の身を縮めて店舗内に隠れ、やはり熱心にメモ書きしていた。合間合間に入る、ボールペンの頭をノックする音。それが、彼のメモ書き作業中である合図だった。
キッチンカーに乗り込んで、彼の第一声が、
「このペンが持ち帰れないなんて…」
だった。
さっきはフィヴと熱い友情の抱擁をかましていたのに、キッチンカーに乗り込んで両腕を振るフィヴの見送りに手を振り返し、その姿が見えなくなった途端の呟きに、思わず頭の中でずっこける自分の姿を空想した。ハンドルを握ってなかったら、マジでずっこけてみせたはず。
カチカチとノックしまくり、涙目で別れを惜しんでいる彼を横目に、俺は「フィヴとの別れより辛そうって、レイの感性が理解できねぇ…」と内心で呆れた。
メモ用紙は、小さくシンプルな糸綴じノートを渡していたから、窓を通っても紙の材質が劣化するくらいで済むだろう。でもボールペンはなぁ…プラスチック部分が木製に変化しても詰替え芯辺りがなぁ…。鉄はあるからバネはOKか?書くことより、ノックして芯が飛び出す機構が気に入っている様子だしな。鉛筆をプレゼントした方がいいかなぁ。
なんて呑気に考察していたが、そこで付喪神のジィ様が言っていたことを思い出した。
「レイ、昨夜ジィ様と話したんだけどな、ジィ様から報酬が出るって話だ」
「私に報酬?何の報酬なんだ?」
「今回の、神様の尻拭いを手伝ってくれた報酬だってさ。それと、騒ぎに巻き込んだお詫びも兼ねてだそうだ」
「異世界の神からの報酬か…」
「あ、変な期待はするなよ。報酬の一部は、今までレイが弁当を購入した時に、俺に渡したそっちの硬貨で支払われるそうだ。後は、教えてくれなかった」
手元のボールペンノックが止まり、彼の思考がそっちから報酬へと移ったらしい。
そんな現金な話をしている間にキッチンカーは拠点へ到着し、俺はいつものように開店準備を始めるために動き出した。体がルーチンワークを開始する。
レイモンドはと言うと、忘れ物が無いか着込んだ服と持ち物を確認していた。そして、手にしていた手帳を大切そうに上着の隠しに仕舞うと、最後にボールペンを何度かノックして、名残惜し気にカウンター脇に設置されたペン立てへと入れていた。それを見つめたまま佇む彼から目を逸らして、俺は外仕事へと向かった。
でだ、五分ほどで店舗内に戻ったんだが、まだボールペンを前に黄昏ていらっしゃいました。笑える話としてフィヴに聞かせたいが、きっとフィヴはいじけるな。俺がフィヴの立場だったとしても凹む!
ボールペンに負けた己の存在に!!
「レイ、どうする?営業後に帰るか?今…帰る?」
営業開始まで、まだ十分ほどの時間がある。窓を開けてミニカウンターを設置してあるが、そこに置いた札はまだ準備中だ。
「もう帰ろうと思う。時間を過ごせば過ごすほど…惜しくなる」
やっと顔を俺に向けたレイモンドは、少しだけ寂しそうに苦笑した。
俺はいいんだ。もう十分に彼らとの思いで作りはできたし、ジィ様の話じゃ縁を切ろうとしない限りは、まだ窓越しだけど会えるんだ。それよりも、早く戻って家族や親しい人達と無事の再会を果たして欲しい。レイモンドだって気にしてただろうが、向こうだって十分心配してるだろうさ。
「ああ、家族が心配してるだろうから、早く無事な姿を見せてやれ。どうせ、俺とは窓越しで会えるんだから」
「そう…なのか?」
「うん。俺が縁を切りたいと思わない限り、ジィ様の力が尽きるまでは繋がってるって」
「そうか…そうなのか」
彼は思いも寄らなかった知らせに瞠目し、それからじわじわと笑顔に変えていった。
「俺だって、お前の世界がどうなったか報告を聞きたいよ。王都がどうなったか、ドラゴンはどうしたかをさ」
「ああ、確かにな。私にはそれをトールに報告する義務があるな」
「いや、義務とまでは言わなくていいけどさー…」
相変わらずの真面目君ぶりに、俺は頭を掻きながら苦笑した。こっちの空気に触れて、少しくらいは柔らかくなったなーと思ったのになぁ。
「時間はかかると思うが、必ず報告に来る。待っていてくれ」
「おう!総菜と弁当を売りながら待ってるさ。頑張ってな、異世界の相棒!」
俺はゆっくりと彼の世界へ繋がっている窓へと近づき、一気に開け放った。
たとえ誰かに目撃されてたって、魔法使いの店と言い逃れできるし。その言い訳はレイモンドに任せるが。
「では――――また来る!」
…なんで感動の別れの、最後の最後に視線がボールペンに行くんだ!
俺のやるせなさなんか気にもせず、レイモンドは颯爽とは行かないちょい無様な姿勢で窓枠を跨ぎ、彼の世界へと戻っていった。身体がデカいと大変だな。
とんと靴底を鳴らして倒れた瓦礫に足を付け、辺りをぐるりと見渡してから俺へとまた顔を戻した。すでに微笑みの気配は消して、目にした光景に眦を険しく吊り上げて憤然とし、膨れ上がる緊張を抑えることなくカッコいい騎士の一礼すると、無言で踵を返して瓦礫の中を走り出した。
振り返りもせずに、広い背中が遠くなっていく。
今のレイモンドの心の中は、きっと先へ先へと逸る気持ちに突き動かされて、前へ足を踏み出すことだけで一杯のはずだ。
俺だって、彼に悲しみが訪れないことを願っている。でも、現実は残酷だ。
願いや祈りが、不幸な現実の全てを覆してくれるわけじゃないのは子供だって知ってるだろう。
俺の世界よりも、ずっと神が身近な存在の世界だから。
レイモンドやフィヴが受け取った神様からの報酬については、後の『レイモンドSIDE』『フィヴSIDE』で書きますので、お待ちくださいね。




