謎の解明は、単純にして困難
再開。
興奮のただなかで料理を食い、あーだこーだと料理の感想や好みや近況報告など入り乱れた会話をして盛り上がり、ようやく落ち着いたのは食後のお茶を啜る段になってから。
それでもまだシャーリエ嬢は呆然って感じで、予想もしていなかった出来事に頭が飽和状態らしかった。普段は神経質で頑固な彼女だけに、許容外の出来事に脳が思考停止に陥ってるのかも。
あのツンツンぶりは見事に姿を消し、自分が口に運んでいる見慣れない料理すら疑問に思わない様子で野々宮さんの話に頷いている。感想は聞けないが、時どき頬を緩めてパクつくのを見てると感触は悪くないようだ。
飯を食ったら改めて謝罪の場をって予定だったが、これじゃ無理っぽいなとエリックさんと再度の打ち合わせをした。結果、後日に謝罪と反省が書かれた手紙を寄こすってことになった。
たぶん……日を改めて会ったとしても、性格的にセンシティブなシャーリエ嬢だ。また興奮と緊張でイッちゃったまま終わるだろうと。
「それじゃ、議題は別の点に。何をして妖精さんが見えるようになったのか。エリックさん、白状して」
「し、知らん!」
「ちゃんと考えてくれよー。以前会った時とは違う部分とか、そう言えばこんなことしたなーとかさー」
「……そうだな……俺と婚約した?」
窓のあっちとこっちで、腕組みした野郎どもが眉間に皺を寄せる。視線だけは、ちらちらとシャーリエ嬢に投げられている。
「それは違うな」
「即否定か!」
「別の世界の友人に婚約に近い関係の相手ができたけど、まったく反応しなかった」
俺がフィヴの事情を例に出して否定すると、またエリックさんは考え込んだ。その代りに、レイモンドが「お?」ってな表情で俺を見る。
「フィヴは結婚相手が決定したのか?」
「まだらしいけど、候補はふたりに絞り込まれたらしいぞ。それも、どちらからも言い寄られているんだってさ」
「それは……また……」
端整なイケメンが、なんとも複雑な顔をする。嬉しさと気にくわないっつー複雑さ。
そーだよなー。俺も同じように感じたからな。
可愛い妹の彼氏なんて、どんなにイイ奴でも頭から受け入れられないって。
おっと、それよりも謎解明だ。
天井を見上げながら考え込んでいるエリックさんをほっといて、俺は野々宮さんと雑談に興じているシャーリエ嬢の横顔を眺める。彼女も野々宮さんから色々と尋ねられ、エリックさんと同じように思案中らしくぶつぶつと何事かを呟いている。
「――エリックたちは血縁だからなのですか。となると、私の身に起こった結びつきは……」
「もうひとつの異世界はね、あたしと中井は会えないんだよ。だから、シャーリエさんが切っ掛けを発見してくれたら助かるー」
「切っ掛け……う~ん……。おふたりがこちらと繋がりを持てたのは、ドラゴンの……」
「そーそー。ドラゴンのステーキを食べさせてもらったんだよ。なんでも、そっちの世界の魔力? がいっぱい詰まってるお肉だったからって話だったんだー」
「……私が異界のお料理をいただいたのは、本日が初めてですし……」
お茶請けのデザートに取っておかれたプチケーキを皿に移し、フォークで切って食べ進めながら難問に眉間を寄せたり美味しさに目を細めたりと忙しいシャーリエ嬢やエリックさんに、レイモンドがお茶を淹れかえたりして回る。
俺たちは自分でペットボトルからカップに注ぎ、こっちに用意されていたケーキとピザに手を伸ばしている。
「となると、俺たちやレイモンドさんが知らない――つまり、エリックさんたちふたりだけに新しく追加された行動が切っ掛けだな」
「新しく追加された……」
それまで黙って各々の発言を拾っていたらしい中井が、ふんっと鼻を鳴らしてまとめた。
「なんかなかった? 俺たちと会わない間にシャーリエさんと婚約してーデートして―ってさ、色々と仲が深まったんだろ?」
俺が大したことないっつー口調でエリックさんに言うと、彼は焦った様子で慌てて立ち上がった。一気に顔面を赤くする。
「なっ、な、仲が深まるとか! そんな!」
「私はっ、そそそそ、そんなはしたないことはしておりませんわっ!」
あからさまな反応に微笑ましさを感じながらも、これが『どこまでの行為をはしたないと言ってるのか』の判断がつかなくて困る。
こっちの世界とあっちの世界じゃ、その基準が違い過ぎる場合がありそう。なにしろ、シャーリエ嬢が貴族のご令嬢だし、昔から顔馴染みだったと言ったって、男女のお付き合いを始めたのは最近だ。
まあ、こっちと違って婚約者となりゃー結婚前提だし、手を繋ごうが抱き合おうが人前じゃないけりゃ問題なしだろう。
「……なら、どこまで進んでンの?」
「おっ、お前な! そんなこと、この場で話せるわけないだろっ!」
「トール……。シャーリエ嬢が憤死しそうだから、この辺で勘弁してやってくれ……」
「ちぇっ、つまんねー」
「……!!」
エリックさんの抵抗とレイモンドのとりなしに舌打ちすると、シャーリエ嬢が憤死寸前って感じで立ち上がった。顔は真っ赤だが眉も目も吊り上がり、こめかみがピクピク引きつっている。
あー、これ以上つつくとさすがに爆発するなぁと呑気に考えながら、窓から上半身を引っ込めて急いで窓を引いた。
「そんじゃ、また近い内に顔を出す。そン時までになんか思いついててたら――」
「おいっ、待て! そう言えば、シャーリーと口づ――」
考えに没頭しすぎていたエリックさんの大声発言と同時に、無情にも窓を閉じてしまった俺。
バタン。
窓ガラスに薄っすらと映る、俺と中井カップルの間抜け面。
「「「え?」」」
耳に残ったエリックさんの声。半端に切れた単語の先を訊くためにもう一度窓を開いたが、そこは凍えるような夜空が広がっていた。