表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

139/148

心の動きなんて、そうそう気づかないもんだ

 十二月に入り、本格的に寒くなってきた。早朝の出勤は、薄く張った氷をタイヤが踏みしめる音で出発だ。

 農閑期に入った農家さんでの仕入れは終わり、新鮮な野菜は県外産を扱う八百屋かスーパーに変わった。それでもいくつかの冬野菜はまとめて仕入れてある。

 白菜に長ネギ。ここに青々とした葉を茂らせたカブと大樽のたくあんが、実家から届けられた。

 配達人は、毎年なぜか外科医のゴリラだ。

 片手で持てそうなのに、なーにが「腰にクル」だっつーの。わざとらしく俺を見ながら腰を叩いてんじゃねぇ!

 ゴリラこと従兄の透瀬 敦は黄色いプラ樽を勝手口の土間に運び終えると、いつもの催促を始める。無言のまま鋭い視線だけで『重労働の対価を寄こせ! さもなくば命はないものと思え!!』と、圧をかけてくる。

 抵抗しても最終的には用意させられるなら、痛みと時間の無駄を排して黙って台所に立った。

 ネギと椎茸、水煮しておいた筍となると。ひとり用土鍋に入れて筑前煮用に作った残りの二番出汁で炊き、冷凍うどんを叩き込んで揚げ玉を散らせば鍋焼きうどんのできあがり。


「鍋焼きうどんだけど、玉子落とす?」

「頼む」


 ヒーターの熱風で暖まった茶の間に、すでにゴリラは箸を持ってスタンバイしてる。味見がてら出したたくあんは、すでに半分が消えていた。

 シッポを齧ってみたが、漬かり具合はあと一週間待ちだ。


「珍しいね。敦ちゃんが土曜に休みなんて」

「病院は土日休みだぞ」

「でも、仕事してるじゃん。学会だの急患当番だのって」

「明日は母方の婆さんの三回忌法要だ」

「あ、そっか……。デートなのかと思ったぜ」

「デートだとしたら、わざわざたくあんの樽を取りに行ったり届けたりしないな」


 俺の前には一人用の土鍋。でも、敦ちゃんの前に置くと、どーみても幼児用の器にしか見えない。背中を丸めてうどんをすするゴリラにとっちゃ、一人前の冷凍うどんなんて三口程度の量でしかないだろーに。


「……うどん、追加する?」

「いらん。俺をどれだけ大食いだと思ってんだ?」

「いやー、力仕事してもらったからさー、足んないかと思って」

「これから忘年会だから、これで十分だ」


 デートじゃないのかぁ。と、揶揄(からか)う材料を失ってちょい残念に思いながら、もうそんな時期なんだよなと実感する。

 飲食店に分類される店をやってるけど、飲食する店舗と酒類を扱っていないだけに客層は違う。だから、メニュー的には季節を気にしても、行事なんぞはあんまり関係ない。

 いや。まったくないとは言わないけど、『デリ・ジョイ』でやれることと言ったら、バレンタインやクリスマス近くに野々宮さん家のスイーツセットを委託したりするくらいだ。

 ……レイモンドやフィヴの世界にもあったりするんだろーか?


「どうした?」

「なんでもない。ちょっとね……」


 うどんを箸で持ち上げたままぼんやり考え事していた俺に、常時滞在してる敦ちゃんの眉間の皺が深くなった。


「なんだ? クリスマスのデートでも悩んでんのか?」

「あ、それもあるし――」

「ほぅ。詳しく話せ」


 さらっと訊かれ、気が散ってたせいで思わず答えてしまい、「しまった!」と後悔した時には遅かった。

 ゴリラは目を細めて箸を置くと、下世話で凶悪な笑みを口の端に浮かべた。


 じりじりと追い込まれて散々な目にあいながらの自白に疲れ、敦ちゃんが去った後は疲れきってヒーター前で転がっていた。

 カノジョかと訊かれると、首を傾げるほかない。だってさー、「付き合ってくれ」とまだ言ってないし。

 好きなのかと訊かれても、即座に頷けない。好意はあっても恋愛感情まで辿り着いてないって感じだ。

 どーしてそんなに立川を気に入っちゃったんだろう。う~んと唸りながら、あれこれと思い出しつつ考えてみる。

 大胆かつ積極的なくせに、相手があることには思慮深い面を見せる。無理なく気配りできるタイプでありながら、主体性はしっかり持っている。

 「いいなぁ~」っつー感じが妥当な答えか。

 大の字に寝転んで、盛大に溜息をつく。柱にかかった古めかしい振り子時計を見上げて時間を確認すると、反動をつけて起き上がった。

 午後からのマンション駐車場での営業に向けて動き出す。

 定番の鳥唐揚げと肉じゃが。鯵と牡蠣のフライに鱈の煮つけがお買い得。容器持参ならお安くしますと広告を打っといた、冬野菜のポトフ。ブイヨンスープとトマトスープの二種類。

 柚子風味の白菜漬けを計量しながら袋詰めして、どんどんキッチンカーに運び入れる。

 さーて、行ってくるか。



 曇り空を見上げて腰を伸ばし、日の入りが早くなってもう夜がすぐそこまで来ている。沿線を走る車はすでにライトを点灯し、車体の輪郭は朧になっていた。

 最後に看板を積み込むと、家に向かう。本日は、帰宅路での仕入れなし。

 マンションの駐車場をぐるっと回って本道に出るために一時停止し、暗くて見づらいながらも左右確認――また、いた。

 斜め向かいの小さなオフィスビルの駐車場に、スモールランプのみを灯してアイドリング駐車している車がいる。

 ホント、なんのつもりなんだか。

 嫌な気分に影響を受けたように、またもや車体の下でカチンと小石が跳ねたような音がした。

 不安で、不吉な雑音だ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 結局、尾行してきてた車は何だったのでしょう?最終話まで何度か読み返してみたものの、わからなかったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ