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試食と感慨

 いつものように『試食のお願い』をLINEする。

 中井はいらないが、カノジョである野々宮さんだけを呼ぶわけにいかねぇし、あのカップルはニコイチみたいなもんだ。

 ただ、どっちも忙しそうだった。パン屋の中井はともかく、冬が近づくとケーキ屋の野々宮さんは年中行事に向けて多忙になる。のんびりする時間はすくなくなり、頭の中は菓子のことでいっぱいになるんだとか。


「試食だけなら持ってきてもらうだけですむのに、それは無理なんだよねぇ?」

「おう。あっちの世界じゃOKなのに、どーしてかこっちはキッチンカーから外に出せねぇんだよ」


 ドラゴンの肉や神様の葉っぱなら理解できるが、こっちにも代替品がある材料で作られた調理品まで禁止されてるってのが解らん。あっちの世界もこっちの世界も条件は同じだと思ってたんだが、それぞれの神様が決めた法には差があるらしい。


「まっ、あたしたちもストレス解消したいしー、同じくお菓子職人を目指す者同士だしー、どこにヒントが転がってるかわかんないしー」


 指を折りつつ間延びした口調で話す野々宮さんに、隣に立つ中井は無言で小さく頷く。

 レシピはレシピ。基本が身につけば、今度はオリジナル商品開発。あっちもこっちも、自分で生み出さなけりゃなんないのは一緒。基本取得までは生徒でいられるが、その先は一端の職人としての道が続く。

 教えを乞うだけじゃなく、互いに影響を与え合う関係になれるかどーか。

 あいにく今夜は曇り空で、月は出てない。

 キッチンカーの中での試食会の始まりだ。

 直径十センチほどの円形のケーキにナイフを入れる。中までオレンジ色で大小の気泡穴がある断面に、ぽつぽつと豆か木の実らしき粒が見えた。


「んっ、ねっとりしてンまいー」

「あんまり甘くないな。これ、ケーキっつーよりパンに近いか」


 職人カップルが一切れ口に含んで、ゆっくり味わう。

 俺も摘まんで頬張る。

 生地は、気泡の多さの割にボロボロせずにずっしりと重たい。そんな食感の中に、木の実と豆がイイ感じのアクセントになってる。味は甘すぎず、噛みしめているとふわっとシナモンに似た香りが残る。


「なんか、ハーブかスパイスみてーな匂いが……」

「そそ。ほのかに香るって感じぃ? このバニラビーンズみたいな黒い粒……かなぁ?」

「これ、いいな。くどくなくて」


 おー! ふたり共に珍しく絶賛だ。

 気づけば、俺も手が出てる。ナイフで切るのはやめて、摘まんで千切ってはポイと口に放り込んだ。


「俺たちの知ってるケーキを目指すってんなら、まずはここからって感じだな。フェナンシェみたいな焼き菓子は上手くいってるらしいし、もっと肌理の細かいスポンジはまだ遠いけどな」


 ショートケーキがあっちの世界でウケるかはわからない。フィヴの『好き』が、万人にウケる商品とは限らないんだ。好きな味や食感っつーもんは、人それぞれ千差万別だ。

 とりあえずは、ひとつの商品としては合格点だと伝えとこう。


「それで、エリックさんからもう一回シャーリエ嬢と会ってくれと頼まれたって?」


 皿の上の蒸しケーキがあらかたなくなったのを合図に、コーヒーを飲んで締めた中井が話題を変えてきた。横では野々宮さんが黙々とメモ用紙に総評書きをし、師匠としての役目を頑張ってくれてる。

 俺はふたりを眺め、それほど不愉快って雰囲気じゃないのを見て取ると頷いた。


「お前らが嫌なら俺だけでもいいんだ。たださ、この件に関してはふたりも当事者だったし、どーせ結果を伝えることになるんだろからな」

「まぁな」

「あたしは心配だから立ち会う。それにさ、直に謝罪されてないしっ」

「あー……ジョアンさんも来るとは聞いてねぇんだが」

「それとは別。実際に怪我するとこだったんだしぃ?」

「なら、俺も参加だな」


 ふたりの返事を聞き、俺はこめかみを掻きながら溜息をついた。

 野々宮さんの妙な意気込みを不安に感じ、なんとなく醒めた目付きの中井が気になった。


「おいおい。喧嘩を売るわけじゃないんだかんな!」

「「わかってるって」」


 本当にわかってるのか疑わしいが、俺はそれ以上のツッコミを止めて、今夜はお開きとすることにした。

 カップルを見送って除菌と戸締りをすると、さてどーしよーかなと思案する。

 レイモンドの世界に、俺たちのほうから何かを贈る。

 あっちの世界にある物を使った簡単な料理じゃ、レイモンド側の誰かが作って隠しておいたんじゃないかと疑われるだけだ。

 以前は、ドラゴンの肉なんつー説得力のある異世界食材にぐうの音も出なかったが、あれほど圧倒的な物なんかこっちにはないっす。

 う~んう~ん唸りながら風呂に入り、ベッドにもぐりこんだ。

 屋根を叩く雨音が聴こえる。明日は雨空の下での営業か。



 大野さんの最後のバイト日を明日に控えた夜、緊張の中で窓を開いた。


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