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見て見ぬふりをしていたツケ

 慌てて再度開けた窓の向こうは俺ン家の敷地で、キーンと冷え切った夜の空は星ひとつ見えないくらい曇り、ぱたぱたとみぞれまで降り出していた。

 それから続く、月明かりのない日々。暖冬だと気象庁が告げたって、雪の代わりに凍えるような雨が降る。エアコンを効かせてフロントガラスの曇りが消えるのを待ちながら、どんよりとした空を見上げて溜息をついた。


 エリックさんの発言の途切れた部分は、容易に推測できた。ただし、それが正解かどーかまでは試しちゃいない。

 なにしろ、俺が中井か野々宮さんと『接触』をしなきゃーならんっつーことで……。

 つまり、あれだ。この度、ようやく両想いになれたエリックさんとシャーリエ嬢はチューをした、と。どーも、それが切っ掛けになったんではないか、と。


「キス……しちゃったことで、縁が繋がったと認められたってこと~?」

「つーか、粘膜接触か唾液……げふんげふん」

「……どっちも、だろーなー」

「中井や野々宮さんがOKしても、俺には無理!」

「いや。むしろNOだっ!」

「あたしだって、やだよぅ」


 俺はいいんだ。どっちにしたって両方の世界と繋がっているんだから、あえて、そんな怖ろしい実験をする気なんか微塵もない。ただ、そんな方法があるらしいって分っただけでもめっけもんで。


「ならさー、血液とか汗とか――あっ、今のなし! なしだから!」


 拒否りながらも、諦めきれなさを滲ませる野々宮さんの提案を俺と中井は睨みで叩き落とす。


「それだってヤダっつーの!」

「今回のケースは試せません。諦めてください」

「うーっ。中井がぁ透瀬とぉ……」

「「お断りだ!!」」


 諦めの悪い野々宮さんが唇を尖らせながら呟くのに、俺たちは全力で拒絶し切った。

 馬鹿は休みやすみ言いたまえ。休んで言っても絶対やらんがな!

 それよりも、俺は他のことが気になっていた。

 エリックさんの言葉を聞き終えることなく窓を閉め、間髪容れずに再度開けてみたら繋がらない。外はみぞれが降る悪天候で、当然のことながら月は厚い雲に隠れていた。

 でも、窓を閉めた途端に天候が崩れたようには見えず、勝手口の外灯に照らされた地面はすでにみぞれが降りだして時間が経った様子がありありだった。

 俺たちが異世界と交流している間に月光が途切れた場合、その時点から窓を閉じるまでの間はどーなってたのか。一度繋がってしまえば考えなしに時間を過ごしていたけどさ、力の素になる月光が途絶えたなら――。


「悪ぃ。ちょっと用事ができたんで、今夜はお開きってことで」

「ほーい」


 単なる様子見に現れたふたりは、お互いの家で出た残り物を持ち寄って交換し、だべって息抜きするのが通常だ。食べて飲んで雑談が終われば、夜も深まってるし素直に撤収する。

 いつもみたいに玄関まで見送りに出ると、靴を履き終えた中井が体を起こして目を細めニヤリ。


「店主と客の関係から一歩前進した手ごたえはどうよ?」

「……オトモダチですが、何か?」

「あー、お前はそーゆーやつだよ。でも、相手のことも意識しろよ?」

「よーけーなーお世話だっつーの!」


 中井がニヤニヤしながら俺を揶揄っているのは、客として来店を約束してくれていた元クラスメートの立川 真波とのことだ。

 泥酔事件を詫びに来てくれて以来、頻繁に弁当や総菜を買いに訪れてくるようになり、休みの日には午後のマンション駐車場営業にまで足を運んでくれたりした。

 そこまでされりゃどんなに鈍感な俺でも、立川の態度に友人以上の好意が含まれてると気づかないわけがない。


「でもー、ヤじゃないんしょ?」


 中井に続いて帰り支度を終えた野々宮さんが、ズバッと斬りこんでくる。


「まぁ……悪くはねーかなー?」

「ほほう」

「なんだよ。親友様の俺には反発するくせに、チョリには素直じゃねぇか」

「女帝様に逆らうのは、な?」

「まっ、困ったことがあったらー、相談に乗るからー」


 山田妹や大野さんに感じた感情とは違う。もちろん、野々宮さんやフィヴとも。

 元クラスメイトだったっつー昔の縁があるからなのか、先日の裏と表を見せられたからなのか、店主と客の立場を離れてプライべートで会っても変に構えることなく付き合える。

 距離感や親しさを示す仕草には媚びや馴れ馴れしさはなく……それらが妙に心地いいなんちゃって。異性だっつーことを忘れすことなく、でも気安く話せる相手。


「そんときゃ、ヨロシク」

「マナちゃんから聞いた美味しい店、後で教えてな―」

「はいはい」

「じゃ、またね~」


 白い息を吐きながら手を振るカップルを門まで見送ると、すぐにキッチンカーへと向かった。

 ひんやりする車内に入り、外灯の明るさだけをたよりにカウンターに寄りかかる。


「ジィさん。ちょい話せる?」


――なんじゃ?――


「異世界と繋がってる間に月光の力が途絶えた場合って、ジィさんの力で補助してるの?」


――今頃気づいたのか……――


「それって、大丈夫なのか?」


――大丈夫……ではないのぅ――


「だよなぁ……。鈍感でごめん」


――仕方がないことじゃ。伝えても対処が難しい問題じゃからのぅ――


 そうなのだ。

 異世界と交流している間、月が出ているかどーかなんて確認してる余裕なんてない。雲に隠れたからって一旦切り上げて、また再度窓を開け閉めするなんて、それこそ時間の無駄だと考えただろう。

 でも、そろそろ自重しないと。なんせ、()()()()だ。


「今の生活じゃ、神力をまた補充するのは――」


――無理じゃな。神力の満ちる山や野を走り、長い時間滞在し、神と一体化する必要がある。それができたのは、まだ若い器だったからじゃ……――


 だよなぁ。メンテや改造されてても、本体は中古車でしかないんだ。

 そーなんだよなぁ……。

 俺は無意識に、ずっとずーっと異世界と繋がっていられるんだと思い込んでたらしい。交流を止める時は、俺か相手が繋がることを拒んだ時なんだと。

 それ以外の理由を考えないよーにしていたらしい。

 ほんと俺ってやつは、馬鹿だなぁ。


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