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闇からの呼び声

 レイモンドが見たという不思議な夢は、俺が昨夜見た夢と状況が激似だった。

 暗闇の中に自分は浮かんでいて、男か女か分からないけど子供の声が聞こえてくる。舌ったらずなカタコトに近い口調で、途切れ途切れに何かを訴え、懇願していた。主語が無いから何をさせたいのか、誰に頼んでいるのか判らない。ただ、凄く焦っているのだけは痛切に感じられた。


「月夜に開けろ、早くどけろ?…なんだろう…俺の方は、揃っただの繋がっただの戻れるだの言ってたな…。あ、じぃさんの声も聞こえなかったか?」

「いや、子供の声だけだった。キッチンカーが戻ってきた音がして目が覚めて、慌てて起きてきた」


 首を傾げまくる俺たちを見ながら、フィヴがぼそりと言った。


「なんだか、神様の託宣みたいな夢だわ。トールとレイが同じ夢を見てるなんて…そうすると、今夜は私かしら?」

「神の託宣って…」


 日本人で無神論者の俺には、お伽噺をいきなり出されたみたいなもんだ。でもな。

 神の奇跡としか言いようのない体験中なんだ。目の前の二人は、本来この世界に存在していないはずなのに、今ここにいるのが証拠だ。夢が神様からのメッセージであっても変じゃない。


「フィヴがこちらに来た夜に、トールは「揃った」「繋がった」「戻れる」と話す子供の声を聞いた。そして、私がその後に「開けろ」「どけろ」と……」

「揃ったのは、レイと私とトール?繋がったのは…世界?私が来たことで、三つの世界が繋がった?でも、もっと前からここで繋がっていたわよね…。どけろって言うのは…」

「あれだ!あの瓦礫!レイの世界の!」


 ジグソーパズルのピースが入るスペースを、三人で頭を捻りながら探す。そこに現れるはずの答えを、早く見たいから。少しの高揚が、俺の心を騒がせた。

 これが中井や他の友人相手なら、神なんて信じずただ妙な夢を見たと、ごくありきたりな雑談のネタの一つとして終わるだろう。でも、俺たち三人は、奇跡の中で生きている。


「何のためにこんなことが起こったのだろうかと、ずっと考えていたのだが、もしかするとこれが真実に繋がっているのか?」

「まだ…夢でしかないからなぁ。試してみ―――あっ、そう言えば!」


 試してで思い出した俺は、ついさっきフィヴが考えた瓦礫の撤去について、レイモンドに話した。

 彼は驚異の何かを見るように目を見開いてフィヴを見て、それから拳を額に当てて唸った。


「…大丈夫なのか?無理をして、怪我をされたら困るのはトールだぞ?」

「出来ないことは言わない。でも…あれをどかさないと、レイは故郷へ帰れないんでしょ?」

 

 少し物憂げな眼差しでレイを見返したフィヴは、ちゃんとレイの苦悩に気づいていた。

 同じように気持ちの整理も準備もせずに、いきなりこちらへ引っ張り込まれた者同士だ。フィヴはともかく、レイモンドは身内や仲間の安否どころか故郷の状況すら確かめる術がない。あの瓦礫さえなくなれば、まだ戻らないにしても周辺を確かめることくらいはできる。

 それで安心するか、不安がもっと増すことになるかは、その後の問題だけど。


「できることなら帰りたいさ。しかし、だからと言ってフィヴが無茶をするのは見過ごせないぞ?」

「ええ、無理も無茶もしないわ。私にできることをしたいだけ。それにね…ここは面白い場なの。レイは気づかなかったのね?」

「面白い場?」


 今度は俺を見る。が、当然ながら見当もつかないから、首を横に振った。


「窓が異世界へ繋がるって時点で、面白い場だぞ」


 もう苦笑しか出ない。だから、気づいたと言うフィヴへ視線を戻した。


「あのね、世界が違うからできないと思ってたら、この中だけは――――ほらっ!」


 フィヴはパーカーを脱いで俺に渡し、おもむろにしゃがみ込むと床に両手をついて、綺麗な顔を顰めて全身に力を篭め始めた。


「はぁ!?」

「!!」


 Tシャツの半袖から伸びる僅かに小麦色に焼けた細い両腕が、ゆるゆると太さを増してしなやかな筋肉質の腕に変わり、同時に鋭い爪と体毛が現れて伸び始めた。

 レイモンドが思わずといった態で車内から数歩外へと後退り、ぽかんと口を開けてその不思議現象を見詰めていた。そして、俺は奇声を発して固まり、ただ息をのんで見ていた。


 鈍銀に輝く獣毛で覆われた腕は1・5倍ほどの太さになったところで変化が止まった。アンバランスなフィヴの姿に笑うよりも驚嘆の感情が強く、にこにこと無邪気に破顔してみせる彼女の正体が本当に文字通り《獣種》だったんだと理解した。


「朝起きた時に試してみたんだけど、全然できなかったの。この世界じゃ無理なのかなと思ったんだけど、トールが仕事をしている最中に少し試してみたら成功したのよ」


 ごくりと唾を飲み込んで、フロントガラスから射す日差しに煌く細い銀線に顔を近づけた。密集して一方へと撫でられた被毛は、フィヴが動く度にわさりと蠢いた。

 これはマジで猫科の被毛だ。撫でてぇー!でも、また過剰反応されたら怖い。まごうことなきセクハラになるしな。


「で…どっちが本当の姿なんだ?」

「ん~…どちらも私なんだけど、通常はこちらね。獣化は言わば戦闘形態。ただ、姿を変えるのに時間が必要だから…」


 そう言って、するり変化した腕を元に戻した。

 ああ、だから竜種の奇襲に対抗できなかったわけか。戦闘準備の時間さえあれば、あんな無残なことにならずにすんだのかもしれないんだな。


「フィヴの仲間は全員がその、獣化ができるのか?」


 おずおずと戻ってきたレイモンドは、戻ったフィヴの腕にホッとしたような表情で尋ねた。


「完全獣化は純血種だけ。他の族が混じってしまうと半獣化しかできないの」


 これは、リアル狼男…じゃない、豹女か。全くの豹に変わるわけじゃなく、まさに獣人化するんだな。


「だから、レイも何かできるんじゃないかと思っていたのだけど?」

「あ、そっか!レイの世界は魔法があるんだっけか?」


 俺はレイの特技に思い至り、ぽんと手を打ち鳴らした。

 

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