俺の知らない残酷な世界
2話更新。
こちらは2話目です。
レイ様が来たんだからお約束。
可愛い子に旅をさせました。
今日は、フィヴと選ばれた彼女の仲間と顔合わせの日だった。予定がなかったなら、レイモンドはまた家で待機するはずだったんだが、俺と一緒にフィヴに会ってる以上は、顔繫ぎしておかないとな。
午後の営業も終わりに近づいた頃、それまで宣言通りに助手席で読書をしていたレイモンドは、そろりと店舗スペースへ入って来ると窓を細く開けて確認体制に入った。俺はそれを尻目に、フィヴに会う余裕を作るため、閉店準備を急ピッチで進めていた。
この役割分担なら、レイモンドがフィヴの相手をしてくれている内に俺はゆっくり閉店準備ができて、客がぎりぎりに来ても慌てず接客できる。
俺が営業をしている間、レイモンドは日よけシートをフロントに貼り、そこからはみ出さないように注意しながら読書。読んでた本は、家庭菜園・料理レシピ集・亡くなったばーちゃんが俺に残してくれた知恵袋を書き留めたノート。真剣に無言で目を走らせ、時折メモを取る。あれが、帰ってからのレイモンドの知恵袋メモになるんだろうな。
外回りを掃除して、あちらはどうだ?と店舗へ戻ると、レイモンドはまだ窓を開けずに首を傾げていた。
「どうした?」
「…おかしい…」
「何がだ?」
「フィヴがいない」
「え?」
靴を脱いでカウンターに膝を乗り上げて、レイモンドの上から隙間を覗きこんだ。
いつもなら窓の前に立って待機しているはずのフィブが、確かに見当たらなかった。それに――――。
「…ん?なんだか、街道の辺りが変じゃ…え?あれ…」
「あれは!」
片目で覗いているせいか、始めはソレが何か分からなかったが、じっと凝視していると段々と細かい部分が見えて来る。
気づいたら、俺は思い切り二枚の窓ガラスを全開していた。そして、両目を凝らして、やはり間違いないと確信した。
街道と空き地の境目辺りに、どうみても複数の人の遺体が、それも殺されたと分かる惨たらしい状態で倒れていた。フィブの仲間だとすぐに分かる部位が遺体と共に散乱していて、でも人の形からは程遠い存在に成り果てていた。
喉が詰まって、胃から何かが込み上げてくる。それを必死に飲み下し、口を開けた。
「フィヴーーッ!!」
生きててくれ。俺と約束したはずだ。絶対に生きて逃げろと。
「どこだ!フィヴ!!」
俺の下から、真っ青の顔をしたレイモンドが叫んだ。俺より死が近い世界で生きていたレイモンドは、俺よりもこの光景の深刻さが理解できているだろう。
悲鳴や叫び声は聞こえない。変な轟音も争っているような音も、何も届いてこない。
ただ、見慣れた風景の中に、見慣れたくない光景が重なっていて。
「フィーーーーヴッ!!!!」
「いるなら、こっちに来い!!誰もいないから!!」
頬が痙攣する。窓枠を掴む手が冷たくなっていく。また、こんな思いをするのかよっ。もう、いやだっ。
「トール…レイ?」
がさりと窓の後ろから草を掻き分けて、少女の細い声が耳に届いた。
もうそこからは、俺もレイモンドもなぜか声を抑え気味にしてフィヴを呼んだ。
大丈夫だ。敵らしいヤツはいない。そう伝えて名を呼ぶ。
大木の後ろから現れたフィヴは、土塗れで泣きじゃくって顔を涙で汚し、レイモンドが伸ばした両腕の中に顔を埋めた。
「何があった?」
厳しい顔と声で、レイモンドが腕の中に尋ねた。
「竜王の…せ、せんこ、先行部隊が来てっ…ヒッ…み、皆がちりぢりに逃げたんだけれど、小さい子たちがっ…うううっ」
唸るように号泣しだしたフィヴを、レイモンドは抱き寄せて頭を撫でていた。俺はとにかく警戒し、辺りを見回す。
どんな敵か分からないが、竜王と言うくらいだからその手下も竜族か何かなんだろう。きっと、空を飛んで襲ってきたんだ。
その時だった。
俺もレイモンドも咄嗟に腕が動いた。俺は、斜め上を見上げていたから気づき、レイモンドは戦士として殺気でも感じたのか。
少々乱暴に伸ばした四本の腕で力一杯フィヴを掴み上げ、有無を言わさず窓の中へと引き込んでいた。フィヴの足が窓のこちらへ入った直後、樹の幹にぱしぱしと音を立てて何かが突き刺さった。
フィヴを抱いたレイモンドと俺は、窓へ向かって真っすぐに飛んでくる、羽根のついた得体の知れない異形の男達をひと睨みすると、すぐに窓を閉めた。
「あーーーっ、なんだ?あれ!なんなんだ!?」
我先に俺は床に腰を落とし、レイモンドはカウンターに縋ってへたり、降りるスペースの無いフィヴは、白い肌をもっと真っ白にして呆然とカウンターに身を縮めて座り込んでいた。
俺は、思い切り喚き散らして緊張と恐怖を吐き出し、それから改めてフィヴを見上げた。
「ようこそ、俺様の世界へ…」
短期間で同じセリフを口にすることになるとは!
そして、またやっちまったよ…と、反省するが、後悔はしない。ドアの次は窓かよ!と、ただ驚いてるだけだ。
俺の台詞を聞いて、へたり崩れていたレイモンドが、ぷっと噴き出して笑い始めた。俺もそれにつられて乾いた笑いを漏らす。
そんな俺たちを、フィヴは驚きのあまり口をぽかんと開けて見下ろしていた。
でも、その綺麗なオッドアイからは、絶え間なく悲しみの涙が流れ落ちていた。
誤字訂正 2/16




