月夜の晩には
2話更新
こちらは2話目です。
俺は、美味しいと言ってもらえる総菜と弁当を売る、どこも変わった所なんてないごく普通の料理人なんだ。
こんな訳の分からないことに巻き込まれるような、特殊な力を持ってたりする人間じゃないし、神に選ばれたる特別ななんてこともない。
しかし、起きたことは事実で。
「ほえ~…」
レイモンドの人差し指の先から、小さな炎が立ち上がっていて、それを俺とフィヴが目を見張って眺めている。
フィヴの言う通り、キッチンカーの中でなら彼らの身に付いた能力が問題なく発揮されるのが分かり、レイモンドが発現できる魔法を見せてもらっていた。
ただ、剣を得意として軍兵になっただけに、魔法が得意というわけじゃないからと謙虚な断りを入れてきたが、何もない所から火や水を出すなんて、俺やフィヴには凄いとしか思えなかった。
「凄いわねぇ…何もないのに燃えてるなんて…」
「私からみたら、フィヴの獣化の方が凄いと思うぞ?」
「えー?そうかなー?私は魔法を使える方がいいわ」
俺を挟んだ異世界の不思議を見せ合い、自分の世界に無いものに憧れる。分かる分かる!俺も魔法は使ってみたい。
キッチンカーの中が、レイモンドの炎でぼんやりと明るい。もうすぐ深夜と言われる時間帯だ。
俺たちは第一拠点から帰宅すると、すぐに店舗内にある移動できる備品を外に退避させた。何が起こるか分からないだけに、俺の大切な財産を少しでも危険から遠ざけたいのだ。
そして、月が昇るまでに夕飯を食って、キッチンカー内で待機となった。
窓から見上げた天には、半月が遠くで輝いている。懐中電灯とレイモンドの魔法で灯りを取りながら、三人車座になって窓の下に座り込んでいた。
「…あのね、明日ね、レイが帰った後で、私も戻るわ…」
静かな薄闇の中、暖かな炎を見ながらフィヴがぽつりと言った。
「うん…」
俺は自然に頷き、彼女に微笑んでみせた。
「昨日の夜…トールたちみたいな夢は見なかったけれど、亡くなった母さんの夢をみたの。父さんと兄さんが、私を必死に探してるって」
「あー、そりゃ絶対に本当のことだな」
「だと良いんだけど…」
かちっ かちん
しんみりしていた所に、妙な音がした。
構えて待機していた俺たちは、素早く音がする方へと視線を走らせた。
見れば、両方の窓に何か光る小さな粒―――蛍くらいの大きさの――が、ぶつかっては離れてを繰り返していた。
「レイ!フィヴ!」
俺の掛け声を合図に、彼らは自分たちの世界へ繋がる窓へ飛びつき、両手を窓枠に添えて一気に窓を開け放った。
最初は、車体全体がぐらりと横揺れした。
俺たちは悲鳴を上げながら据え付けの機材に掴まり、次の揺れに備えた。が、それきり揺れは来ず、そろそろと俯けていた顔を上げた。
開け放たれた両方の窓から、子供たちの嬉しそうな笑い声が遠くから段々とこちらへ近づいてきて、それと一緒にさっきの光の球よりもずいぶん大きめの光り輝く物体が幾つも重なって、俺たちがへたり込んでいるキッチンカーの中へと流れ込んできた。
―――騒ぐな、ガキ共!ほれ!はしゃぎすぎだ!路を外れるでないぞ!―――
たくさんの子供の甲高い声が響く中、聞き覚えのあるジィ様の叱咤がどこからともなくした。その声に導かれてか、煩く騒がしいと感じるほどの子供たちの燥ぎ声や歓声が、どわーっと押し寄せてきて、頭上を眩しいほどの光の乱舞が激流のように行き交い流れ、対面した窓の向こうへと物凄いスピードで消えていった。
俺たちは、ただそれを唖然と見ていた。
「あれは…なん…だ?」
喉の奥が張り付いて声が出し辛かったが、でも何か言わずにいられなかった。
「おい!ジィ様!あれはなんだ!?」
これで終わり。なんてことは許さん。
姿が見えないジィ様に、湧き上がる腹立たしさにとにかく説明を求めた。
「ちゃんと説明してくれ!」
―――すまんかったのぉ…―――
「詫びは後でいいから、説明よろしく!」
―――あれはのぉ…本来行くはずとは違う世界へ落とされた竜とドラゴンの子供等じゃ。種がまるで違うから、母の胎内に入るに入れず迷っておった―――
「世界を違うとは…?」
レイモンドがごくりと息を飲んで、キッチンカー内に響く疲れ切った口調のジィ様に訊いた。
―――お前さんらの世界を司る主神がの、子の魂を授ける時に、繋げる世界を違えてしもうた。落とされた魂は、もう主神の手ではどうにもできん。肚に卵を抱えておった母たちは、卵の中が空虚とすぐに気づいた。その大勢の母たちの嘆きを聞き届け、両方の世界の竜神が荒れおった。神が荒れれば、その気は種に反映してしまう。どちらの竜も子を攫われたと疑心に囚われてしもうた…―――
やっぱり神の不手際かよ。
でも、なんで俺が橋渡しすることに?
「じゃあ、なんで俺が必要だったんだ?」
―――ああ、それはのぉ…ワシがこの車の付喪神だったからだ。主神から見てこの世界は神が多すぎてのぉ、力を貸せと頼んだはいいが、回り回ってワシの所まで話が来おった。聞けばガキ共が可哀想でなぁ…まぁ、溜めておった力もあったしのぉ…―――
「つまりは、お役所仕事並みに回されて、末端のジィ様が情に釣られて一肌脱ぐことにって?」
聞いていて、ジィ様の人(神だけどな)の良さが俺に重なってしまい、ふと笑いが零れた。
―――そうだのぉ。後はお前さんがどう動くかだったが、さすがにワシの新たな主だ。期待に応えてくれた。とにかく、どちらの世界も互いに直接には干渉できんかったから、一旦は別の世界を経由せねばならんかった。ワシ程度の力で叶う小さな空間が必要でのぉ。
事は成した。これで竜神も落ち着き、世界に安寧が戻ることだろう…―――
「もう、戦争は終わるのね?」
―――おお、全てが終わり、全てが落ち着く―――
フィヴのか細い問いに、ジィ様が力強く応えた。
闇の中に、弱々しい溜息が零れ落ちた。安堵なのか落胆なのか。
しかし、『事は成した』か。
でも、現実に争いは起こり、その傷跡は生々しく残っている。現に肉親や親しい人たちを失った者は、誰を恨めばいいんだ?失われた命は?誰がそれの責任を取る?
神が荒ぶったから竜種が狂いかけ、それで戦いを起こした。戦争の後始末や責任は?ドラゴンの被害の責任は?
手を出せない主神ってヤツが、責任を取れるわけないんだよな?
本当に理不尽な理由だったよっ。
「神様って勝手だよなー…」
それが俺の心情だった。
誤字訂正 2/21




