諦めの先に見える希望
「移動式じゃなくて、普通の店舗にする気はないの?」
そう問いかけてきたのは立川だ。
くるんと杏仁形の目を回すと、ちょい鼻にかかった声でさらっと言う。
実家で養生せず、自宅に帰還したと野々宮さんから聞いたらしい彼女は、退院祝いにデカい寿司桶持参で来てくれて驚きながらも喜んだ。
男前っつーか、気取った花束やら菓子の詰め合わせなんつー祝い品じゃなく、どかーんと寿司桶片手にってのが気安い関係って感じで心地いい。
「学生時代に弁当屋でバイトしてて気づいたんだけどさ、固定式は付近に住むか通るかの客しか来ないじゃん? 夕方はともかく、昼食は近くの飲食店かコンビニに行くしかない勤め人とかにさー、いろんなメニューの弁当が届けたくてさー」
いそいそとお茶と皿を出し、寿司桶を乗せた丸い卓袱台の向かいに座る。
わざわざ午後から半休を取って来てくれたってんだから、もてなさないわけにはいかないんで、ただ今オーブンの中で焼かれているスイートポテト待ちだ。
これは祝い返しのつもりもあるから、帰りに渡す分もある。寿司の礼にしては釣り合わんかもだが、病み上がりだから許せ。
「あー、あの幹線沿いって飲食店がほとんどないんだよねぇ」
「企業ビルや事務所が立ち並んでるから、飲食店が入る隙間がないんだよな。一時間の昼休みじゃ、徒歩も車を出すのも時間を取られるし?」
立川はぽいっとマグロを口に含むと咀嚼しながら身を乗り出して頷き、同意を示した。
女子だから弁当くらい作ってこいよ、なんつーことは言わん。んなもん、性別に関係ない。
手作り以外の料理が食いたくなる時だって、すこしでも寝ていたい時だってあるのは、女子も男子も同じだ。
「午後は住宅地だけど、小さい子がいて外出が大変なお母さんも多いからさ、幼稚園の帰宅路で一品二品増やせれば助けになるし」
「おお。あの付近じゃ、『デリ・ジョイ』様々なんだろうね」
「そーならいいけどなー。でも、今はこの為体だ。地道に積み上げてきた信頼は、壊れる時はあっと言う間だ……」
「しかたないよ……。事故だったんだし」
それはこっちの事情であって、お客の側からしたら『待っても来ない』ってのが現実だ。
他の用事で日常的に通りかかっているならいいが、常連さんの中にはわざわざ遠回りして寄ってくれてた人も多かった。そんな人たちに見切りをつけられてたら……。
「また一から頑張るしかないかぁ……」
重い話題はそこまでにして、その後は世間話で終始した。
無骨なスイートポテトに、幸せそうに舌鼓を打ってくれる彼女を見ながら、色々と決着をつけないとな、と腹を括った。
シンプルに考えよう。
俺が最優先しないとならんことは、何か。
『デリ・ジョイ』を早く開店して、自分の生活を元に戻すこと。
未練や名残を惜しむのは、その後だってできる。それに、惜しんだって元には戻せないこともある。
そんな感情に浸りきっていたって、何も生まないんだって。
だから。
「一代目のキッチンカーより小型になってもいいんで、できるだけ店舗側が広くとれる車種で――」
分相応で俺ひとりが扱える空間と、余計な物まで載せないようにするための荷台スペース。
そして、実用的な動線をもうけられる配置。
俺の希望を伝えると、シノさんは苦笑した。
「俺の知り合いで、キッチンカーを専門に扱いはじめたヤツを紹介するわ。一代目の改造時に手伝ってくれた奴でな――」
俺の一代目改造を切っ掛けにして、キッチンカー専門の部門を立ち上げたって人らしい。
すでに何台かのキッチンカーや販売車を造り、今も色々な所へ飛んでいったりして研究中らしい。
「ありがとうございます!」
「――で、アイツはどーする?」
油臭く薄暗い修理工場の中、シノさんは後ろに向かって親指を指す。
「あー……できれば、使える物は使ってもらって、後は廃車……」
口にするのは辛い。
廃車ってことは、俺の前から相棒が消えちまうってことだ。
口ごもった俺の肩をシノさんがばしりと叩く。
「無事な部分は我が社で再利用させてもらうよ。それで廃車代はチャラだ」
「はい……すみません。お願いします」
レイモンドもフィヴも先を見据えて頑張ってるのに、俺がここで足踏みしてるだけで前に進めないってなったら、きっとあいつらは呆れるだろう。
美味い物を作って、「美味い~」と言わせたい。
世界が違っても、それは共通の希望。
負けてたまるか。
ちょっとばかり借金が増えたが、俺は二代目キッチンカー完成に向けて足を踏み出した。
紹介してもらった車屋の淡井さんはシノさんの後輩で、夫婦共に現場で働く似た者同士だった。
キッチンカー改造は、奥さんの茉奈さん主導でチーム編成されていて、旦那は助言を求められない限りはニコニコと進捗を眺めているだけなんだそーだ。
「うちの女房はね、俺より熱心だから。なんたってキッチンだしね。俺より理解が早いよ」
淡井なんつー名に似合いのほんわかした笑みで、旦那は俺の戸惑いに答えてくれた。
すこしでもいい物を造るため、わずかな違和感や具合の悪さを見逃さないように。
俺はわがまま過ぎってくらいに注文を羅列し、茉奈さんはそこからぎりぎりを拾い上げてくれた。
俺の城二代目は、着々と育っている。