自分のために黙秘する
俺とレイモンドとフィヴ、加えてマギーさんの血縁関係者以外でそれぞれの世界と繋がるには。
一つ、神の力と拮抗するパワーを持った物を吸収する。例えば、食べたり飲んだり。しかし、そのアイテムが手に入らなかったり吸収困難だったり、もしくはその世界にそんなアイテムがない場合はどうするか。
今までは、諦めるほかないと思っていた。どんなに望んだって、無理は無理。
元々、俺がレイモンドたちと繋がったのだって、異世界の神が勝手に俺たちに役目を負わせたから、だ。その役目を果たしたなら、異世界交流は終了するはずだった。
レイモンドたちは死の運命から遠ざけられ、こっちの世界からの帰還後には報酬も貰った。それで一方的だった契約は解除された。
でも、せっかくできた縁をいきなりぶった切るのは無聊だろーってな気遣いで、今もこーして会えるわけなんだが。
それ以上の願いは、ちょい無理だろーと諦めていた。
しかーし、ここに来て見つけちまった。
すげー単純な方法。
『俺たち三人の体液』なんつー際どいアイテムの取得。
フィヴの無謀かつ謎の行動力のおかげで確証を得ることはできたが、俺はそれを公表するつもりはない。
主に中井カップルには。
ちょっと前ならいざ知らず、現在の俺やフィヴは大変に忙しい。ことに、俺の日常はなんだか不安定で不穏な気配も漂っていて、そこに中井たちの時間を作るのは難しく思っちまう。
それに、ここに来てジィさんの神力が枯渇寸前だっていう疑いが浮上した。
つまり、残された時間は俺自身で使いたいってこと。ズルいと言われてもいい。言いたきゃご勝手に。
それにしても、フィヴはブロン王子に決めたんだろーか?
あれだけブーブー言ってたのに、ああも躊躇なく試して俺に会わせようとしたのは、『将来を共にすると決めた相手』だからなのか『単に煩いから試してみた』ってだけなのか。
まあ、ともかく俺の料理を気に入ってくれた初対面の王子には礼儀を尽くそう(笑)
クリスマスも近いから、らしい雰囲気の新メニューの試作をいくつか。鶏肉メインに冬野菜を使った品。
鮭のロール白菜。鳥胸肉の野菜包み焼き。鳥ひき肉の巾着煮。根菜ゴロゴロ中華風煮込み。ブロッコリーとカリフラワーのポタージュ。長ネギと牡蠣のアヒージョ。
んで、スイーツは中井と野々宮さんにおまかせ。かわいいアイシングをしたクッキーやラスク、あとはシュトーレンとか言う、ドイツのケーキだかパンみてぇな物が中井たちから届くだろう。
この中から味付けや風味付けが軽いメニューを選んで、そっと差し入れしてみよう。気に入った料理があれば、レシピを進呈するのもやぶさかでない。
「アヒージョはさ、屋台総菜にするには不適当じゃなーいー?」
「まあな。これは熱々で食べるもんだし、にんにくと鷹の爪は絶対に入れるし!」
「なー、このポタージュさ、両方混ぜてとかって注文できるのか?」
「できる。そのつもりで作ったし。お勧めする」
緑の中に白をくるりと注ぐと、まるで生クリームの渦巻きだ。そこに茹でたブロッコリーとカリフラワーを砕いた具を散らす。
はじめはベーコンをサイコロにして出汁と具を兼ねようと思ったが、作っている内にシンプルなポタージュで勝負しようかと考えを変えた。
「ああ、具を好きに加えたりできるわけか…」
「そそ。はじめから具沢山だと、他の総菜に食指が向かないからな」
新メニュー追加とは言え、定番商品だって常備されているんだ。商売もバランスが大事。
「こっそりクリスマス仕様ってかんじぃ~?」
「メインは専門店に任せて、俺ンちはサイドメニューでってことでな。人気があるのにクリスマス限定じゃもったいないし」
鮭をキャベツじゃなく白菜で巻いてコンソメで炊いた物と、平たく伸ばした鶏胸肉に野菜スティックを巻いてハーブバターでじっくり焼いたロール物二種。赤いパプリカやニンジン、ドライトマトを加えたコンソメスープがクリスマスの雰囲気を醸し出す。
そんな中に八宝菜みたいな根菜ゴロゴロは、クリスマスの先――大晦日や新年に向けて。
来年は、どんな年だろう。
今年のような摩訶不思議は起こりようもないだろーが、少しでも長く異世界と繋がっていられたらいいなぁ。
◇◆◇
「い、いいの? こんなに……」
「試してもらったお礼? ってことで。王子がレシピを欲しがったら、それ渡してやって。こっちの袋はチョリ師匠からフィヴに」
「これじゃ貰いすぎだわ。返せる物はまだ完成してないし。それに、あれは試したんじゃなくて煩くて仕方なかったから黙らせただけよっ!」
顎を上げ、顔を逸らして言い訳をするフィヴが可愛い。
あの時の王子は黙って成り行きを観察してたはず。煩かったのは、口よりもあの不審げな視線だった。だが、そこは指摘しないでおこう。自棄と照れ隠しで、白磁の頬をほんのり
赤くしてる彼女を見てるほうが楽しいからな。
輪切りにしたロール二種を小型の鉄鍋に入れて渡し、クリスマス仕様の洋菓子『楓』パックをその上に置く。透明なビニールパックは不思議な感触の半透明袋に変化。
俺は満足してふんっと鼻息を吐くと、腕を組んだ。
「フィヴがずっと努力してるのは知ってる。きっと成功するって俺は確信してる。でも、もしかしたら見届けてやれないかも……しれない」
「え?」
「キッチンカーの神様の力が……そろそろ切れそうなんだ」
伝えようかどーしようか悩んでいた。でも、いつ燃料切れになるかわからないんだ。予告もなくいきなり音信不通になるのは、お互いに辛いから。
「そ、そんな……」