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波乱の幕開け

 フィヴに物価を訊くと、クッキー一袋で3ラグは安すぎるんだそうだ。

 あの小指の爪の大きさの青い石は、一つで1ラグ。それが五つで赤い石に代わり単位もラグルに変わる。

 どうも石ごとに通貨単位があって、説明されたが途中で訳が分からなくなった。は…はは…

 で、お菓子はともかく、飯になる料理もあるとチラシを見せたんだが、やはり粗雑な作りの紙と精密な絵に、そして楔文字に似た異世界文字に変わった。束の間チラシを見ていたフィヴが、難しい顔をしながら首を傾げ、「お肉の説明が、どうもよく理解できないわ」とクレームを入れてきた。

 よくよく聞くと、こちらの食肉の種類であちらに無い物があるらしく、異世界翻訳がままならなかったらしい(笑)

 神様の神力も、日本の食には追い付かなかったか!フハハハッ!


 フィヴの世界には、肉食獣のほとんどが彼女のような獣種と言われる人種たちで、草食動物や鳥類、昆虫や爬虫類のほとんどが食料になる野生生物にあたるようだった。そして、吃驚したのが魚類がいないこと。川や湖はあるけど、そこに生息する生き物は爬虫類や昆虫のみ。《海》は見たことがないそうで、どう説明しても湖としか思えない様子だった。

 そりゃ、魚は当然だがイカ・タコ・エビなんて何の肉か分かるわけないよな。


 チラシを見終わったフィヴは、真剣な表情で俺を見上げると、少し硬い声で話し出した。


「ここで採れる食料は少ないの。でも、避難民全員がお金を持ってるわけじゃないから、全員の分を毎食トールから購入することはできないわ。だから、一種類の料理を買って皆で分け合ってみる。…その時は、それだけを大量に購入することになるけど、いいかな?」

「ああ、早めに予約を入れてくれたら、用意しとく」


 俺はすぐにOKした。なんなら予備の古い鍋で大量に作って、その鍋ごと渡せばいい。鉄製の剣があるのだから、鉄製鍋を使えば大丈夫だろうし。後は、彼女たちの種族が口にできない物を確かめておくだけだった。

 よし、商売だ!

 フィヴの世界の硬貨まで減らすことになってしまったが、今はフィヴたちの命の方が優先だ。それに……戦争の最中に、硬貨の減りがどうたら言うヤツなんていないだろうさ。


 それよりも、だ。


「なぁ、フィヴたちがいる避難区域は大丈夫なのか? 戦場が近づいてきてたり…してないよな?」

「まだ、大丈夫だとは思うけど、敵の偵察部隊が先行してるから…」

「…絶対に生きて逃げろっ。誰かのために死んだりしちゃ、だめだぞ! フィヴはフィヴのために生きなきゃだめだっ」

「―――うんっ」


 戦争なんてテレビの中でしか見たことない俺が、戦争を生身で経験しているフィヴに言うのはおこがましいけど、でも死んでほしくない! 何としてでも生き残って、幸せな笑顔で俺の料理を食って欲しい。

 大事そうにクッキーを抱いて、手を上げて去っていくフィヴを見送り、明日も無事な彼女と会えますようにと祈った。

 

 キッチンカーを走らせ帰宅した俺は、明日の準備を終らせると、キッチンカーの中の整理を始めた。辺りは日も落ちて薄暗くなりつつあったけど、車内灯でどうにか作業ができるとこまで進めるつもりだった。

 まずは、窓から無理なく出し入れできる大きさの鉄製鍋を、倉庫に積み上げた厨房用品から探し出し、重さのある物を入れて窓から差し出したりしてみる。

 この窓は、キッチンカーの両側面に設置された、四枚ガラスの引き違い窓だ。営業の場合は中央を開けてミニカウンターを引っかけ、窓手前にある低めのシンク付カウンターで準備して客に手渡す。だから横幅は申し分ないが、縦幅が不安だった。ツル取手を掴んだ状態で向こうへ渡さないとだからな。しかし、重い…。

 獣種であるフィヴは俺より腕力があり、俺ならへっぴり腰で僅かしか持ち上げられないだろうと思われる大石を、軽々と持ち上げて歩いてみせた。唖然とするしかなかった俺に、胸を張って威張ってみせる彼女から視線を逸らして、「あっちの世界の女子力って…」と呟いたのは仕方ないだろうさ。


 それから、大鍋を待機しておけるスペースを作るために、車内の整理整頓だ。

 キッチンカーの店舗スペースには、二ヶ所の販売拠点はそれぞれ反対の窓を使用するため、どちらかを塞ぐことはできなかった。それ以外は改造時に確定してたレイアウトだったんで移動できず、忘れ物をしては大変だとばかりに、設置された棚やバックドアを開けた収納庫にあれこれ突っ込んだままにしてある。つまり、営業開始してみたら、必要のない物をたくさん抱えていたのが分かったってこと。

 それらを撤去して、棚の空いたスペースに細々した物を仕舞い、もっと車内を使いやすいように整理整頓をして、カウンター棚と運転シート後部の僅かに空いた場所に大鍋待機スペースを作り上げた。

 なんと、俺考案の体重計を使った計量ストッカーだ。そこに鍋を置けば、料理の量がすぐに分かる。そして渡すまでは蓋を締めてカウンターとして使える。

 そんな風にあれこれ店舗内をいじり倒し、くたくたになりながら家へ戻って、その日はさっさと寝た。


 そして、気がかりな午前の営業開始少し前。

 すでにフレックスタイム制のOLさんが、メモ片手に窓の外に営業開始を待っていた。笑顔で挨拶して、早々に開店の札をかけて接客応対だ。

 えーっと、カレー丼セット二つに、唐揚げ弁当と豚生姜焼き弁当にビシソワーズのカップ三つ―――え?フルーツサラダが八つ??あ、これはデザート代わりかぁ。

 それらをちゃっちゃと作って袋に入れて、お代と交換で商品を手渡した。袋四つを手に会社へ向かっていくOLさんを見送りながら、こっちの女子力もすげーと内心で叫んでみる。


 それからの一時間ちょい営業に集中して、少し客が途切れたところで細めに開けた窓に身を寄せた。

 

 はっきり言う。キッチンカーを停めて店舗内へ入り、日課のように窓を細目に開けた時から、すでに嫌な音が流れ込んできていた。でも、まだ遠くで響いているって感じで、凄く不安が募ったが窓を開けて確かめることを我慢した。

 で、今からマジで窓の外を観察する。


 時計は後十五分で、正午だ。お昼になればどっと客が押し寄せるから、今しかチャンスは無い。

 いつも通りに人の気配を探ってから、思い切って窓を開けた。まだ音は続いていて、やはり爆音と何かが破壊される轟音が聞こえた。

 そして、訝しく思いながら空を見上げて―――――息を飲んだ。


 あれは、ドラゴン?竜?

 蝙蝠みたいな羽を広げた巨大な生き物が、上空を飛び回っていた。それも、大小何匹も。


「ド…ドラゴン…魔獣ってドラゴン!?」


 陽の光にギラリと輝く黒い鱗の長い首、トカゲみたいに前足と後ろ脚があって、そのまた後ろに長々とした太い尾が。

 アニメやマンガで見るそのままの生き物。


 恐怖が、腹の底から勢いよく湧き上がってきた。

 あんなモン相手に、人類が勝てるわけ無ぇ…勝てるわけ…あ、レイモンドさんは?


 おい!レイモンドさんは!?


一部文章を改筆・加筆 2/11

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