へたれな俺たち
翌日の営業だが、睡眠を十分に取って顔色も良くなったフィヴが、両方の異世界を自分の目で確かめたいと頼んで来た。
だから、俺とレイモンドは現実を話した。
この世界には、フィヴのような獣種はいないこと。万が一捕らえられたら、俺たちとは会えない場所へ監禁されるだろう、と脅しておいた。少なからずショックを受けて神妙な顔で頷いたフィヴに、営業中は店舗内の端に隠れているように注意し、暑いだろうがパーカーのフードを被っていてほしいとお願いした。
「では、朝飯食うぞー!」
朝会議のため、朝食をキッチンカーの中で食う俺とフィヴ。
そろそろ日差しが強くなってくるってのに、彼女はコッペパンに小型のオムレツを挟んだパンを頬張りながら、車から飛び出して敷地内を探索していた。
家の周りは生垣と木塀で囲まれていて、玄関前と駐車場前だけがひらけている。そこに立つことなく、物陰を伝ってちょろちょろと移動し、じっとどこかを眺めてはまた移動しを繰り返して、俺が名前を呼んだらやっと戻ってきた。
とにかく目新しい風景に興味津々で、動いてもいい範囲なら匂いや場所をきちんと把握しておかないと落ち着かないらしい。さすが猫科。
キッチンカーのエンジンをかけると、その音を聞きつけたレイモンドが玄関まで出てきて、手を振って見送ってくれた。片手にTVリモコンを持っていたのには、二人で爆笑した。
「今から行くところの窓は、レイの故郷なのよね?」
フィヴは助手席でベルトをしっかり止めて座り、フードを目深に下ろしながらフロントやドア窓から外を凝視していた。視界の隅で、フード頭があっちへこっちへ行ったり来たりしている。
「おう。ただな、城壁のデカい瓦礫が窓の側に堕ちたらしくて、ほとんど外が見えないんだよ」
「押してもだめなの?」
「レイが蹴ってみたが、びくともしなかった」
「ふ~ん…!!ね、ね!アレ何!?」
気のない返事の後は、拠点へ着くまでテンション高めの質問攻めだった。
面白く感じたのは、レイモンドと違ってフィヴは怯えない。車もビルも信号機も、とにかく好奇心が先に立って身を乗り出して観察開始だ。訊いてみたら、自分の世界とは同じ物が一つもなくて夢の世界にいる気分なんだと言う。夢の世界だから見慣れない珍しい物が溢れた光景なのは当然で、俺という案内人が側にいるから安心して夢をみていられる。そんな風に、淡く微笑んで語った。
でもな、頼む…運転手によそ見させないでくれ…。
本日の眼玉メニューは、白身魚の香草焼きとチーズ焼き。
フィヴへの給食供給のために大量購入した冷凍白身魚が、今日の目玉にされるのは必然だった。それでも、無難な調理方法にしたのは、もしかしたらフィヴの世界に生き残った仲間がいるかもしれないから。
フィヴには助手席スペースに隠れてもらい、レイモンドが与えた家の間取り図を見ながらメモ書きで時間を潰してもらう。
お、遅出の常連OLさんが、香草焼きとサラダのセットにおにぎりをお買い上げ。もう一人は、買い出しを頼まれた力持ちOLさん。今日も袋四つを両手に持って、会社へ戻っていった。新顔のリーマン君が三人で丼物とパスタサラダをご購入。メニューチラシを付けたら、冷製コンソメスープを追加でしてった。
正午を過ぎて買い出し客がわーっと来て帰っていったのを見計らって、フィヴを手招く。身を屈めて窓へ近づいていくのを見ながら指で窓を開ける指示を出した。
最初はそっと細目に開けて確認し、それから半分ほど開いた。
「へぇ、これねぇ…」
そーっと手を窓の先へ伸ばして、邪魔をしている瓦礫を撫で、段々と力を加えていく。
おいおい、と思いながらも見守っていると、ふいに俺を振り返ってニンマリと笑んだ。
「…なに?」
意味ありげな微笑みに、なんだか背筋が泡立つようなイヤーな気配を感じ、問いかけた。
「これ、私の蹴りでいけるかも。ただ、少し助走する幅と私の体を押さえてくれる人が欲しいの」
「簡単に言うなよーっ。レイが蹴ってもびくともしなかったんだぞ?」
「ふふっ…あなた達の脚とは違うの。獣種の力を甘く見ないでよ~」
もう…これは女子力とかカワイイもんじゃない。世界が変われば、自慢する点も変わる。こっちはか弱さや可愛さだけど、あっちは強さと力なんだな。
確か、身体を変化させるって言ってたっけ。俺より小柄なフィヴは、よく似た骨格であっても違う生物なんだ。
それにしても、助走する幅と押さえる力か…。
以前レイモンドが試した方法は、カウンターに台を置いて窓の縁と同じ高さにし、その上に仰向けに寝て両足で蹴る。後は、カウンターに立って、片足でキックを入れていた。だが、どちらも軸足や背中を押さえる支えが無くて、威力不足で断念したんだよなぁ。
だったらフィヴはいったいどんな方法で?
「あのね、――――」
彼女が図を描いて説明してくれた方法に、俺は首を傾げた。それくらいでできるのか?大丈夫なのか?と懐疑的なもんだった。でも彼女は頷いた。
ま、試してみないことには始まらない。何もしないで嘆いていても、それじゃ何も進まないしな。
明日は定休日だし、営業しないで試しに来てみるか。
午後の営業前に家へ戻ると、レイモンドが真っ青な顔をしてキッチンカーへと飛び込んでくるなり、妙なことを言いだしたのだ。
「うとうとしてたら、奇妙な夢を見た…」
「夢??」
「『早くどけろ』や『月夜に開けろ』と子供の声―――」
「その夢、俺も見た。いや、聞いたってのかな?」




