大事変発生!
今夜も2話更新。
こちらは1話目です。続けて2話目もどうそ。
おい!どうなってんだ!?
現実味皆無のファンタジー世界の存在が、見上げた空に飛び回っていた。
これは、レイモンドさんと出会った時以上の衝撃的光景で、ようやく謎の窓に慣れてきた俺でも、さすが即座に納得するのは無理だった。
しかし、緊急遠征だって言ってたよな!?遠征って遠くへ行くってことじゃなかったのかよ!
竜かドラゴンかどっちか分かんないけど、もしかしてこれを退治しに行ったのか?魔法があるって聞いてはいたけど、あんな魔獣を退治できるほど強力な魔法はあるのかよ!
大混乱した頭の中で、疑問も憤りも滅茶苦茶に混ぜ込んで喚いた。
と、目の前に鬱蒼と広がる森の中で、ドンッ!と重い爆発音と共に真っ赤な火柱が上がり、すぐにもうもうと黒煙が舞い上がった。
鈍色のドラゴンが、上空から地上へ向かっていきなり火の玉を吐いたのだ。それが森へ落ちたんだが…ありゃ、火の玉なんて可愛い感じじゃねぇ!マジで空爆だった。
なんで、こんなことになってるんだろう?数日前までは何事もなく平和そうだったのに。
なにより、レイモンドさんが心配だった。独立してるが、家族も王都で生活してると手紙に書いてあった。ちゃんと避難してるんだろうか…。
あっちもこっちも、全くどうなってんだよ!神様!!
あ……タイムアウトだ。店内に設置してある時計が、無機質なデジタル音声で正午を知らせた。
俺はぎゅっと目をつぶって、速攻で後ろ手に窓をきっちりと閉め、デカい溜息をつくと弁当の準備を始めた。
こーゆー時に限って、お客さんが次々と来店する。嬉しい悲鳴を上げてもいいはずだが、今日はそんな気分になれない。営業スマイルも、いつもみたいに心からの笑顔は無理で、どこか苦笑いみたいに歪んでしまってるだろう。
気持ちが塞ぐと味まで塞ぐ。よく『愛彩』の店長に叱られた。美味いものを食べさせたいのか、ただの食いもんを食わせたいだけなのか、それをよく考えろと。
だから苦しい胸の内をぐっと隠し、来店してくれたお客さんの顔をきちんと見て、美味い物を食べて午後からも頑張れ!と、気持ちを込めて商品を手渡した。
そして、12時40分を過ぎた頃、ようやくお客も途絶えた。足早に外の看板を畳んで車内へ仕舞いこみ、営業窓のカウンターも取り外した。そして、心の中でお客さんが来ないようにと、この時ばかりは祈りながら閉店の札を窓へとかけた。
もう、経営者失格だっ!でも、今日は見逃してくれ!
ごくりと唾を飲み込み、窓の取っ手に手をかけると、そっと開ける。フィヴみたいにその隙間に目を近づけながら覗き込み、危険がないことを確かめて半分ほど開いた。
その瞬間だった。城壁のすぐ向こうで何かが炸裂し、高く分厚い石の城壁が、俺の視線の先でいきなり崩壊した。
「―――ろっ!……トー…んで!―――窓を!!」
ガラガラと頂上から崩れ出した城壁と、あちこちから炎と黒煙を上げる森林。音だけは聞こえるのに、壁の欠片も森が燃える焦げ臭さも何も届かない。でも、怖い。
恐怖と戦慄に足が竦み、頭が真っ白になった。なのに、その現実離れした光景から目を離せない。そんな俺の耳に、切れ切れの叫び声が届いた。え?と正気に戻って、そっちへ顔を向けた。
轟音と崩壊の爆鳴の中、聞きなれた声がこっちに近づいてきた。身を乗り出して見やると、顔面を血だらけにしたレイモンドさんが、叫びながら必死に走ってくる姿が見えた。
「レイさん!!」
「馬鹿!顔を引っ込め――――っ!!」
走るレイモンドさんの横に建つ、残った城壁へまた何かが降り注いできた。青空から降り注ぐ陽の光に照らされ、それが氷の槍みたいな物だと気づいた。酷い音が連続して脆くなった壁へ突き刺さった。
粉々に粉砕された壁が勢いよく崩れ出し、もうもうと舞い上がる白い粉塵にレイモンドさんの姿はかき消された。
たぶん、俺はその時、全く何も考えていなかったと思う。ただ、レイモンドさんの無事を確かめたくて、できたら救出したくて、それだけしか頭になかった。
その欲求に突き動かされるまま、俺は機械みたいに身体を動かした。窓をバシンと閉じると、確かな足取りで異世界側のドアを開けると、躊躇なく片足だけ異世界の地へ踏み込んだのだ。
以前は何度確かめても繋がらなかったドアが、なぜかこの時繋がった。
「レイモンドォーーーッ!!」
開いたドアを背にして身を屈め、開口部脇にあるハンドグリップを逆手で掴んで踏ん張って、粉塵の中に薄っすら見える人影へと呼び捨てもへったくれもなく大音声で名前を叫んだ。
もしかしたら現実世界へも響いてしまったかも知れないが、その時はそんなことまで気が回っていなかった。
無事でいてくれ!俺が助けるから!!
「レイーーーッ!こっちだ!!こっち来い!!」
まだ崩れ落ちる城壁の瓦礫を避けながら、いまだ晴れない土煙の中から長身の影がよろよろと駆け出てきた。頭から粉塵に塗れ、出血も何もかもが白々と汚れきっていて、それでも彼は腕を伸ばして向かってきた。
思い切り伸ばした俺の手が彼の腕を力一杯掴み、投げ入れるようにキッチンカーの中へと引っ張り込むと、間髪入れずにドアを閉めた。
俺たちは床にしゃがみ込み、呼吸し辛いくらい上がる息と、吸い込んでしまった粉塵に咳込みまくった。
そこがどこなのか、現状認識できるほど俺たちの頭はまだ回っていなかった。ただ、もう大丈夫なんだ、とだけは頭の隅にあった。
阿呆が二人、神の奇跡に気づかずにぼんやり座り込んでいた。