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痛みの向こう側

2話更新

こちらは1話目です。



「じゃ、行くわよ!!」


 窓と窓の間を渡す板の上で、銀色のしなやかな躰が声と同時に前へ傾いた。そして、二歩の助走で板を蹴り、窓枠の上部へと腕が伸ばされ、俺の頭上で固い物が擦れる嫌な音がしたと思ったらフィヴの脚と長い尻尾が目の前を横切った。その瞬間、レイモンドが抱えていた布団を投げ込むように板の上に滑り込ませ、窓枠から外れかけたフィヴの片腕を俺は必死に掴んだ。

 元々そこは、手摺り代わりになるほどの凹凸があるわけじゃなく、フィヴの強靭な爪を立てることでどうにかグリップできているんだ。勢いと爪の立て具合で手が離れることを想定していた補助役の俺たちは、フィヴが外へ持っていかれるのを防ぐことが第一だった。

 

 ゴキッとかガツッっつー音がした、くらいしか分からなかった。俺はフィヴの動きに注視していて、結果がどうなったかに目が行ってなかった。気づけば、キックの反動で押し戻されたフィヴが布団の上であおむけに倒れ、左右から俺とレイモンドが片手ずつ掴んでいた。


「どう!?手応えあったのだけど!」


 その問いかけにハッとして、視線を外へと向けた。


「凄いな…向こうへ倒れているぞ」


 レイモンドが窓の外へ顔を突き出し、感嘆の混じる声で結果報告をした。

 窓際に立つ俺の視界にも、さっきまであったデカい岩の塊が向こう側へ倒れている光景が見える。

 どうも砂利状になった瓦礫の山に城壁の分厚い石板が飛んできた勢いで突き刺さって埋まり、窓の前を塞いでいたみたいだった。それを、レイモンドが入れた何度かの蹴りが地味に砂利の山を緩ませ、最後にフィヴの全力キックが瓦解させたらしい。

 だから、初めてこの障害物を見た時、軽く叩いたり押したりしていたフィヴは自信を持って成功を約束したんだ。


「フィヴ、どっか痛いところは無いか?」

「ええ、どこも…大丈夫よ」


 すでに板から降りて、俺たちが思わず掴んだ腕や、蹴りを入れた足や膝、他に肩や背中なんかを回したり捻ったりと、自分の体の調子を確かめていたフィヴに声をかけた。

 が、すぐに視線を窓へと戻した。

 

「そっか…それなら良かった。じゃ、すぐに服を着てくれっ」


 板から降りると同時に獣化を解いたフィヴは、ただ今ぴちぴちお肌の上に俺のタンクトップと短パンを身に付けているだけだった。だぶついてるはずの腕回りは、ぐっと盛り上がった二つの丘に引っ張られて脇が見え、大きく開いた襟ぐりは真っ白で深い谷間が曝け出されていた。

 ちょっと頭を傾げただけで、あちこちの隙間から覗き込んじゃいかん部分が見えちまいそうな状況で…。ううっ。妹~とか思ってても、チラリが予感される光景に心が弾むのは仕方ねぇだろ!俺だって男だっ!


「目が喜んでいるぞ?」

「お前もな!」


 自分が無防備な格好をしていたことに今更気づいたフィヴは、一気に赤面すると助手席へと飛び込んで服を着始めた。


「…男ってっ!!もーっ!」


 ニヤニヤしながら互いに小突き合いしていた俺たちに、上ずった文句が飛んできた。

 それがなんだか可愛くて、笑ってしまった。


「フィヴ、心から感謝する。ありがとう」

「レイもだけど俺も安心したよ。ありがとな」


 目元を薄っすらと染めたフィヴは、着込んだTシャツの裾を引っ張りながら、照れくさそうに頷いた。

 

 早々に瓦礫撤去のために使った物を片付け、落ち着いたところで持ち込んでいた昼飯をカウンターに並べた。

 レイモンドの出汁巻きに負けじと作った厚焼き玉子とチキンのトマト煮。それにポテサラ、小鯵の南蛮漬け、握り飯各種だ。

 それらを食べながら、三人三様に窓の外を観察する。

 城壁は土台を残したのみで瓦礫の山となり、左手に広がっていた森林はいまや一面の焼け野原になっていた。その向こうに、俺が一度も目にすることが無かった城壁の向こう側があった。

 何もなかったら、きっと素晴らしく豪華な家屋敷が立ち並び、そのもっと奥には人々の喧騒や賑わいが聞こえる城下町が続いていたんだろう。

 だが、今はそれらは崩れ落ち、形跡だけに成り果てていた。


「あれが……ドラゴン?」


 外へ伸びあがって空を見ていたフィヴが、ふいに指さす。

 見上げると、二つの小さな黒い物体が悠々と弧を描きながら上空を舞っていた。


「ああ、あれだ…。奴らはまだこの辺りにいるのか…?」


 厳しい顔のレイモンドがフィヴと一緒に窓から身を乗り出し、天を睨んだ。窓枠を掴んだ手が、白くなるほど力が込められていた。

 今すぐにでも窓から飛び出したい気持ちが、その拳と表情から読み取れた。俺だってすぐに「行ってこい!」と肩を叩いて行かせたかった。

 でも、試さなくてはならないことがある。ただの夢かも知れない。でも、真実だったら彼らの世界がもっと酷いことになるんだ。


「畜生!どうしてこんなことに!」

「レイ…」


 世界が違っても、圧倒的な力を持つ相手に蹂躙された光景はフィヴも見てきたからだろう。痛みを知る彼女の手が、レイモンドの強張る肩を労わるように優しく撫でた。


「神様かなんか知らないが、事が終わったら盛大に文句言ってやるからな…」


 今夜は新月じゃないから月が出る。満月とも半月とも指定してなかったんだから、ちゃっちゃと終わらせろよ!なんかよく分からない存在たち!

 そして、全てが終わったら、罵倒に次ぐ罵倒で責め立ててやっから覚悟しとけよ!


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