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それぞれの帰還-1-

 チキン南蛮。

 酢を使う甘辛しょっぱい味が衣に沁みて、生野菜の千切りと一緒に食うと食欲増進する。そこにタルタルソースをかけて食うことで、また尖った辛みと酢がまろやかになり、鳥のジューシーな肉汁も相まってスタミナ食になる。


「この粉は…芋の粉!?」


 レイモンドは、この世界に来た時の衣装に着替え(あまりに不憫な部分はあて布してミシン縫いしてやった)、キッチンカーの中で最後のメモ整理をしていた。チキン南蛮は、今日のイチオシだ。朝食にも出したがな。

 書き出しの頃は、多種多様な物に関する覚え書きや図だったのに、今じゃほとんど料理レシピになっていた。

 なぜかと尋ねたら、


「あちらへ戻って、皆のためにすぐに作ってあげられる物は、鉄の道具ではなく料理だ。私が作って見せて、食べさせれば美味いことが分かる。作り方さえ教えれば、誰でも作って食うことができる。鉄の道具は、その後でいい」


 と、爽やかなイケメン顔で、重々しく答えた。

 

 なるほどな、と納得する。

 城の側でもあの状況だ。レイモンドが帰る場所は、もっと酷い有様だろう。それに、ジィ様の言っていたことが事実かどうかは分からない。本当にドラゴンの襲撃が終わっていればいいが、まだ続いているとなると、道具やら何やらの開発よりも食って生き残ることが最優先だ。


 昨夜は、あの後に俺だけがキッチンカーの中に残って、ジィ様との対話を続けた。異世界に関する情報は、翌日まとめて話すからと伝え、とにかく明日は帰ると言う二人に少しでも体を休めたり準備をしてもらいたかった。まぁ結局は、二人共に明け方までメモ書きに没頭していたみたいだったが。


 ジィ様との話は、俺が密かに気になっていたことに関しての質問だ。

 まずは、二人を異世界からこちらへ入れてしまったことで、こちらの世界になにか拙いことはなかったか。例えば、病原菌などの未発見の菌とか…。

 料理を扱い不特定多数の人達と接する俺が、一番気にしていることだ。

 それに対しての答えは、確実に心配いらずだと。このキッチンカーの空間は、ジィ様の力が発現している限り異世界からの害になる物質やこの世界に存在しない物の侵入は完璧に除去できているとのことだった。小物ながら神であるジィ様そのもののキッチンカーの中は言わば小さな神域とかで、そこに守護する者(俺ね)を害する輩は入れん!と。


 次に、異世界の硬貨とこっちの硬貨のことだ。

 少量とは言え、異世界の硬貨をその世界から消失させ、こちらの硬貨もどこから調達されたのか判らんでは不安だ。偽硬貨ではないのか?と訊いた。

 異世界の硬貨に関しては、実は消え去ったんじゃなくジィ様が隠していた。で、それらはレイモンドたちがあちらへ帰る時に『バイト代』として還元するつもりだと。

 はぁ!?店主の俺に黙ってバイト代を払うってなに!?と憤ったら、今回の騒ぎに巻き込んだお詫び金と仕事料のことだと返された。それなら俺が文句を言う筋合いじゃないな、と了承した。で、問題のこっちの硬貨だが…。

 そのことを言及すると、いきなりジィ様の口が重くなった。どうもね、偽じゃないが偽みたいな―――つまり、本物と寸分違わない硬貨を複製して造ったと。

 ごめん。日本政府さま。


 最後に、ジィ様の溜めていた力を使ったと言っていたが、ジィ様自体は大丈夫なのか、だ。力が尽きた途端に、このキッチンカーはぶっ壊れましたじゃ話にならん!改造費の支払いが残っているからな。

 ジィ様は、ふうーと溜息をつくと、今回のような大きなことはできないが、今までと同じなら長く付き合えると確約してくれた。


「なぁ、今までと同じって…」


―――今までとだぞ。なんぞ問題でもあるのか?―――


「つまり、ずっと窓は異世界に繋がると?」


 眉間を揉みながら目を閉じて問うと、ジィ様が苦笑った気配がした。


―――そうだのぉ…。もう事は成したから切ってもいいんだが、お前さんが望んでおらんからのぉ…―――


「え?俺の気持ちの問題なん?」


―――心残りを持って別れるはな、互いの縁を繋げたままの別れにしかならん。心残りをすっぱりと断ち切るか、ワシが無理にでも切ってやるか、どちらかだのぉ―――


 ああっ、と奇声を上げて頭を抱えた。

 だって、そう聞いて「じゃ、切ります」と言えるほど、俺たちは浅い縁じゃないつもりだ。だからと言って、また弁当屋の店主と客に戻るとなると、また金銭問題が出てくる―! 見分けがつかないからって、造幣局出身じゃない硬貨を流通させたくねぇ! でも、ただで弁当を売るつもりもねぇ!

 はぁ~…友人として繋ぐ縁でいるしかないのかな…。



 美味そうにチキン(南蛮なし)のタルタルがけを食うフィヴを見て、それからレイモンドを見やった。

 俺の視線に気づいたフィヴが、不思議そうに首を傾げた。


「なに?」


 子持ちシシャモを頭からバリバリ食うケモ耳美人さん。口の端に魚卵の粒がついてますよー。と思いながら、指で唇の端を指さして教えると、自分の口を一生懸命指先で触って魚卵を確保する。

 ちょっと行儀は悪いが、微笑ましいねぇ。

 

 今日は、最初の拠点へはレイモンドだけを連れて出発する。フィヴは一緒に行きたがったが、俺は断固として断った。ここにいる以上は、ここの世界のルールに従ってほしいと。昨日は、それしか方法がなかったからルール破りしたんだと。

 レイモンドがフィヴの肩を軽い仕草で叩いて宥め、それから二人は互いの健闘を祈るように抱き締め合い、背中を叩いた。

 彼らには、次の生き方(シーン)始まり(スタート)だ。

 

間違いを修正 2/22 硬貨の発行は、日本政府。製造は造幣局でした。

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