そこはどこの国?
どこの国だ!
え?
ええ?
「知りませんか?アルヴェード王国ですが…ダロス大陸の中央に位置する大国…」
聞いたことない。アルヴェード王国はともかく、ダロス大陸って…。
いくら専門卒の俺でも、世界中の国名を全部覚えてないけれども、さすがに大陸の名前くらいは知ってる。地球上にある大陸限定だけどな。
「…知らない…聞いたこともない…」
「え…でも、ここで店を営業してるのだし」
「お客さん、地球の日本って国は知ってますか?」
「チキュウ?二ホン?…聞いたことないですねぇ」
窓を挟んであっちとこっちで、首を傾げて話し込む俺たち。お互いに、段々と表情が強張っていく。危険というより、奇妙と言うか何か正体が知れない不安感に心がざわつく。
「俺は今、その日本っていう国の都市で、屋台を営業中なんです」
「ええ!?でも、ここはアルヴェードの王都ベンリスの二番裏門側ですよ?」
「……」
「……」
これは、もしかしたら、いわゆる『異世界』ではなかろうか。それもこの窓の向こうだけ。
兄さんの顔も、俺同様になんだか厳しい表情になってきてるぞ。奇妙が不気味に変化して、異常事態発生だって実感がこみ上げてきてるんだろう。
「あの…そっちから俺やこの店は、どんな風に見えますか?」
俺の質問に、兄さんはさーっと窓周辺を眺め、最後に俺を凝視する。そして、またゴクリと唾を飲む。今度は緊張のせいだ。
「まず、貴方は髪と目が黒くて、僕らと違う民族の容貌をしています。服装は城下の商人のような平服で…店は…この窓の中しか見えません。建物も屋台も何もない。窓の外側は風景だけが見えます」
もう驚愕の事実ってヤツだね! 何もない所に窓だけ浮いてるって状況だけでも変なのに、兄さんはごく普通に俺に声をかけてきたし!
「よく、そんな変な窓の中に声をかけてきましたねっ!お兄さん!」
「ああ、それほど変ではありませんよ?上級錬金術士の薬師などは、得意客以外を締め出すために店を隠すことはよくあります。なので、そんな店だと思って声をかけたのですが…」
「へ…へぇ~」
上級錬金……魔法で…店を隠して…。やっぱり異世界確定だ。どうする、俺!
「おーい!レイモンド、勤務時間だぞ!」
「はーい!すぐ行く!…あの…明日また…。気になるようなら窓を閉めてください。では!」
誰かに呼ばれて威勢よく返事をした兄ちゃん改めレイモンドさんは、こそっと小声で忠告してくれると手を振って駆け足で去っていった。
俺は急いで窓を閉めて、呆然としながら慌ただしく閉店作業に取り掛かった。準備中の札を出していたおかげで、営業用の窓から誰かに覗かれることはなかったけど、契約時間ぎりぎりなのに気づいてさっさと家へ帰った。
家へ戻って少しの休憩後、次の営業用に料理の用意をする。でも、頭が離れなくて…。
恐いような、浮き立つような心ここにあらずだった。
◇◆◇
おーまいがー!!
今度は別の異世界だよ!
昼は中世イギリス風だったけど、午後からの住宅地での営業時に繋がったのは、猫耳犬耳さんたちが住む世界だったよ!
休憩と昼飯を取って落ち着いてから向かった住宅地では、さすがにあんな摩訶不思議は起こらないだろうと気を取り直して営業を始めた。駐車する場所の関係上、昼に異世界へ繋がってた方の窓での営業だったからドキドキしながら窓を開けたけど、見慣れた風景が広がっていた上に、開店してみたら問題なく現実世界のお客さんが来店したしでホッとした。
でも、なんとなーく気になってお客の切れた時を見計らい、好奇心に背を押されて物は試しと反対の窓を少し細めに開けてみた。
もう、「うわーーーーー!」だった。思わず漏れそうだった叫びを手で押さえ、すぐに窓を閉めてへたり込んだ。
今度は田舎の街道沿いだったらしく、土がむき出しの道をその世界の住人が何人か忙しく行き交っていた。背景は、ずーっと続く大草原と真っ青な空。田舎出身の俺でも見たことない蒼空。
で、その異世界の住人たちはみんな揃って頭に動物の耳、尻に動物のしっぽがついていた。あ、背中に羽がある人もいた気が。
またコスプレかよー!
と言うか、何見たって「コスプレ」で納得してしまう日本人の多様性に、自分のことながらビックリだよ。
…どうしよう…。こっちの窓は絶対に開けない方がいいのか。
ビル街営業の異世界はすでに接近遭遇してしまったし、レイモンドさんと次の約束もしちまった。あの人の好さそうな彼を放置して、今更なかったことにするのは良心が痛む。
ならば、あっちの異世界の営業のみをレイモンドさんと相談しながら続けてみて、慣れてきたらこっちの異世界にも…。
そこまで考えてハッとした。俺の中では、もうこっちの異世界でもいずれは営業する気でいる。なんと言う強欲さ!
いや、これは商売人魂だ。そういうことにしておこう。
だってさ、新規顧客が獲得できるかもしれないんだぜ?そんなにたくさんの相手はできないけど、一人でも二人でも予約してくれるお客様がいるかもしれない……し?
と思ってみたものの、必ずしもレイモンドさんみたいに良い反応が返ってくるとは限らないんだよな。
たまたまレイモンドさんの世界には『店舗を隠して営業する』って商売人がいたから、彼は守衛として確認のために近づいてきた。だから怪しくは感じても偏見なく声をかけてきたし、売ってる物が食い物だってだけで営業形態に疑問は示さなかった。
食べてみて危険がないと知って、でも店長自身が妙だったから内緒にして見逃してくれたんだろう。
しかし、こっちの新たな異世界でも、同じ反応が返ってくるとは限らない。こんな変な窓は、悪魔の仕業!と糾弾されたりするかもしれない。
そうなったら……絶対に窓を開けることはできないだろう。
だから、少しの間は観察するだけにして考えよう。
うん!