現実を前にした時、俺は……
一か月も意識不明だった俺でも、時間と治療で快癒していった。骨折はギプスが取れてリハビリに移り、それと同時に頭のほうも異常なしと検査結果が出された。
目が覚めてすぐの頃を思い出すと、気が遠くなりそうだった。煩い医療機器に突っ込まれたり、何度も質問を繰り返されたり、骨の再生だって引っ張られたり、悲鳴を噛みしめてたせいか奥歯の擦り減りがかなりだと思う。
そんな俺を見舞いに来た中井カップルは、口調はいつも通りなのに眼差しは暗い。
憐れみっつーか、同情っつーか――そんな感情がありありと浮かんでる。
「車高があったからさ、ガードレールを乗り越えて側溝の上に蓋みたいに落ちてたんだよ~」
「もっと幅のある水路だったら、車体が嵌って浸水してたらしいぞ?」
母から聞けなかった事故の状況を教えてもらい、仕事の合間を縫って修理工場に行ってもらったりしたが、快く引き受けてくれたにしては、キッチンカーの惨状を目の当たりにしてきたふたりには、俺に伝えづらい事もあるんだろう。
「でも廃車なんだよな……」
「まあ……直せって言うなら直すが? とか言ってたぞ」
「う~~ん」
年代物の中古の上に事故車を回復するのは、金をかけても不安は絶えずだ。遊びや通勤程度に走らせる車と違って、かなりの時間を共にする営業車だから、真剣に考えなきゃいかん。
「俺が退院して見に行けるようになるまで、預かっててくれって伝えてくれるか?」
「ああ、それは大丈夫だ。タダで置いてくれるってさ」
中井の言葉に、俺は心の中で手を合わせて礼を言った。
事故の直前まで忙しく働いていた俺が、何もせず、したくてもできない環境でベッドにいるのは苦痛以外の何ものでもなく、投薬がなくなるとぼーっとすることもなくなって暇を持て余した。
あと数日で退院だとなって、色々と考えなきゃならん事は多いが、脳裏に浮かぶのはあの夢。
夢うつつの中で視たレイモンドとフィヴたち。
あれは本当に現実だったのかなぁ、と。
「もう……会えないんだよな」
認めたくなくても認めなきゃならん。媒体となっていたキッチンカーとおまけをくれたジィさんは、もう元には戻らない。
中井たちも気づいてたらしく、口には出さなかったけど目が語っていた。確かめたがっていた。
『会えない』という事実を悟って、心が揺れる。複雑な感情と落胆。
時間と立場の変化でゆっくりと疎遠になっていくのは諦められるが、ふいに訪れた永遠の別れは辛い。
遠い所に移動して、そうそう会えなくなったとかなら無理をすれば再会できるけど、異次元を渡る方法はいまだ見つかってない。
俺って、実は寂しがり屋だったんだな。
こんなふうに無念の骨休めを過ごし、俺は社会復帰を果たすべく自宅に帰還した。
まだ本調子じゃないんだから、と母に実家に誘われたが、働けないなら働けないなりにやるこたぁいっぱいある。
まずは、死に体の相棒とのご対面だ。
「ご無沙汰してまーす」
「おう! もう身体は大丈夫なのか?」
分厚いカタログを手に事務所から出てきた社長のシノさんを見つけて、駈け寄った。若白髪が目立つツンツンの硬い髪をキャップに押し込めながら、鋭い視線を俺の全身に投げてきた。
事故で意識不明だったと聞いていたからか、俺が無理をして来店したとでも思ってるのかも。
「まだ脚は完全じゃないけど、他はもうピンピンっす」
「脚はともかく、頭は大事にしろよ? これ以上――」
「これ以上バカになりよーがないっすから、大丈夫!」
「はぁ~~ほんと、バカばっかしだな! ウチの顧客は!」
軽口を交わし合いながらも、何も言わなくても相棒の所に案内してくれるシノさん。所狭しと機械と車が置いてある工場を突っ切り、裏手にある広い駐車場に向かう。
俺の相棒は、その端に並んだシャッター付きの車庫の中に納められていた。
自動で上がっていくシャッターの向こうに陽の光が差し込むと、次第に相棒の姿が如実になっていく。
息を呑んで、束の間呼吸を忘れた。
原型はあった。あくまで原型は、だ。
でも、俺の知る俺の城じゃなかった。
「……」
「中身は、了君の友達たちが来て片付けてくれた。今、ここにあるのは車体だけだ」
白々とした陽射しに照らされたキッチンカーを見た俺は、事故の凄惨さをあらためて実感した。
運転席が押しつぶされて店舗側にめり込み、かろうじて助手席側のドアが残っている。その店舗部分も転げ落ちたせいか、天井が潰れてひしゃげている。
「あーひでぇ……」
「相手が悪かったな」
「どー見ても、廃車しかないって感じ……だなぁ」
「修理はできるが、ほとんど交換だから大枚かかるぞ?」
背中がひやっとする。まだ改造代金の返済も終わってないのに。
保険が下りると言っても、相棒の査定以上の金額は請求できないし、こっちの保険や慰謝料を上乗せしたって『元に戻す』ことなんてできないだろうさ。
「別の車を探すしかないか……」
別れたくない。こんな姿になったって、手放したくない。
――ジィさん……。
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